人気ブログランキング |

タグ:LEICA X1 ( 138 ) タグの人気記事

なんとはなしに、パソコンデスクの上のモニタの電源を入れてみた。前回電源を入れたのは1月末頃だったのでおよそ半年ぶりで起動させたことになる。私は27インチモデルのiMacを使っていたのでこのモニタを導入したとき小さく感じた。しかし、いま眺めてみると「巨大」に見える。この5年間11インチのMacBook Airと13インチのMacbook PROしか使っていなかったので24インチモニタが巨大に見える。この5年間、このモニタに電源が入るのは「年賀状印刷」の時ぐらいであった。今年は1月末に自分が撮った写真を何枚かプリントしたことがあったのでそれ以来である。

昨晩も午前1時過ぎに就寝した。そして今朝も昨日と同じように6時に起床した。2日続けて5時間弱の睡眠。昨日は眠気も無く、体のだるさも無かったが、流石に2日続きの「寝不足」がこたえ、今日は体がだるいだけでは無くかなりの眠さもある。しかし、あくびをしながら本を読んでいる。

仕事用モニタに電源を入れた_e0367501_09201350.jpg

by dialogue2017 | 2019-08-08 09:30 | パソコン | Comments(0)

朝facebookを開いたら、一番上に「4年前の今日」というのが表示された。それは4年前の10月3日の投稿であった。その前日に写真家の水谷充さんと初めて会ったときの話を翌日書いたのである。ああ、あれからもう4年になるのか。私は出会いにもの凄く恵まれた人生を送ってきたと思う。水谷さんも渡部さんも、写真家としてということ以前に、人間として素敵だ。もちろん、二人とも優秀な写真家であり、彼らとの写真談義はとても面白かった。このたった1日の3人で過ごしたひとときは、私の人生の中で「素敵な思い出」になっている。この秋、二人に声を掛けて二度目の飲み会をしようと思う。そうそう、水谷さんにビッグなお祝い事が控えているんだった。楽しみだな。

この写真は言うまでも無く水谷充さんが撮った写真。facebookから持ってきたため解像度が低い。私の方が渡部さんより3学年上。

「4年前の今日」 水谷充 渡部さとる α7 Zeissのレンズ 写真は思い出_e0367501_14030910.jpg

水谷さんが手にしているのは前の日に刷り上がったばかりの『plana』の初稿束見本。まだ製本されていない校閲用の初刷り。私が水谷さん「お先にどうぞ」と勧めたら「とんでもない、Hさんから先にどうぞ」ということで私が先に拝見した。言うまでも無くこの写真を撮ったのは渡部さん。

「4年前の今日」 水谷充 渡部さとる α7 Zeissのレンズ 写真は思い出_e0367501_14032377.jpg

これは私が撮った水谷さんの写真。3枚の中では一番綺麗に撮れている(爆)。水谷さんは私より1学年下。3人ともほぼ同世代。

「4年前の今日」 水谷充 渡部さとる α7 Zeissのレンズ 写真は思い出_e0367501_14033573.jpg

このブログは5月末を持って一度休止し、6月7月8月の3ヶ月は更新しなかった。このブログの更新を停止した一ヶ月後、facebookへの投稿も止めた。そちらはその後7月8月9月の3ヶ月間一度も投稿せず10月を迎えた。投稿はしていないのだが、親しい友人の投稿には目を通している。

facebook上で一番仲の良い友人は写真家の水谷充さんである。水谷さんの名前は承知していたが面識は無かった。彼は作家活動をしていないためアマチュア写真愛好家への知名度は必ずしも高くないが、写真家としては大きな実績を上げている人物である。まだCDが出る前のレコードジャケットの撮影などでは多くのミュージシャンのアルバムを手がけている。とんねるずの最初のレコードの"ジャケ写”なども彼である。名前を挙げていけば沢山出てくる。相楽晴子、喜多嶋舞などタレントの写真集なども撮っているし(喜多嶋舞の写真集はかなり売れた)、外人ミュージシャンのポートレートなども沢山撮っている。私が好きなのは彼が撮ったチックコリアの写真。逆光でバウンス光を使わずに撮った写真なのだがもの凄く素敵なポートレートである。→ "この写真” ←圧縮したファイルなのでiPhone程度のサイズのモニタで見て欲しい。

水谷さんとの交流の始まりは、私がfacebookに渡月橋(京都)で撮った写真をアップしたときに彼がコメントをくれたことが最初だった。その後、お互いが数日違いで同じ場所に行っていたりして、「僕も一昨日行っていたんです」などというありきたりのコメントのやりとりをするようになったのだが、直ぐにもっと突っ込んだ話題で対話をするようになった。夜中に1時間ぐらいコメントの応酬をするというようなことさえ都度都度あった。一番多い話題は「政治」関連である。もちろん、写真やカメラについても数え切れないほど意見の交換をした。しかし、彼とは一度も会ったことがなかった。

私は2014年の春にいくつかの病気が発覚した。そのことが潜在的な鬱を表面化させ、一時期鬱状態であった。日常生活に大きな支障は無かったのだがとにかく人に会いたくなかった。私はその数年前辺りから親しい友人ともあまり会わないようになっていた。会って飲んで語り合えばとても楽しい時間を過ごせる友人とも会わなかった。楽しい時間を過ごすことが煩わしかったからである。とにかく一人でいたかった。ただひとり例外だったのが渡部さとるさんで、彼とだけはちょくちょく会っていた。彼と語り合う時間は私にとって唯一最大の楽しみであったのである。

病気が発覚して以後、私は渡部さんからの誘いも断るようになった。体調が優れず、軽度ではあるものの抑鬱状態であったため、渡部さんに会うことさえ「苦痛」に思えたのである。2014年の春、渡部さんからの誘いを2度続けて断った。9月末、渡部さんから「自宅の近くまで出ていくから」と連絡があった。3度続けて断ることは出来ない。都心から出てきて貰うのも悪いので「じゃあ、僕が出ていくよ」と返答し、互いの都合が良い10月2日に阿佐ヶ谷で落ち合うこととなった。

実は、水谷充さんは渡部さとるさんの親友で、二人の交流は30年を超えている。渡部さんが二十歳の頃からの交流である。渡部さんはアシスタントの経験が無い。日大芸術学部写真学科を卒業して直ぐに「日刊スポーツ」に就職し、報道カメラマンとして2年間働いた後に独立した。独立直後の話は『旅するカメラ』に詳しいのでここでは触れないが、ライティングさえろくに出来ずに苦労したそうである。

いつだったか彼が「師匠がいるやつはいいよな〜」と口にしたことがあった。「どうして?」と問うと、「道しるべだから」と返ってきた。そして「師匠というのは絶対的な基準なんだよ。だから、師匠がいる人間には迷ったときに帰って行く基準がある」と語った。「俺は師匠がいないからな〜」と呟いた後、「師匠では無いけれど、仮に誰か一人を上げるとしたらやはり充君だろうな〜。彼から受けた影響は大きかった」と話してくれた。「充君」というのは言うまでも無く水谷充さんのことである。

渡部さんと久しぶりに会う約束をしたちょっと前頃から私はfacebookで毎日のように水谷さんと会話をしていた。気軽な話題もあれば政治の話もあった。2014年10月1日の晩も彼とあれこれ会話をしていた。そして、「実は明日渡部さんと会うんですよ」と伝えると返ってきたコメントが「僕も行きます」だった。「僕も行って良いですか?」ではなく「僕も行きます」(笑)。いいよね。こういうのはとても好き。彼の人柄がとてもよく分かるエピソードであるとともに、そこには渡部さんの人柄も前提になっている。二人とももの凄く"自然体”なのである。

10月2日の昼過ぎ、私は阿佐ヶ谷駅の改札口の前で渡部さんと落ち合った。彼から借りていた巨大なGitzoの三脚を返却するために持って行った。渡部さんはディアドルフで作品を撮り始める予定だったため大型三脚が必要になったのである。三脚を渡すと、「こんな重い物持って歩けないよ。家に置いてくるから、これで遊んで待っていて」と言ってDistagon 25mmが装着されたSONY α7を手渡された。私はα7にはなんの興味も無かった。ミラーレスカメラに対して否定的だったのである。渡部さんから「α7を導入した」と知らされたときには「酔狂なもんだ」と思っていた。

しかし、渡部さんを待つ20分ほどの間阿佐ヶ谷の路地裏を撮って歩き、私は3枚目を撮った時にはもうα7を購入することを決めていた(笑)。理由はたったひとつ。古いZeissのレンズで簡単にピント合わせが出来るからである。私は古いマニュアルフォーカスのZeissのレンズを11本所有している。ズームレンズは1本で10本は単焦点レンズである。Distagon 1,4/35、Distagon2/28、Planar2/135などの銘玉も含まれている。しかし、EOS 5D3のファインダースクリーンではピントの山が掴みにくく「防湿庫の肥やし」となっていた。α7を手に入れればZeissのレンズが使える。

20分ほどで渡部さんが戻ってきた。「どうだった?」「凄いね。簡単にピントが合う」「いいでしょ?」「いいね。俺も買うよ」。そして私はその翌日α7を買った(笑)。

話が脱線してしまった。我々は新大久保の韓国料理屋で飲むことになっていた。上述のように水谷充さんも来ることになっていたのだが、私はあえてそのことを渡部さんに伝えなかった。水谷さんとは新大久保駅の改札前で待ち合わせをしていた。私と渡部さんは阿佐ヶ谷から大久保に出て、大久保駅から新大久保駅まで歩いた。歩き始めたときに「実は今日もうひとりゲストを呼んでいるんだよ」と渡部さんに告げると「女?」と返ってきた(笑)。以前、私は渡部さんと飲む際に何も言わず現場に女性を同伴した「前科」があったのだ。「会ってのお楽しみ」と答えて新大久保駅に向かった。渡部さんは水谷さんを見つけて苦笑した。二人もずいぶんと久しぶりの再会であったようだ。

その後、我々は韓国料理屋で昼から飲んだ。私と水谷さんは初対面であった。しかし、乾杯をした直後からまるで30年の付き合いの友人同士のようにああだこうだと写真談義となった。初対面以前にfacebookで沢山対話をしていたと言う事情があったし、更には、私と水谷さんの間に渡部さとるさんが存在しているという事情もあった。しかし、席についてすぐに我々は旧友同士のように話が弾んだ。しかも、私はこの時「抑鬱」がかなり悪化していたのにである。

結局3人で5〜6時間話した。一番熱弁を振るったのは鬱状態の私であった。「躁鬱」(いまは双極性障害というのかな)ならわかるが、私は「抑鬱」だったのにである。私は、鬱状態でも熱弁がふるえるほど口達者なのである。話した内容は98%写真とカメラについての話し。例えばホワイトバランスの話し。渡部さんはAWB派で、私と水谷さんは晴天の時はDAY LIGHT派。あれこれ質問し合うと、私と水谷さんが同意見であることが多く、渡部さんは別意見。というのも、渡部さんは物事をシンプルに捉える人だから。※私はX-T2導入後晴天でもAWBを使うようになった。

水谷さんに、「撮影時に一番気をつけていることってなんですか?」と聞いてみた。彼の答えは「白飛びさせないこと。気をつけるのはそれくらいかな」。当たり前の答えが返ってきた。プロであれば一番気をつけることだから。まあ、こんなことを始め、水谷さんに、モデル撮影のこと、ライティングのこと、カメラやレンズのこと、などなどについて沢山質問した。相手はコマーシャルフォトの第一線で長年活躍してきたプロカメラマンである。返ってくる答えのどれにも含蓄があって楽しかった。そいう話の中には、写真雑誌やカメラ雑誌には出てこない「裏話」の類いがいくつも出てくる。

ああ、とりとめの無い話を書いてしまった。書いた後に思い出したが、別のブログでこの日のことを直ぐ翌日だかに書いていたことを思いだした。写真も同じモノを3枚載せたはずだ。ここまで書いてくるまでそのことをすっかり忘れていた。いまからそちらを読んでみようと思う。

写真は思い出。文章も思い出。だから撮る。だから書く。


by dialogue2017 | 2018-10-03 13:00 | 写真とカメラの話し | Comments(3)

この記事はブログのファンのみ閲覧できます

by dialogue2017 | 2018-09-30 22:33 | モノクロ

この記事はブログのファンのみ閲覧できます

by dialogue2017 | 2018-02-03 18:00 | モノクロ

この記事はブログのファンのみ閲覧できます

by dialogue2017 | 2018-01-29 10:00 | 写真論

この記事はブログのファンのみ閲覧できます

by dialogue2017 | 2018-01-28 22:35 | モノクロ

この記事はブログのファンのみ閲覧できます

by dialogue2017 | 2018-01-28 19:30 | モノクロ

夕景

この記事はブログのファンのみ閲覧できます

by dialogue2017 | 2018-01-28 11:00 | 風景

2017年12月6日18:25。日没時刻の4分前。西の空がオレンジ色に染まるときに東の空を撮るのが好きだ。

あまのじゃくではないけれど…_e0367501_00300798.jpg

by dialogue2017 | 2017-12-11 07:00 | スナップ | Comments(0)