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突然スタジオ撮影の写真である(笑)。「家族写真」という流れである。「三人組」にとって良い刺激になるだろうと思う。機会があれば一度スタジオ撮影の実習をやって上げたいと思う。プロになったみたいで楽しいぞ(爆)。そうそう、四条河原町の駅の直ぐ近くにも私が使わせてもらえる「スタジオ」がある。だから、from_vixen君のための「講座」もやろうと思えばやることができる。"この写真”を撮った「スタジオ」である(本当は事務所の片隅で撮ったんだけれど、「体験講座」ならそこで十分だろう)。

写真館開業3日目に撮影した写真である。「お百日」の記念撮影。このご夫婦にとって第一子。祖父母も同行していて集合写真も撮影した。まだこの当時、泉大悟君の勤務は始まっていない。2Bの「暗室番長」であるSさんが参加するのも半月後であるし、開店直後はチーフカメラマンの憲ちゃんも自分の仕事が入っていて勤務できなかった。私は開店から1週間ほどたった一人で撮影していた。これは本番のカット。開店祝いに頂いた「花束」の花の一部を奥様の腕に挟んで写真に彩りを添えた。このあと「遊び」で撮ったのが例の「白バック」である。ああ、下に掲載しておこう。

「家族写真」って本当に素晴らしいと思う。何にも優ると思う。こういう写真を見ているともう一度写真館をやっても良いような気がしてくる。あれっ? 大きなサイズで表示されちゃった。でも、スタジオ撮影の写真だから大きくても良いか(笑)。ちなみに、ISO200 F8.0 1/160と言うのがスタジオの基準露出だった。ISO400に上げてF16まで絞り込むと言うこともある。スタジオの記念写真は絞って撮るのが基本なのである。この写真は通常より更に柔らかいライトで撮っている。新生児の「初々しさ」を表現するためである。


2012年9月9日撮影。公園写真館。Canon EOS 5D MarkⅢ + SIGMA 85mm F1.4 ISO200 F8.0 1/160(マニュアル露出) AWB JPEG

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by dialogue2017 | 2019-03-29 13:00 | 写真とカメラの話し | Comments(3)

素晴らしい写真であるが古いブログから拾ってきたためファイルサイズが小さく解像感に欠けるのが残念である。

2011年8月12日撮影。南三陸町。EOS 5D + SIGMA 85mm F1.4 ISO200 F2.0 +0.67EV JPEG

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"ひとつ前のエントリー"に掲載した写真に写っている「さかなのみうら」の三浦社長である。震災直後から「よみがえれ故郷」の旗印を掲げ、南三陸町復興の先頭に立って行動された方である。三浦さんの献身的な活動に心を打たれた全国の方々から多大な支援物資が届き、いっとき支援物資があふれかえるようなことさえ起きた。ボランティアで南三陸町を訪れた人々の中には、三浦さんの人柄に魅了され、その後繰り返しボランティアに通う人々が沢山現れた。かく言う私もその一人で、私は2011年4月初旬から2012年2月初旬に掛けての10ヶ月間、ほぼ毎週欠かすこと無く被災地に通ったが、8割ほどは三浦さんのご自宅に泊めて頂いた。私の活動は三浦さんから全面的なバックアップを頂いたおかげで成り立っていたと言っても過言では無い。ボランティア活動は地元の方々との深い信頼関係無しには成り立たないのである。

この写真を撮ったときのいきさつであるが、前日、私は東京から大学の先生を連れて南三陸町を訪ねた。ちょうど夏休みであったので、まず先生に被災地の実情を知っていただき、その後学生たちにボランティアに参加して貰おうというプランであった。いつものように三浦さんのお宅にお世話になった。その晩は被災者ボランティア合わせて十数人が三浦さんのお宅で明け方まで歓談した。翌朝寝坊した私が目を覚ますと、3〜4時間しか眠っていないはずの三浦さんは、その日届く支援物資を受け入れるスペースを作るため朝から倉庫の整理をしていた。その日私は、東京から同伴した先生を気仙沼・陸前高田に案内する予定となっていた(その後、支援物資を届けるため牡鹿半島を回った)。

この時期私が力を入れていたことの一つは、本腰を入れて被災地支援に取り組んでくれる若いボランティアを一人でも多く生み出すことであった。3.11から4〜5ヶ月間は原発が爆発する危険や大きな余震が起きる可能性などがあったため被災地に駆けつけるボランティアはまだ少なかった。この時期は被災者の方々に対する国の支援はあきれるほど立ち後れていて、支援物資なども民間からの援助に頼っていた。町ごと丸々壊滅してしまったと言って良い海岸線の被災地は初期の復興活動に取り組む人手を必要としていた。被災者の方々だけではにっちもさっちもいかない情況であった。一過性のボランティアではできることが限られていた。毎週被災地に通っていた私は、ある程度の期間被災地に滞在して継続して復興活動の支援に取り組むボランティアの必要性を痛感していた。

それでこの時期、私は若い人々を被災地に案内するという活動をくり返していた。私は何組ものボランティアを自分の車に乗せて被災地に連れて行った。福島・宮城・岩手の海岸線を一通り案内し、被災地の実情を知って貰った。その途中途中で、被災者の人々と交流して貰った。そうやって案内したボランティアの人々の多くが、繰り返し被災地にボランティアに通ってくれるようになり、中には長期滞在してくれた人が何人も現れた。私が被災地に案内した関西の20代の女性は、三浦さんのお宅にお世話になり「チーム三浦」のスタッフとして2年間滞在してくれた。

話を戻そう。この朝寝坊した私は、親しい間柄の長期滞在ボランティアの方々が作ってくれた朝食を食べ終え、倉庫の奥で作業をしている三浦さんに向かって、「社長! お世話になりました。出かけます」と声を掛けると三浦さんが倉庫の中から出てきた。三浦さんは、ちょうど日陰と日向の端境で立ち止まった。その姿がとても素敵に見えた。私が手に持っていたEOS 5D(初代)で三浦さんの写真を撮ろとしたとき、三浦さんは別の支援者から呼びかけられそちらに視線を向けた。その瞬間に私はシャッターを切った。1枚だけしか撮らなかった。

この写真は、私が生まれて初めて撮った大人の男性のポートレートと言って良いだろう。男性をF2.0で撮るなんてまずやらないことだと思うが、後ろの倉庫のごちゃごちゃをぼかしてしまいたかったので開けて撮った。カメラの背面モニタを見るとそこには素敵な写真があった。三浦さんの右腕として支援活動の采配を振るった住み込みボランティアのSさんはいつも三浦さんのことを「まるで菩薩」と評していたが、この写真には三浦さんのそういう人柄が写っていると思う。

「素の写真なんてない」という意見もあるが、この写真は100%素の写真である。三浦さんが構えるまもなく一瞬の間に撮った写真なのだから。私は写真に限らず「作り事」全般があまり好きでは無い。格好を付けないことが一番格好いいことだと思っている。三浦さんはまさにそういう男である。この写真は当時やっていたブログに掲載したところ、仙台のプロフォトグラファーの方から「最高に素敵な写真だ」とお褒め頂いた。私自身も最高に素敵な写真だと思っている。それは撮った私の技量によって生み出されたのではない。写っている三浦さんが生み出したのである。

その人の人柄がにじみ出てくるような写真が一番素敵なポートレートなのではないかと思う。この写真は私が撮ったのではなく、三浦さんが私に撮らせてくれた写真である。本当に素晴らしいポートレートフォトというものは、カメラマンの力で撮るのでは無くモデルが撮らせてくれるものだと思う。カメラマンに問われるのは撮影技量ではなく、"モデルに撮らせて貰う"能力である。


by dialogue2017 | 2019-03-16 09:30 | ポートレート | Comments(5)

ご自宅で撮影した写真は全部モノクロプリントで納品した。このご家庭には、壁にフレームに入れたカラー写真がいくつも飾られていた。その中に飾ったモノクロのフレーム写真はひときわ美しかった。しかし、梅が満開の季節だったので、最初の撮影から10日後に梅の花をバックで写真を撮って差し上げた。こちらは無料。私の方から撮って差し上げると声を掛けたのでお金は頂かない。結構そういうことを良くやった。

凄く小さなファイルしか見つからなかったのはちょっと残念。下は「悪魔の三歳児」。この時もちっともレンズの方を見てくれなかった。しかし、それゆえ「七変化」となった表情を沢山撮ることができてパパもママも大喜び。余りに喜ぶので、大きなプリントを1枚作って差し上げた。

ママと次女の写真を撮っていたら焼き餅を焼いた長女がママを奪い返しに来た(笑)。
2枚ともトップライトを入れている。撮影時刻は12:06。私はプロカメラマンが嫌う真昼のトップライトで撮るのが好きだ。


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悪魔の三歳児はまったくレンズを観てくれない。意識してそっぽを向いているのが可愛らしい(笑)。
正面を見て笑っていなくてもいい。こういう写真は思い出に残る。でも、反対側見てくれた方がいい光だったんだよね(爆)。


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by dialogue2017 | 2018-12-27 23:43 | ポートレート | Comments(2)

ひとつ前のエントリーに掲載した写真は"白バック”で撮影したカラー写真をモノクロにしたものである。カラー写真の場合、肌の色は肌色で表される。肌色は「白色」より「暗い」が人間の顔が肌色であることは当たり前のことなので違和感を覚えない。もちろん顔の明るさを基準に露出を決めて撮影している。だから、カラー写真では顔は顔は飛び気味に見えるほど明るい。しかし、モノクロにしてしまうと背景の白色の方が「明るい」ため顔の色がちょっと暗く見える。「肌色」は「白」に僅かな「黒」を載せることによってしか表現できないからである。だから、モノクロ女性ポートレートを撮る場合、背景の明るさには十分気を配らなくてはならない。こういうことを全く理解せずモノクロ写真を撮っている人が余りに多い。

同じようにストロボライティングで撮影した写真であるが、バックペーパーが濃い青色で撮影した写真であればモノクロにしても問題ない。顔が明るく見えて違和感は全くない。Mon's Cafeさんはモノクロフィルムでお子さんや奥さんをちょくちょく撮っているが背景選びに全く無頓着である。これからは背景を良く選んで撮るようにして欲しい。種明かしをしてしまうと面白くないのだが、ひとつ前のエントリーとこのエントリーも彼に大事なことを伝えたいために書いた。でも、そう明示して置かないと彼に十分伝わらない恐れがあるので明記しておくことにした。モデルは現在の彼の師匠である(笑)。

モデルが女性であれば肌の色をもっと明るく出すが、男ならこの程度でちょうど良い。カラーだと十分過ぎるほど明るい。カラーとモノクロでは同じ被写体を同じ場所で撮っても露出を変える。女性の場合は絶対に変える。他のプロがどうしているかまで走らないが私はそうする。


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よく見ていただくとわかるが背景の明るさにグラデーションがある。写真に向かって左中程が明るく右上が暗く落ちている。もしこの背景の明るさが均一であると写真が安っぽく見えるのである。このグラデーションを作るために3灯目のライトを使っているのである。そのライトの配置につては「スタジオライティングの基本について」で詳しく書いた。ライトを組んだのは写っているご本人である(笑)。ただし、この写真を見て渡部さんが言ったことは「ライト、随分練れてきたね。そのスタジオで毎日撮影している人間が微調整を重ねて初めて完成するんだよね。俺が最初に組んだときより良くなっている」であった。ライティングは奥が深いのである。私はその入り口に裏口入学した程度である(笑)。

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by dialogue2017 | 2018-12-25 13:00 | 写真とカメラの話し | Comments(0)

私の場合、フルサイズセンサーを使いたいケースはポートレートだけである。ポートレートの場合開放絞りF1.4の大口径レンズを使うが、絞り開放で撮ることはまず無い。ほとんどのケースは開けてもF2.0、F2.2、F2.5のいずれかである。このF値はAPS-Cセンサーでは概ねF1.4、F1.6、F1.8に相当する。FUJINON XF 56mm F1.2 Rは絞り開放から安心して使えるので割とF1.2を多用している。上の3枚の写真はEOS 5D MarkⅢ + SIGMA 85mm F1.4で撮影した写真。下の3枚はFUJIFILM X-T2 + FUJINON XF56mm F1.2 Rで撮影したもの。各写真の絞り値は写真の上に記載した。

「ボケの量」という点では、私はAPS-CセンサーのX-T2にXF56mm F1.2 Rを付けて撮った写真で十分である。このレンズでもF2.0まで絞って撮ることが少なくないが、とにかく開放でも安心して使える。反対に、5D3 + SIGMA 85mm F1.4の場合、F2.0より開けてしまうとピントが合っていない写真の様に見えてしまうのでよほどのケースを除いて開けることはない。

ポートレートでさえ「ボケの量」という点ではAPS-Cで十分である。フルサイズセンサーを使いたい理由は「ボケの量」ではなく「絵柄のゆとり」である。抽象的な表現だが、言い直せば階調の繋がりのスムースさということになる。もう一つは、「ノイズ」である。逆光で撮ることが多いポートレートの場合暗部にノイズが出やすい。特にISOを上げた場合顕著に出る。そういうケースではAPS-Cセンサーとフルサイズセンサーの差が出る。言うまでもな後者の方がノイズが出にくい。

以上のように、フルサイズセンサーに拘るには明確な理由がある。スナップではさほど重要なことではないので私はスナップでフルサイズセンサーのカメラに拘ることはない。F1.4で撮って一部だけにピントが合っている写真を撮って悦に浸るほど未熟ではない。私の場合、スナップではほとんどの場合F5.6〜F8.0まで絞って撮る。APS-Cセンサーの場合はF4〜F5.6を多用する。スナップなんて遊びであるから開けて撮ることもあるが、それでもF2まで開ければ十分である。スナップ系のモノクロ作品を撮っている人間で絞り開放の作品というのは滅多に見ない。寧ろそいう写真は鼻で笑われることの方が多い。

【F2.2】

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【F2.2】

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【F2.0】

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【F1.2】

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【F1.2】

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【F1.2】

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by dialogue2017 | 2018-12-14 06:00 | 写真とカメラの話し | Comments(0)

この写真も「我が家のフェルメールライン(1)」と同じ場所で撮っている。場所が同じだけでは無く同じ日に撮影している。(1)は2017年7月31日9:59に撮った写真。こちらは2017年7月31日13:13に撮影したもの。前者はPENTAX 645Dで撮影しているが、こちらはEOS 5D MarkⅢで撮影している。レンズは大好きなSIGMA 85mm F1.4。

私は「我が家のフェルメールライン(1)」の末尾に「私は女性をこのコントラストで撮ることはあまりないが…」と書いた。女性を撮る時には、あの写真の様に顔のコントラストがはっきりしている写真を撮ることは少ない。下の写真のように飛ばし気味に明るく撮ることが多い。下の写真は、娘に両手で80cmの丸レフを胸の前でほぼ水平に持ってもらって撮影した。そのため幾分「お化けライティング」気味になってはいるが、それほど不自然な感じでは無い。アシスタントがいれば、娘の左45度やや上からレフを当てるのでもっと奇麗な写真になる。

自宅の和室の窓際で、本人にレフ板を持たせて撮っただけでこの程度の写真は簡単に撮ることが出来る。壁が真っ白でもっと採光が良く、背景に薄らと色を入れることができるようなハウススタジオの様なところで撮影したらもっと各段に美しいポートレートを撮ることが出来る。大きなレフ板やディフューザーを2枚3枚と使ったり、広い面の"紗幕”超しに拡散したライトを当てて撮影すれば魚住誠一氏が撮っているSONY α7系のレンズの作例写真のような写真を簡単に撮ることが出来る。そういう舞台で、α7ⅢにFE85mmF1.4 GMやPlanar1,4/50やDistagon1,4/35を使って撮ったら彼と同じレベルの写真を私でも撮ることが出来る。彼と同じような撮り方をすれば同じような写真になるのだ。

しかし、私が撮りたいと思っている写真はそういう写真では無い。もっと自然で、モデルのチャーミングさというものが見る者を思わず魅了してしまうようなレベルの写真が撮りたいのだ。どのようにしたらそういう写真を撮ることが出来るのか? どうしたら既存のフォトグラファーが撮るような「ありふれたポートレート」を超える写真を撮ることが出来るのか? 私は京都でその答えをはっきり掴んだ。あとは撮るだけだ。

EOS 5D MarkⅢ + SIGMA 85mm F1.4 ISO400 F2.2 1/80 +1.33EV JPEG

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by dialogue2017 | 2018-12-10 18:00 | モノクロ | Comments(0)

海を越えてcranberrycaさんから回答が寄せられたので「正解」を発表する。出題するとすぐに「Mon's Cafe」さんから回答が寄せられた。正解だった。それにつづいて「SunsetLine」さんからも回答が届いた。こちらも正解だった。まあ、問題が易しかったと言うこともあるが、お二人が正解でほっとした(笑)。お二人から回答が寄せられず、寄せられても間違っていたらもうこのブログは終わりにしようと思っていた(笑)。

下の写真が出題した時点でブログに掲載していた写真である。私は久しぶりにこの写真を見た瞬間「ああ、こんな感じの写真を撮っていたんだ」と強く残念に思った。出題に書いたようにこの写真には大きな「欠陥」があるからである。この写真を撮るとき、どういうライティングで撮影したのか、またどういう理由でそういうライティングをしたのかについて簡単に説明したいが、ある程度の「長文」になってしまうのでその件についてはここでは棚上げしておく(実は書き始めたのだが長くなりそうで辞めた)。

今回は、「答え」だけを提示しておくことにする。上の写真は下の写真の欠点、つまり私が使っていたスタジオのライティングの欠陥による「足りない部分」をレタッチによって修正した写真である。10秒ちょっとぐらいのレタッチで修正した。本来であれば撮影した段階で上の写真の様に写っているのが理想である。写真館はこういう風に写るライトを組んでいるのが普通である(写真館のライティングの実情についてはよく知らないので、そうなっていない写真館が沢山あるかもしれないけれど)。写真館はともかく、プロがこういう写真を撮るときには上に掲載した写真のように撮ることが多いだろう(プロと言えどもギャラや時間によって理想的なライティングを組めない場合もあるが)。

kisaragiさん、cranberrycaさん、ご覧の通り"一目瞭然"です。私は久しぶりにこの写真を見て、この欠点の部分が一番先に眼に着きました。写真を見たとき、その写真に大きな欠点があると真っ先にそこに目が行きます。あるべきものが欠けていたり、あってはならないモノが写っていたりするとそこに眼が行くんです。自分で撮った写真であれば「うわ〜っ」と思ってしまうし、他人が撮った写真だと「これで平気なんだ」と思います。※女性二人に「話しかけ」たら「ですます調」に変わった(笑)。

アマチュア写真愛好家は仕事で写真を撮っている訳では無く、楽しみで撮っているのだから完璧な写真を撮る必要はない。しかし、初歩的なレベルで「やってはいけない」、あるいは「やらない方が良い」ことを避けるぐらいの配慮は持った方が良いだろう。そのことにたいして全く無頓着な写真愛好家があまりに多い。またこういう言い方になってしまうが、普通のカメラで明らかに楽しみとして写真を撮っている人であればそれでも良いが、高級カメラや高額なレンズを使っていたり、今更わざわざ中判フィルムカメラでモノクロを撮っているようなそれなりの「好き者」が、ごく初歩的な「やってはいけない」ことに対して無頓着であるのを見せられると、「本当に写真が好きなの?」と思わずにはいられない。

話を戻す。写真を見たとき、その写真にハッキリとした「欠陥」があった場合は一番最初にそこが目に入ってくるものである。もし、人物写真をプリントしたとき、プリンターの不調で顔にシミが出来ていたとしたら一番最初にそこに目が行き、「あちゃ〜」と思ってしまうのと同じことである。私は、下の写真を久しぶりに眼にしたとき、そういう感じの気持ちになったのである。で、「出題」することを思いついたと言うことである。

kisaragiさんの「回答」は事実上「無回答」であった。「ポートレートと撮った経験はあまりない」ということで、「わからないので教えて欲しい」という主旨の回答であった。ちょっと残念である。大事なのは「正解」することではなく、写真をじっくりと見て、自分なりに「これかな?」という「答え」を考え出してみることであるから。そのための「出題」だったのだ。わからない問題にぶつかった際、「わからない」で終わらせないで「もしかしたらこういうことかな?」と必ず一つの答えを出してみる習慣を持った方が良い。実は、この「問題」を出すとき、私は4人の人間を念頭に置いて問題を出した。男性2人、女性2人である。私が念頭に置いた男性二人からは直ぐに「回答」が届いた。最近は二人とほとんどやりとりをしてなかったがお二人は即座に回答をくれた(多分二人とも仕事中だったのではないだろうか?)。

女性二人は「指名」しないと回答を寄せてくれないだろうと考えて指名させていただいた。ありがたいことにお二人とも回答を寄せてくれた。男性二人が正解するだろうことはわかっていた。そして、女性二人はおそらく「不正解」となるだろうと予想した。そもそも、この問題を出した一番の「動機」は、女性二人にこの問題について「考えて貰う」事であったのである。ストレートに言ってしまうと、この「問題」は、kisaragiさんとcranberrycaさんお二人のために「出題」したのである。

cranberrycaさんからは具体的な回答があった。予想通り不正解であった。しかも、不正解であったばかりか、「そうあって欲しい」部分について、「これじゃいけない」のではないかと推理されていた。その件に関してはエントリーを改めて書くことにした。それはポートレートライティングのイロハについての話しに繋がるので長話になるから。

Mon's Cafeさん、Sunse Lineさん、kisaragiさん、cranberrycaさん、ありがとうございました。中高年男性陣やモノクロフィルムで撮っている男性あと2〜3人から回答が寄せられていたらもう少し楽しかったんだけれどね〜(笑)。日和ったか?(爆)。

ああ、kisaragiさん、cranberrycaさん、あえて「正解」を「文章」では書きませんでした。下の2枚の写真を見比べれば一目瞭然ですから。2枚の写真を左右に並べて「どこが違う?」と質問されたら1秒で答えられるほど一目瞭然ですので。「追試」として写真を眺めて「正解」を出して下さい(笑)。コメントを寄せていただく必要はありませんのでご自分で回答して下さい。

追記。これは出題時にも書いたことであるが、この問題は私が書いた文章を読んでいる人ならすぐに正解に思い至る問題である。私が女性ポートレートを撮る際にもっともよくやる「手法」についてだからである。私はその話をたびたび書いている。

追記2。私がなぜ女性陣二人は不正解に終わると予想したかについてひとこと書いておく。私は彼女たちのブログに掲載される写真に目を通している。彼女たちが撮っている写真を見ると「ほぼ何もわかっていない」と言うことが一目瞭然なのである。私はそれがいけないとは思っていない。女性差別だと糾弾されることを恐れずに言うが、女性は楽しく撮っていればそれで良いと考えているのだ。人類の長い歴史が生み出した必然で、女性は「機械モノ」を理解する能力が男性に比べて低い。そもそも「機械」にあまり興味を抱かない。しかし、「写真」が上手く撮れるかどうかは「写真機」という「機械」を上手に扱えるかどうかに掛かっている。だから、「機械好き」である方が断然有利なのである。「カメラ」という機械の「特性」を理解して初めて良い写真が撮れるのだから。やれLEICAだハッセルだと次々カメラやレンズを買うのは決まって男性である。女性の写真好きには好きなカメラを使い続ける人が圧倒的に多い。なぜなら女性はそれほど「機械」が好きでは無いのだ。

ついでに言っておく。「機械」が好きだということは「写真」に上達する上で有利だ。「好きこそものの上手なれ」だから。しかし、現実を見ると、多くの「機械好き」男性諸君、つまりハッセルだライカだズミルックスだプラナーだとやり続けている諸君は「写真以前」で止まっている。田中長徳大先生が始終口されていることである。彼らはカメラやレンズへの憧憬に止まり、「写真」と真剣には向き合っていない。


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by dialogue2017 | 2018-11-08 11:00 | 写真とカメラの話し | Comments(3)

この写真は2012年9月9日に私が撮影した写真である。写真館をオープンして3日目の撮影だった。まだ3人のプロカメラマンの勤務が始まる前で、アシスタントも無しに私一人で撮影した。写真館のライティングを組んだのは写真家の渡部さとるさんである。私の写真館は彼の全面的なバックアップで開設した。8月にライティングの最後の詰めを行った際には、渡部さんは二人の弟子を伴ってスタジオに通い終日ライティングテストを行った。その一人が渡部さんの10人目の、そして最後のアシスタントであった泉大悟君である。彼には、私の写真館のメインカメラマンを務めて貰った。もうひとりのSさんは、今年春からフランスに修行(?)に行っている。元2Bの「暗室番長」だった女性である。彼女にもサブカメラマンとして手伝って貰った。ブライダルと料理の写真の師匠の元でアシスタントをしていたのでその二つの仕事が入った時には彼女の力が生きた。

話を戻そう。最終的なライティングが決まり写真館のオープンを待つばかりになったとき、私は渡部さんに「白バックを撮ってみたんだけれど」と伝えた。すると「白は難しいよ。一番難しい。それに、ここじゃちょっと厳しいよね。ここじゃ狭すぎる。白バックを撮るならストロボを追加しないと厳しいよ。でもそのスペースがないよね。ここでは白バックは辞めた方がいい」と言われた。彼の言うとおりなのである。通常スタジオに必要と言われる最低限のスペースの半分ほどの狭いスタジオだったのだ。あまりに狭くて、あるとき泉君は撮影ポジションの背中の窓から外に飛び出して、スタジオの外から撮影したことがあったほどである(笑)。

チーフカメラマンの"憲ちゃん”からも「叔父貴、ここで白バックは厳しいですよ」と言われていた。"憲ちゃん”は私の写真館のチーフカメラマンを務めてくれたプロフォトグラファーなのだが、最後のライティングテストの際渡部さんに向かって「渡部先生、メインライトはちょっとフェザリング的に打ったらどうでしょう?」と提案し、それは全く的を射た提案だった。後日、渡部さんは私に「憲ちゃんがいればなんの心配もない。もう俺が手伝う必要はないと思う」と言った実力の持ち主である。実際、ある意味で憲ちゃんは渡部さん以上になんでも撮れるカメラマンである。「器用貧乏」なのである(笑)。だからなんでも得意になってしまったわけである。そうじゃないと食っていけないから。

その憲ちゃんからも「叔父貴、ここで白は厳しいです」と言われていた。厳しい理由は「狭い」からなのである。「白バック」を綺麗に撮るためには十分な光量の光をスタジオ中に「回す」必要があるのだが、そのために必要な台数のストロボを設置するスペースさえないスタジオだったのである。そいうい現実をよく知っているから、渡部さんも憲ちゃんも「ここでは白バックは厳しい」と断じたわけである。

しかし、写真館開業3日目、まだ4組目のお客さんであるこのご家族(ご主人や祖父母なども撮った)の写真を撮る際、私は「白バック」に挑戦した。初めは「パープル」の背景紙を使って撮ったが、最後にこの母と赤ちゃんのツーショット写真を撮る際にバックペーパーを「白」に変えた。実は事前の練習は一度もしてない。私は何事も「ぶっつけ本番主義」なのである。しかし、ひとつだけ考えていたことがあった。露出を詰めて取ることをせず、白飛びギリギリの露出で撮ること。次に、1/3段露出オーバーのカットを撮って、レタッチで「戻す」ということをやってみること。光を十分に回すことの出来ない狭いスタジオで「白バック」を綺麗に撮るには"ギリギリの露出"じゃないと上手くいかないと考えたのである。まったく自分の頭の中だけで考えたことである。とにかく、飛ばし気味に撮るという方針で撮影した。

下の写真は1/3段オーバーに撮影した写真である。だから、女性のシャツの右腕の部分のアウトラインがきちんと出ていない。普通は、ここをギリギリ目をこらせばみえる程度にアウトラインを残すのが常識的な撮り方である。しかし、私はこの部分はギリギリ飛んでも良いという考えで1/3段飛オーバーの露出で撮影した。大事なのはディティールではなく、この女性の持つ「透明感」を引き出した写真を撮ることであったからである。

これは私の短い「プロカメラマン」生活の3日目の仕事である。撮影後、渡部さんにプリントを見せた。「あっ、白バックやったんだ。凄いじゃん、綺麗に撮れてるよ」と及第点を貰った。「ギリギリだね」「うん、実は1/3段飛ばして撮っているんだよ。僕の考えなんだけれど、僅かに飛ばして撮ってレタッチで戻した方が白は綺麗に出ると思う」「うん、確かにそうかもしれない」。こういう会話をしたことを昨日のことのように覚えている。この写真はネット上で見るよりプリントで見た方が断然美しい。Canon PIXUS PRO-1を使ってセミグロスペパーで出すと、薄らと右腕のアウトラインが出てくるのである。飛んでいるようにみえるが僅かにデータが残っているのである。

大きな窓からたっぷりのの採光があって、広くて室内すべてが真っ白なハウススタジオで撮ったらもっと綺麗な写真が撮れることは間違い無い。2012年9月よりは、私の知識も技量も増えている。そういうスタジオを使えば「魚住誠一レベル」の写真を撮れると思う(笑)。

※前説がこんなに長くなったが、写真下に本文がある。写真好きの方には参考になる話だと思う。「私はポートレーなんて撮らない。スナップ専門です」と言う人にも読んで貰いたい。「綺麗な光」について熟知することは美しいスナップ写真を撮ることに繋がるからだ。

追記。この写真を見ると、私がやっていた写真館スタジオの大きな欠点が如実に表れている。パッと見て「足りない」点がわかる人はポートレイトライティングを知っている人である。あるいは、ここ一週間ほどの私のブログを理解しようと思って読んだ人であればこの写真の、つまり私が使っていたスタジオの「不足」がわかるはずである。その「不足」を補えばこの写真はもっと美しくなる。さて、あなたにその「不足」がなにか答えられるだろうか? 

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数日前に、取りあえずの目標は魚住誠一さんレベルのポートレートを撮れるようになることだと書いた。そればかりか、あろうことか彼と同じレベルの写真を今日直ぐにでも撮れるとまで豪語した。豪語した理由を、彼と「同じ光」で撮れば良いだけだからと説明した。ロケ撮りでいますぐに彼と同じレベルの写真を撮るのは厳しいと思う。しかし、ハウススタジオを使って良いのであれば明日にでも撮れる。ただし、明日が天気が良いという条件付きで。採光の良い、室内全部が「白色」のレンタルスタジオを借りればOKだ。本当に美しい写真を撮るために一番重要なのは「モデル」さん。次に「撮影場所」。そして「カメラとレンズ」。そのあとにカメラマンの腕(爆)。

ポートレートフォトの善し悪しの80%はモデルさんで決まる。カメラマンの力はせいぜい20%。トップレベルのグラビアフォトグラファーに聴いてみるとよい。「その通り」と返ってくるだろう。本当に美しい写真を撮るためには、ヘアメイクさんやスタイリストさんも不可欠だ。そして絶対に必要なのがアシスタント。いるのといないのでは大違いである。タレントさんやモデルの撮影の場合、このほかに「ディレクター」「マネージャー」などが加わり、最低でも5〜6人で撮影に臨む。レフ板を3枚使いたいなどという状況になったとき、アシスタントが一人しかいなければモデルさんのマネージャーやディレクターなどにレフ板を持たせて撮る。

もちろん魚住さんレベルになれば、自分一人で80cmの丸レフ一枚というスタンバイでも綺麗な写真を撮るだろう。今までに何百万枚と女性ポートレートを撮った経験に養われた実力はどんな情況にも応じることが可能だからだ。それに比べたら、私なんか自分が得意なパターンが2つ3つあるだけだ。丸っきり勝負にならない。当たり前である。私はプロでさえないのだから。しかし、スタジオを使って良いというのなら、魚住さんレベルの女性ポートレートをある程度は撮れる。

同じ場所で同じ時間撮影したら、私は彼の1/10程度しか良い写真をものに出来ないかもしれない。しかし、彼が100枚の美しいポートレートを撮るなら、私にも最低10枚は撮れるだろう。いや、状況次第では30枚ぐらい撮れるかもしれない。なぜなら、美しい写真が撮れるライティングが出来てしまうと、誰がシャッターを押しても写り具合は同じだから。あとはポージングであるとか、モデルさんを乗せるコミュニケーション能力などで写真に差が出る(これがかなり重要)。私は大人の女性のポートレートを撮った経験がまったくないので「ポージング」に関してはまったく引き出しがない。しかし、一線級のモデルさんを使えばモデルさんの方がいくらでも素敵なポーズを作ってくれるだろう。

魚住さんは「被写体にどれだけ夢中になれるかどうか。それで写真の出来のほとんどは決まる」と語っている("ここで”)。全くその通りだ。彼の言うとおりである。彼がポートレートフォトグラファーとして高い評価を受け、長い間第一線で活躍し続けてこられた一番の理由はこの点において彼の「能力」が高いからだろう。この点に関しては、私もかなりの「才能」を持っていると思う。美しい女性であれば「夢中になれる」から(爆)。でも、一番重要なことはそこなんだ。先日書いたが、対象に対して「愛情」を抱けない限り本当に良い写真は撮れないと思う。「思い入れ」の量が写真の善し悪しを決めていくと言って過言では無い。もちろん、プロフェッショナルな撮影技量を持っていることが前提の話であるが。

女性を美しく撮る一番手っ取り早い方法は「綺麗な光が回っているハウススタジオ」で撮ることだと思う(ただの一度だってそういう経験はないけれど。それどころか写真スタジオに足を踏み入れた経験さえない)。最初、ストロボの調整などに手間取るだろうが、レンタルスタジオの場合「スタジオマン」が相談に乗ってくれるだろう。「ここで一番よく使うライティングでちょっと組んでもらえない?」なんて声を掛ければ「わかりました」と言ってセッティングしてくれるだろう(どこかの誰かがプロカメラマンになった直後に使った手口・笑)。セッティングさえできればあとは撮るだけだ。

ここまで書いて気になったので調べてみたらすぐにそんな感じのスタジオが見つかった。素晴らしい環境だ。真っ白というのが一番良い。壁・床・天井のすべてから光がバウンスしてスタジオ中がディフューズされた柔らかい光で包まれているからだ。もちろん、そういう場所なら誰もが簡単に綺麗な写真を撮れるという話ではない。実は「白」は難しい。「白色」は一番反射率が高い色であるから扱いが難しい面がある。まず、「白飛び」させないこと。と言ってアンダー目に撮っておいてレタッチで持ちあげるというのはお勧めできない。この件は私の独断。第一線級のポートレートフォトグラファーがどう言うかわからない。ただ、私自身の経験から言えることは、アンダーに撮って持ちあげるより、撮影時にギリギリで撮っておいた方が白は綺麗に出る。その辺の「匙加減」はかなり微妙だ。撮影時にほぼ完成させられないと綺麗な写真にならない。

まあ、いずれにしてもこういうスタジオで撮影すれば、ある程度の枚数「魚住誠一レベル」の写真を撮ることが出来るだろう。相手は我が国を代表するポートレートフォトグラファーなので「近いレベルの」と言い換えておこう(笑)。名人に敬意を表することを忘れてはいけない(笑)。人間「礼節」を忘れたら大成しない(笑)。なんにしろ、こういうところで撮って見たいモノだ。

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by dialogue2017 | 2018-11-06 16:00 | 写真とカメラの話し | Comments(0)

EOS 5D Mark Ⅲ テスト撮影

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by dialogue2017 | 2018-11-06 12:00 | 写真とカメラの話し

光の綺麗な場所

ディフューズされた光は美しい。沖縄で買ってきたお皿は裏向きに立てかけてあったが、色が綺麗なのでびっくり返してから撮った(笑)。

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我が家のリビングはとても採光が良い。東、南、西に窓がある。南には3つ窓があり、真ん中の窓は掃き出し窓なので光がたっぷり入ってくる。だから、晴れた日の日中、我が家のリビングはとても明るくて心地よい。そんなリビングの中でも一番光が綺麗な場所が西側にあるキッチンである。

最近はやらなくなったが、以前はこのキッチンの明かりを使って写真を撮るということをよくした。同じリビングの一角にあるのに、この場所の光が特別綺麗であるわけは二つある。一つはキッチンシンクの前の窓が”磨りガラス”様であること。この窓を透過した光はディフューズされるため、他の窓から入ってくる光より柔らかい。

もう一つの理由は、窓の向かい側の壁が白く、窓からの距離が近いためである。窓を透過して入ってきた光自体が柔らかい上に、その光が真っ白な壁にぶつかってバウンスして更に拡散するのである。つまり、我が家のキッチンは”光が回っている”のである。

この光の状態はポートレートを撮るのに最適な光である。魚住誠一さんが、SONY α7の作例写真で、三原勇希さんというモデルさんを使って撮った写真の中に、室内(ハウススタジオ)で撮影しているものがあるが、その光と我が家のキッチンの光は同質の光である。無論、あちらの方がより綺麗な光であるが。

要するに、格段に美しいポートレートというのは、格段に美しい光を使って撮っているということなのだ。私が”いけしゃあしゃあ”と第一線級のプロカメラマンと全く同じレベルのポートレートを今日にでも撮ってこれると「豪語」するわけは、魚住誠一さんと同じ光の「作り方」を知っているからに他ならない。この件については面白い話がひとつあるのだが、MacBook Proが起動しなくなり、iPhoneから更新していてタイピングに時間がかかるのでまたいつか。





by dialogue2017 | 2018-11-05 11:30 | 写真とカメラの話し | Comments(0)