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この写真も「我が家のフェルメールライン(1)」と同じ場所で撮っている。場所が同じだけでは無く同じ日に撮影している。(1)は2017年7月31日9:59に撮った写真。こちらは2017年7月31日13:13に撮影したもの。前者はPENTAX 645Dで撮影しているが、こちらはEOS 5D MarkⅢで撮影している。レンズは大好きなSIGMA 85mm F1.4。

私は「我が家のフェルメールライン(1)」の末尾に「私は女性をこのコントラストで撮ることはあまりないが…」と書いた。女性を撮る時には、あの写真の様に顔のコントラストがはっきりしている写真を撮ることは少ない。下の写真のように飛ばし気味に明るく撮ることが多い。下の写真は、娘に両手で80cmの丸レフを胸の前でほぼ水平に持ってもらって撮影した。そのため幾分「お化けライティング」気味になってはいるが、それほど不自然な感じでは無い。アシスタントがいれば、娘の左45度やや上からレフを当てるのでもっと奇麗な写真になる。

自宅の和室の窓際で、本人にレフ板を持たせて撮っただけでこの程度の写真は簡単に撮ることが出来る。壁が真っ白でもっと採光が良く、背景に薄らと色を入れることができるようなハウススタジオの様なところで撮影したらもっと各段に美しいポートレートを撮ることが出来る。大きなレフ板やディフューザーを2枚3枚と使ったり、広い面の"紗幕”超しに拡散したライトを当てて撮影すれば魚住誠一氏が撮っているSONY α7系のレンズの作例写真のような写真を簡単に撮ることが出来る。そういう舞台で、α7ⅢにFE85mmF1.4 GMやPlanar1,4/50やDistagon1,4/35を使って撮ったら彼と同じレベルの写真を私でも撮ることが出来る。彼と同じような撮り方をすれば同じような写真になるのだ。

しかし、私が撮りたいと思っている写真はそういう写真では無い。もっと自然で、モデルのチャーミングさというものが見る者を思わず魅了してしまうようなレベルの写真が撮りたいのだ。どのようにしたらそういう写真を撮ることが出来るのか? どうしたら既存のフォトグラファーが撮るような「ありふれたポートレート」を超える写真を撮ることが出来るのか? 私は京都でその答えをはっきり掴んだ。あとは撮るだけだ。

EOS 5D MarkⅢ + SIGMA 85mm F1.4 ISO400 F2.2 1/80 +1.33EV JPEG

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by dialogue2017 | 2018-12-10 18:00 | モノクロ | Comments(0)

もうテクニカルな問題について論じることが苦痛になってきた。自慢じゃ無いが、私は61年間「実際的なこと」を可能な限りやらない人生を生きてきた。「実際的」なことは「スタッフ」にやって貰うと決めて生きてきた。写真館をやっていた時も基本的には自分で撮影せず、若手プロカメラマンに撮って貰う様にしていたし、プリントは全部泉大悟君にお願いしていた。レタッチとかプリントとか「実務的」なことは絶対にやりたくない人間なのである。だから、絶えること無く優秀なスタッフを抱えて生きてきた。

小さい子どもの頃から「理念的」なことだけが私の興味の対象であった。多分、私の先祖にそういうタイプの偏った人間がいて、私はその遺伝子を受け継いだのだろう。実務が嫌いなのは私のせいではない。私の遺伝子のせいだ(笑)。だいたいが、「露出」のことなんて、本を買ってきて読めばわかることだ。いまは、ネットで調べれば居ながらにしてそういう知識を得ることもできる。しかも、ネット上の情報の多くは「無料」だ。

やる気があれば、たいがいのことは「自分一人」で習得することが可能なはずである。

しかし、私にはそういうことが全く理解出来ないだけで、「自分でやれば良い」と思えない人の方が世の中には多いのだろう。この感覚は私には実感として全く理解出来ない。私は正反対で、人に教えれもらうことが大嫌いなのだ。自分で正解を見つけなければ面白くない。自分ひとりで「到達」しなければ到達した意味が無い。まあ、私の方が「変人」なのだろう。

さて、「露出」の話だが、ミラーレスカメラの場合、EVFや背面モニタに表示されている画像は「撮影結果画像」なのだから、露出を大きく外すなどと言うことはあり得ない話である。もちろん、完璧な露出決定ができる訳では無いが、概ね適切な露出にすることは簡単なことだと言っても良い。しかるに、「写真ブログ」に掲載されているモノクロ写真を見ると、ハイライトが白飛びしている写真が沢山あるし、シャドーが締まっていない写真も枚挙に暇ない。

結局、「白飛び」や「黒の締まっていない写真」が見苦しいという理解そのものが無いのだろう。

でも、そういう写真を撮っている人々にも好きな写真家がいるはずだ。彼らは好きな写真家の「作品」から何も学ばないのだろうか? そう、学ばないのである。あらゆる物事を対象化すること無く30年40年と生きてきたのだから。彼らを責めるのは酷だ。それが「普通」なのだから。

「誌上レッスン(10)」は直接的には「初心者A」君の為に書いている。しかし、彼はすでにモノクロ写真を数年間撮り続けている人々の一部を超えるような「感覚」を持っている。然るべき人間が「手ずから」教えたら、彼は3ヶ月もあれば「2B」出身者のレベルの写真を撮れるようになるだろう。

さて、今回は露出における1/3段の持つ意味に関して、わかりやすく解説するつもりであった。しかし、もうそういう話を長々と書く気力が無い。私は、自分が写真を撮ることに気持ちが行き始めているからだ。

と言うわけで、なんの説明もせず写真を8枚掲載して終わりにする。私は三脚を立てて「テスト撮影」をすることはまず無い。「テスト撮影」をしてみる場合でも手持ちで済ませる。なぜなら厳密なテストをする必要など全くないからである。しかし、以下の8枚の写真は三脚を立てて撮影した。理由は、「初心者A」君が熱心にやっているので、それくらいのことはして上げようという気になったからである。

以下の写真は本日14時過ぎに、自宅隣の公園で撮影した。三脚を立ててカメラを構える際、「どの方向に向けるか」ということはほとんど考えなかった。「光の角度」などについてもほとんど考えなかった。私の問題意識としては、±0EV、-0.33EV、-0.67EVの三段階の露出で写真を撮ることであった。「ブラケット撮影」機能を使えば簡単にできることであるが、ブラケッティングなどただの一度もやったことが無いので1枚ごとにダイヤルを回して補正値を変えて撮った。ついでだから-1.0EVのカットも撮っておいた。これらの写真を掲載した上で詳しい解説をするつもりであったがそれはやらないことにした。以下に掲載する写真を見てそれぞれが自分であれこれ考えていただきたい。

私がなんのために、すなわちなにを「教える」ためにこの8枚の写真を撮ったかわかるであろうか? その直接的な「動機」に「回答」を寄せられるであろうか? いや、私はもうそういうことを求めるつもりは無いが。

もうひとつ。ぱっと見で(長くても10秒以内で)、明るさ以外に顕著に変わっている部分はどこかわかるだろうか?

およそ2年近く使っていなかったEOS 5D MarkⅢであるが、ちょこっと使っただけでX-T2やX-T20より「自分に合ったカメラ」だと感じた。まあ、5年間ほど徹底的に使い込んだカメラだから当然だ。喩えるなら「古女房」のようなもんだ(笑)。でも、古女房より若くてスリムでとびっきりチャーミングなカメラを手に入れたい(爆)。


8枚に共通する撮影データは、Canon EOS 5D MarkⅢ + EF24-105mm F4L ISO200 F8.0 (絞り優先AE) AWB JPEG(スタンダード) である。JPEGファイルをリサイズして撮りっぱなしで掲載している。

【±0EVで撮影】

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【-0.33EVで撮影】

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【-0.67EVで撮影】

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【-1.0EVで撮影】

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【±0EVで撮影】

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【-0.33EVで撮影】

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【-0.67EVで撮影】


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【-1.0EVで撮影】

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by dialogue2017 | 2018-11-28 22:00 | 誌上レッスン | Comments(4)

ひとつ前のエントリーに書いたストロボライティングのテストを紙上再現する(爆)。

カメラはEOS 5D MarkⅢ。レンズはSIGMA 50mm F1.4。露出はマニュアル設定で、ISO200 F11 1/125 。AWBでJPEG。

1カット目は「フル発光」(1/1発光)。明るすぎる。ちなみに、この時にこの場をストロボを発光させずにISO200 F11 1/125秒で撮ったら"真っ黒”な写真になるほど暗い。ISO200 F11で実際の見た感じに近い明るさに撮ろうと思ったら8秒前後の露光時間になる明るさである。ストロボ光というのがどれだけ明るいかがわかろう。

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2カット目は「1/2発光」。つまり1カット目より露出1段落ちである。こうしてみると露出1段の違いというのがいかに大きいかわかる。かなりいい感じだと思うが、いかにもストロボを使って撮りましたという感じがなくも無い。ここを撮る写真としてはこれが一番良いかもしれないが、実際に私が使う際にはストロボを使った感じを出したくない。実践ではメイン光は自然光になるのでここまでストロボでキッチリ明るくしたくない。写っているのは本棚であるが、私はこの本棚を「モデル」だと思って見ている(笑)。

念のため記しておくが、閲覧するモニタで写真の明るさがかなり異なって見えるから、私が書いた明るさに対する評価に大きな違和感を覚える人もいるだろう。その方が使っているモニタと私が使っているモニタの輝度が大きく違えばそういうことになる。ちなみに、私は現在「iPad mini4」をブログ掲載写真用「基準モニタ」としている。その見栄えを基準に書いている。MacBook Proで見ると下の写真は暗く見える。

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3カット目は「1/4発光」。2カット目から更に1段落ち。これはアンダーになることが撮る前からわかっている。1/2発光でかなりいい感じだったわけだから、落としたとしてもそこから1/3段で良いだろう。1段落とせばアンダーになりすぎる。実際そうなった。

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4カット目は3カット目と同様「1/4発光」。しかし、F11をF10に変えて+1/3段とした。少し明るくなったがまだ暗い。3カット目がかなり良かったわけだからそこから-1/3段が良いと思ったのだが一応-2/3段も撮ってみたということ。

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5カット目は3カット目と同じ「1/4発光」で絞りをF9にして4カット目より2/3段明るくした。3カット目を基準に考えると1/3段明るさを落としたと言うことだ。この場を撮った写真だと考えればちょっと暗い。3カット目の方がいいだろう。しかし、この「本棚」を「モデルさん」だと考えるとこれくらいでちょうど良い。この撮影では自然光はほとんど当たっていないが、実践では自然光がメインライトで、ストロボ光はシャドーを起こす程度にしか使わないつもりだから。取りあえず、これで明日にでもクリップオンストロボを使ったポートレート撮影に臨むことが出来る。私は簡単な奴だ(笑)。私は「理念的領域」だけが関心の対象で、「実践的領域」への関心が薄いのである。「実際的」なことというのはスタッフがやることだと思っているから(笑)。10代の終わりの頃からずっと優秀なスタッフを抱えていたのでそれで済んだのである。

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by dialogue2017 | 2018-11-14 20:00 | 写真とカメラの話し | Comments(0)

海を越えてcranberrycaさんから回答が寄せられたので「正解」を発表する。出題するとすぐに「Mon's Cafe」さんから回答が寄せられた。正解だった。それにつづいて「SunsetLine」さんからも回答が届いた。こちらも正解だった。まあ、問題が易しかったと言うこともあるが、お二人が正解でほっとした(笑)。お二人から回答が寄せられず、寄せられても間違っていたらもうこのブログは終わりにしようと思っていた(笑)。

下の写真が出題した時点でブログに掲載していた写真である。私は久しぶりにこの写真を見た瞬間「ああ、こんな感じの写真を撮っていたんだ」と強く残念に思った。出題に書いたようにこの写真には大きな「欠陥」があるからである。この写真を撮るとき、どういうライティングで撮影したのか、またどういう理由でそういうライティングをしたのかについて簡単に説明したいが、ある程度の「長文」になってしまうのでその件についてはここでは棚上げしておく(実は書き始めたのだが長くなりそうで辞めた)。

今回は、「答え」だけを提示しておくことにする。上の写真は下の写真の欠点、つまり私が使っていたスタジオのライティングの欠陥による「足りない部分」をレタッチによって修正した写真である。10秒ちょっとぐらいのレタッチで修正した。本来であれば撮影した段階で上の写真の様に写っているのが理想である。写真館はこういう風に写るライトを組んでいるのが普通である(写真館のライティングの実情についてはよく知らないので、そうなっていない写真館が沢山あるかもしれないけれど)。写真館はともかく、プロがこういう写真を撮るときには上に掲載した写真のように撮ることが多いだろう(プロと言えどもギャラや時間によって理想的なライティングを組めない場合もあるが)。

kisaragiさん、cranberrycaさん、ご覧の通り"一目瞭然"です。私は久しぶりにこの写真を見て、この欠点の部分が一番先に眼に着きました。写真を見たとき、その写真に大きな欠点があると真っ先にそこに目が行きます。あるべきものが欠けていたり、あってはならないモノが写っていたりするとそこに眼が行くんです。自分で撮った写真であれば「うわ〜っ」と思ってしまうし、他人が撮った写真だと「これで平気なんだ」と思います。※女性二人に「話しかけ」たら「ですます調」に変わった(笑)。

アマチュア写真愛好家は仕事で写真を撮っている訳では無く、楽しみで撮っているのだから完璧な写真を撮る必要はない。しかし、初歩的なレベルで「やってはいけない」、あるいは「やらない方が良い」ことを避けるぐらいの配慮は持った方が良いだろう。そのことにたいして全く無頓着な写真愛好家があまりに多い。またこういう言い方になってしまうが、普通のカメラで明らかに楽しみとして写真を撮っている人であればそれでも良いが、高級カメラや高額なレンズを使っていたり、今更わざわざ中判フィルムカメラでモノクロを撮っているようなそれなりの「好き者」が、ごく初歩的な「やってはいけない」ことに対して無頓着であるのを見せられると、「本当に写真が好きなの?」と思わずにはいられない。

話を戻す。写真を見たとき、その写真にハッキリとした「欠陥」があった場合は一番最初にそこが目に入ってくるものである。もし、人物写真をプリントしたとき、プリンターの不調で顔にシミが出来ていたとしたら一番最初にそこに目が行き、「あちゃ〜」と思ってしまうのと同じことである。私は、下の写真を久しぶりに眼にしたとき、そういう感じの気持ちになったのである。で、「出題」することを思いついたと言うことである。

kisaragiさんの「回答」は事実上「無回答」であった。「ポートレートと撮った経験はあまりない」ということで、「わからないので教えて欲しい」という主旨の回答であった。ちょっと残念である。大事なのは「正解」することではなく、写真をじっくりと見て、自分なりに「これかな?」という「答え」を考え出してみることであるから。そのための「出題」だったのだ。わからない問題にぶつかった際、「わからない」で終わらせないで「もしかしたらこういうことかな?」と必ず一つの答えを出してみる習慣を持った方が良い。実は、この「問題」を出すとき、私は4人の人間を念頭に置いて問題を出した。男性2人、女性2人である。私が念頭に置いた男性二人からは直ぐに「回答」が届いた。最近は二人とほとんどやりとりをしてなかったがお二人は即座に回答をくれた(多分二人とも仕事中だったのではないだろうか?)。

女性二人は「指名」しないと回答を寄せてくれないだろうと考えて指名させていただいた。ありがたいことにお二人とも回答を寄せてくれた。男性二人が正解するだろうことはわかっていた。そして、女性二人はおそらく「不正解」となるだろうと予想した。そもそも、この問題を出した一番の「動機」は、女性二人にこの問題について「考えて貰う」事であったのである。ストレートに言ってしまうと、この「問題」は、kisaragiさんとcranberrycaさんお二人のために「出題」したのである。

cranberrycaさんからは具体的な回答があった。予想通り不正解であった。しかも、不正解であったばかりか、「そうあって欲しい」部分について、「これじゃいけない」のではないかと推理されていた。その件に関してはエントリーを改めて書くことにした。それはポートレートライティングのイロハについての話しに繋がるので長話になるから。

Mon's Cafeさん、Sunse Lineさん、kisaragiさん、cranberrycaさん、ありがとうございました。中高年男性陣やモノクロフィルムで撮っている男性あと2〜3人から回答が寄せられていたらもう少し楽しかったんだけれどね〜(笑)。日和ったか?(爆)。

ああ、kisaragiさん、cranberrycaさん、あえて「正解」を「文章」では書きませんでした。下の2枚の写真を見比べれば一目瞭然ですから。2枚の写真を左右に並べて「どこが違う?」と質問されたら1秒で答えられるほど一目瞭然ですので。「追試」として写真を眺めて「正解」を出して下さい(笑)。コメントを寄せていただく必要はありませんのでご自分で回答して下さい。

追記。これは出題時にも書いたことであるが、この問題は私が書いた文章を読んでいる人ならすぐに正解に思い至る問題である。私が女性ポートレートを撮る際にもっともよくやる「手法」についてだからである。私はその話をたびたび書いている。

追記2。私がなぜ女性陣二人は不正解に終わると予想したかについてひとこと書いておく。私は彼女たちのブログに掲載される写真に目を通している。彼女たちが撮っている写真を見ると「ほぼ何もわかっていない」と言うことが一目瞭然なのである。私はそれがいけないとは思っていない。女性差別だと糾弾されることを恐れずに言うが、女性は楽しく撮っていればそれで良いと考えているのだ。人類の長い歴史が生み出した必然で、女性は「機械モノ」を理解する能力が男性に比べて低い。そもそも「機械」にあまり興味を抱かない。しかし、「写真」が上手く撮れるかどうかは「写真機」という「機械」を上手に扱えるかどうかに掛かっている。だから、「機械好き」である方が断然有利なのである。「カメラ」という機械の「特性」を理解して初めて良い写真が撮れるのだから。やれLEICAだハッセルだと次々カメラやレンズを買うのは決まって男性である。女性の写真好きには好きなカメラを使い続ける人が圧倒的に多い。なぜなら女性はそれほど「機械」が好きでは無いのだ。

ついでに言っておく。「機械」が好きだということは「写真」に上達する上で有利だ。「好きこそものの上手なれ」だから。しかし、現実を見ると、多くの「機械好き」男性諸君、つまりハッセルだライカだズミルックスだプラナーだとやり続けている諸君は「写真以前」で止まっている。田中長徳大先生が始終口されていることである。彼らはカメラやレンズへの憧憬に止まり、「写真」と真剣には向き合っていない。


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by dialogue2017 | 2018-11-08 11:00 | 写真とカメラの話し | Comments(3)

この写真は2012年9月9日に私が撮影した写真である。写真館をオープンして3日目の撮影だった。まだ3人のプロカメラマンの勤務が始まる前で、アシスタントも無しに私一人で撮影した。写真館のライティングを組んだのは写真家の渡部さとるさんである。私の写真館は彼の全面的なバックアップで開設した。8月にライティングの最後の詰めを行った際には、渡部さんは二人の弟子を伴ってスタジオに通い終日ライティングテストを行った。その一人が渡部さんの10人目の、そして最後のアシスタントであった泉大悟君である。彼には、私の写真館のメインカメラマンを務めて貰った。もうひとりのSさんは、今年春からフランスに修行(?)に行っている。元2Bの「暗室番長」だった女性である。彼女にもサブカメラマンとして手伝って貰った。ブライダルと料理の写真の師匠の元でアシスタントをしていたのでその二つの仕事が入った時には彼女の力が生きた。

話を戻そう。最終的なライティングが決まり写真館のオープンを待つばかりになったとき、私は渡部さんに「白バックを撮ってみたんだけれど」と伝えた。すると「白は難しいよ。一番難しい。それに、ここじゃちょっと厳しいよね。ここじゃ狭すぎる。白バックを撮るならストロボを追加しないと厳しいよ。でもそのスペースがないよね。ここでは白バックは辞めた方がいい」と言われた。彼の言うとおりなのである。通常スタジオに必要と言われる最低限のスペースの半分ほどの狭いスタジオだったのだ。あまりに狭くて、あるとき泉君は撮影ポジションの背中の窓から外に飛び出して、スタジオの外から撮影したことがあったほどである(笑)。

チーフカメラマンの"憲ちゃん”からも「叔父貴、ここで白バックは厳しいですよ」と言われていた。"憲ちゃん”は私の写真館のチーフカメラマンを務めてくれたプロフォトグラファーなのだが、最後のライティングテストの際渡部さんに向かって「渡部先生、メインライトはちょっとフェザリング的に打ったらどうでしょう?」と提案し、それは全く的を射た提案だった。後日、渡部さんは私に「憲ちゃんがいればなんの心配もない。もう俺が手伝う必要はないと思う」と言った実力の持ち主である。実際、ある意味で憲ちゃんは渡部さん以上になんでも撮れるカメラマンである。「器用貧乏」なのである(笑)。だからなんでも得意になってしまったわけである。そじゃないと食っていけないから。

その憲ちゃんからも「叔父貴、ここで白は厳しいです」と言われていた。厳しい理由は「狭い」からなのである。「白バック」を綺麗に撮るためには十分な光量の光をスタジオ中に「回す」必要があるのだが、そのために必要な台数のストロボを設置するスペースさえないスタジオだったのである。そいうい現実をよく知っているから、渡部さんも憲ちゃんも「ここでは白バックは厳しい」と断じたわけである。

しかし、写真館開業3日目、まだ4組目のお客さんであるこのご家族(ご主人や祖父母なども撮った)の写真を撮る際、私は「白バック」に挑戦した。初めは「パープル」の背景紙を使って撮ったが、最後にこの母と赤ちゃんのツーショット写真を撮る際にバックペーパーを「白」に変えた。実は事前の練習は一度もしてない。私は何事も「ぶっつけ本番主義」なのである。しかし、ひとつだけ考えていたことがあった。露出を詰めて取ることをせず、白飛びギリギリの露出で撮ること。次に、1/3段露出オーバーのカットを撮って、レタッチで「戻す」ということをやってみること。光を十分に回すことの出来ない狭いスタジオで「白バック」を綺麗に撮るには"ギリギリの露出"じゃないと上手くいかないと考えたのである。まったく自分の頭の中だけで考えたことである。とにかく、飛ばし気味に撮るという方針で撮影した。

下の写真は1/3段オーバーに撮影した写真である。だから、女性のシャツの右腕の部分のアウトラインがきちんと出ていない。普通は、ここをギリギリ目をこらせばみえる程度にアウトラインを残すのが常識的な撮り方である。しかし、私はこの部分はギリギリ飛んでも良いという考えで1/3段飛オーバーの露出で撮影した。大事なのはディティールではなく、この女性の持つ「透明感」を引き出した写真を撮ることであったからである。

これは私の短い「プロカメラマン」生活の3日目の仕事である。撮影後、渡部さんにプリントを見せた。「あっ、白バックやったんだ。凄いじゃん、綺麗に撮れてるよ」と及第点を貰った。「ギリギリだね」「うん、実は1/3段飛ばして撮っているんだよ。僕の考えなんだけれど、僅かに飛ばして撮ってレタッチで戻した方が白は綺麗に出ると思う」「うん、確かにそうかもしれない」。こういう会話をしたことを昨日のことのように覚えている。この写真はネット上で見るよりプリントで見た方が断然美しい。Canon PIXUS PRO-1を使ってセミグロスペパーで出すと、薄らと右腕のアウトラインが出てくるのである。飛んでいるようにみえるが僅かにデータが残っているのである。

大きな窓からたっぷりのの採光があって、広くて室内すべてが真っ白なハウススタジオで撮ったらもっと綺麗な写真が撮れることは間違い無い。2012年9月よりは、私の知識も技量も増えている。そういうスタジオを使えば「魚住誠一レベル」の写真を撮れると思う。

※前説がこんなに長くなったが、写真下に本文がある。写真好きの方には参考になる話だと思う。「私はポートレーなんて撮らない。スナップ専門です」と言う人にも読んで貰いたい。「綺麗な光」について熟知することは美しいスナップ写真を撮ることに繋がるからだ。

追記。この写真を見ると、私がやっていた写真館スタジオの大きな欠点が如実に表れている。パッと見て「足りない」点がわかる人はポートレイトライティングを知っている人である。あるいは、ここ一週間ほどの私のブログを理解しようと思って読んだ人であればこの写真の、つまり私が使っていたスタジオの「不足」がわかるはずである。その「不足」を補えばこの写真はもっと美しくなる。さて、あなたにその「不足」がなにか答えられるだろうか? 

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数日前に、取りあえずの目標は魚住誠一さんレベルのポートレートを撮れるようになることだと書いた。そればかりか、あろうことか彼と同じレベルの写真を今日直ぐにでも撮れるとまで豪語した。豪語した理由を、彼と「同じ光」で撮れば良いだけだからと説明した。ロケ撮りでいますぐに彼と同じレベルの写真を撮るのは厳しいと思う。しかし、スタジオを使って良いのであれば明日にでも撮れる。ただし、明日が天気が良いという条件付きで。採光の良い、室内全部が「白色」のレンタルスタジオを借りればOKだ。本当に美しい写真を撮るために一番重要なのは「モデル」さん。次に「撮影場所」。そして「カメラとレンズ」。そのあとにカメラマンの腕(爆)。

ポートレートフォトの善し悪しの80%はモデルさんで決まる。カメラマンの力はせいぜい20%。トップレベルのグラビアフォトグラファーに聴いてみるとよい。「その通り」と返ってくるだろう。本当に美しい写真を撮るためには、ヘアメイクさんやスタイリストさんも不可欠だ。そして絶対に必要なのがアシスタント。いるのといないのでは大違いである。タレントさんやモデルの撮影の場合、このほかに「ディレクター」「マネージャー」などが加わり、最低でも5〜6人で撮影に臨む。レフ板を3枚使いたいなどという状況になったとき、アシスタントが一人しかいなければモデルさんのマネージャーやディレクターなどにレフ板を持たせて撮る。

もちろん魚住さんレベルになれば、自分一人で80cmの丸レフ一枚というスタンバイでも綺麗な写真を撮るだろう。今までに何百万枚と女性ポートレートを撮った経験に養われた実力はどんな情況にも応じることが可能だからだ。それに比べたら、私なんか自分が得意なパターンが2つ3つあるだけだ。丸っきり勝負にならない。当たり前である。私はプロでさえないのだから。しかし、スタジオを使って良いというのなら、魚住さんレベルの女性ポートレートをある程度は撮れる。

同じ場所で同じ時間撮影したら、私は彼の1/10程度しか良い写真をものに出来ないかもしれない。しかし、彼が100枚の美しいポートレートを撮るなら、私にも最低10枚は撮れるだろう。いや、状況次第では30枚ぐらい撮れるかもしれない。なぜなら、美しい写真が撮れるライティングが出来てしまうと、誰がシャッターを押しても写り具合は同じだから。あとはポージングであるとか、モデルさんを乗せるコミュニケーション能力などで写真に差が出る(これがかなり重要)。私は大人の女性のポートレートを撮った経験がまったくないので「ポージング」に関してはまったく引き出しがない。しかし、一線級のモデルさんを使えばモデルさんの方がいくらでも素敵なポーズを作ってくれるだろう。

魚住さんは「被写体にどれだけ夢中になれるかどうか。それで写真の出来のほとんどは決まる」と語っている("ここで”)。全くその通りだ。彼の言うとおりである。彼がポートレートフォトグラファーとして高い評価を受け、長い間第一線で活躍し続けてこられた一番の理由はこの点において彼の「能力」が高いからだろう。この点に関しては、私もかなりの「才能」を持っていると思う。美しい女性であれば「夢中になれる」から(爆)。でも、一番重要なことはそこなんだ。先日書いたが、対象に対して「愛情」を抱けない限り本当に良い写真は撮れないと思う。「思い入れ」の量が写真の善し悪しを決めていくと言って過言では無い。もちろん、プロフェッショナルな撮影技量を持っていることが前提の話であるが。

女性を美しく撮る一番手っ取り早い方法は「綺麗な光が回っているハウススタジオ」で撮ることだと思う(ただの一度だってそういう経験はないけれど。それどころか写真スタジオに足を踏み入れた経験さえない)。最初、ストロボの調整などに手間取るだろうが、ハウススタジオの場合「スタジオマン」が相談に乗ってくれるだろう。「ここで一番よく使うライティングでちょっと組んでもらえない?」なんて声を掛ければ「わかりました」と言ってセッティングしてくれるだろう(どこかの誰かがプロカメラマンになった直後に使った手口・笑)。セッティングさえできればあとは撮るだけだ。

ここまで書いて気になったので調べてみたらすぐにそんな感じのスタジオが見つかった。素晴らしい環境だ。真っ白というのが一番良い。壁・床・天井のすべてから光がバウンスしてスタジオ中がディフューズされた柔らかい光で包まれているからだ。もちろん、そういう場所なら誰もが簡単に綺麗な写真を撮れるという話ではない。実は「白」は難しい。「白色」は一番反射率が高い色であるから扱いが難しい面がある。まず、「白飛び」させないこと。と言ってアンダー目に撮っておいてレタッチで持ちあげるというのはお勧めできない。この件は私の独断。第一線級のポートレートフォトグラファーがどう言うかわからない。ただ、私自身の経験から言えることは、アンダーに撮って持ちあげるより、撮影時にギリギリで撮っておいた方が白は綺麗に出る。その辺の「匙加減」はかなり微妙だ。撮影時にほぼ完成させられないと綺麗な写真にならない。

まあ、いずれにしてもこういうスタジオで撮影すれば、ある程度の枚数「魚住誠一レベル」の写真を撮ることが出来るだろう。相手は我が国を代表するポートレートフォトグラファーなので「近いレベルの」と言い換えておこう(笑)。名人に敬意を表することを忘れてはいけない(笑)。人間「礼節」を忘れたら大成しない(笑)。なんにしろ、こういうところで撮って見たいモノだ。

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by dialogue2017 | 2018-11-06 16:00 | 写真とカメラの話し | Comments(0)

EOS 5D Mark Ⅲ テスト撮影

EOS 5D MarkⅢでテスト撮影した。5D3には「瞳認識AF」はおろか「顔認識AF」さえない。しかし、10枚撮って9枚は狙ったところにキッチリピントが合った。100%完全な逆光である。娘の頭の少し左上から太陽光がカメラのレンズに向かって真っ直ぐ入って来ている。カメラには相当厳しい条件だ。普通に撮れば娘の顔は完全にシャドーに落ちる。当然のことながらレフ板を使って撮った。レフ板は妻に持って貰った。かなり近い距離から光を返しているが、80cmの丸レフ1枚ではシャドーを起こしきれない。反対側(娘から見て左前)からも光を返したいところだ。欲を言えば、娘の左上の太陽光が入ってくる「通路」に「ディフューザー」を入れたい。「レフ持ち」を3人使わないと綺麗には撮れない条件である。最低レフ板2枚を使いたいところだ。レフを使っているとは言ってもとても満足できる情況での撮影ではない。


後からの光が強いため、レフで光を返しても娘の両目の下はかなり「シャドー」になっている。つまり「暗部」である。そこにノイズが出ている。おまけに、勘違いでISOが2000になっていた。EOS 5D MarkⅢは今から丸6年8ヶ月も前に発売されたカメラである。今のカメラに比べ「高感度特性」はかなり落ちる。当然ノイズが出やすい。しかし、これだけ悪い条件で撮ったにもかかわらず、ノイズは出ているものの「黒く」出ていないので我慢できる範囲である。7年近く昔のカメラであること、しかもISO2000という悪い条件で撮った写真であることを考えるとかなりよく撮れていると評価して良いだろう。

写真家の渡部さとるさんは初代のEOS 5Dが出たとき『旅するカメラ』の中で一章を割いて取り上げたが、その章のタイトルは「完璧なカメラEOS 5D」であった。私も初代5Dから使い始めたが、とても素晴らしい絵を出すカメラであった。いまでも十分通用する絵を出してくれるカメラである。久しぶりにEOS 5D MarkⅢを使ってみて、EOS 5D系の実力の高さをしみじみと感じた。そして、Canonのカメラに再び魅力を感じた。EOS RはいままでのEOSを超えたという声が聞こえてきている。操作性が良くて絵が良ければEOS R導入ということも考えられると思った。

EOS 5D MarkⅢ + SIGMA 85mm F1.4 ISO2000 F2.2 1/4000 ±0EV AWB Raw(スタンダード) 80cmの丸レフ1枚使用

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by dialogue2017 | 2018-11-06 12:00 | 写真とカメラの話し | Comments(0)

光の綺麗な場所

ディフューズされた光は美しい。沖縄で買ってきたお皿は裏向きに立てかけてあったが、色が綺麗なのでびっくり返してから撮った(笑)。

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我が家のリビングはとても採光が良い。東、南、西に窓がある。南には3つ窓があり、真ん中の窓は掃き出し窓なので光がたっぷり入ってくる。だから、晴れた日の日中、我が家のリビングはとても明るくて心地よい。そんなリビングの中でも一番光が綺麗な場所が西側にあるキッチンである。

最近はやらなくなったが、以前はこのキッチンの明かりを使って写真を撮るということをよくした。同じリビングの一角にあるのに、この場所の光が特別綺麗であるわけは二つある。一つはキッチンシンクの前の窓が”磨りガラス”様であること。この窓を透過した光はディフューズされるため、他の窓から入ってくる光より柔らかい。

もう一つの理由は、窓の向かい側の壁が白く、窓からの距離が近いためである。窓を透過して入ってきた光自体が柔らかい上に、その光が真っ白な壁にぶつかってバウンスして更に拡散するのである。つまり、我が家のキッチンは”光が回っている”のである。

この光の状態はポートレートを撮るのに最適な光である。魚住誠一さんが、SONY α7の作例写真で、三原勇希さんというモデルさんを使って撮った写真の中に、室内(ハウススタジオ)で撮影しているものがあるが、その光と我が家のキッチンの光は同質の光である。無論、あちらの方がより綺麗な光であるが。

要するに、格段に美しいポートレートというのは、格段に美しい光を使って撮っているということなのだ。私が”いけしゃあしゃあ”と第一線級のプロカメラマンと全く同じレベルのポートレートを今日にでも撮ってこれると「豪語」するわけは、魚住誠一さんと同じ光の「作り方」を知っているからに他ならない。この件については面白い話がひとつあるのだが、MacBook Proが起動しなくなり、iPhoneから更新していてタイピングに時間がかかるのでまたいつか。





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by dialogue2017 | 2018-11-05 11:30 | 写真とカメラの話し | Comments(0)

EOS 5D MarkⅢ + SIGMA 85mm F1.4

1年前の娘(小学2年生)。今よりプックリしている。

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茅野の家からiPhoneで更新している。先々週「三人娘」を撮った時、かなり顕著な”暗部ノイズ”が出て驚いた。ポートレート的な写真を撮ること自体が久しぶりであったし、夕暮れ時の海辺で逆光で写真を撮るという経験は初めてだった。正直なところ、あまりなにも考えずに撮ってしまった。

逆光で人物の写真を撮った際、光のあまり当たっていないシャドー部分に暗部ノイズが出ることは承知しているが、あの時はそのことが頭の中に無かった。夕暮れ時に逆光で写真を撮った経験は少なからずある。当然、シャドー部分に目立つ暗部ノイズが出た経験は何度もしている。日中に撮ってさえそういうことは起こる。

しかし、レフ板を使えばノイズを出さずにすむことも多く、レフ板を使ったのにノイズが沢山出てしまった経験はあまりない。と書いて思い至ったが、そもそも夕暮れ時にポートレートを撮るという経験をほとんどしていない。先日書いたが、仕事で子供の写真を撮っていた時には、ロケ撮影の場合は必ず10-13時に撮影していた。スタジオはなら夜撮影しても「真昼間」である(笑)。

夕暮れ時に撮った経験のほとんどは娘を撮ったものである。保育園児の時には娘の写真は毎日撮っていたが、小学生になって以後はあまり撮らなくなった。旅先ではたくさん撮るが、そういう場所では”ポートレート”的な感じの写真はほとんど撮らない。

最後に娘のポートレートを撮ったのがいつだったか思い出してみたが、この写真を撮った時だと思う。もっと遡ってもここまでポートレート的な写真はあまりない。

この写真は2017年9月25日に自宅隣の公園で撮った写真である。撮影時刻は16:02である。「三人娘」を撮ったのは10月21日なのでひと月ほど遅い時期ではあるが、時間帯は15時台であるからこの写真を撮った時間より少し早い。どちらも逆光で、時間帯的にも両者の光は近似的だと考えて良いだろう。

確かに海辺は日差しが強いが、この写真を撮った時は100%の逆光であった。娘の頭の真後ろに太陽を隠し入れて撮った写真である。その為、娘の頭部の周囲が明るく輝いているわけである。まあ、それを狙って撮ったわけである。

この時は息子にレフ板を持たせて撮った。実は、娘は7-80cmの高さの脚立の上に立っている。そんなことをした理由は、後ろの木の葉を背景に入れて撮る為である。公園は住宅地の真ん中にあるので、レベルで撮ると背景に住宅が写り込みポートレートとしては美しさに欠ける。で、脚立の上に立たせ、下から仰角で撮ることによって背景がごちゃごちゃになることを避けたのである。つまり、「背景がごちゃつく」ことを処理したのである。合わせて、綺麗なグリーンを「背景紙」のように使ったということである。

息子は地面に立ってレフ板を持ったので「お化けライディング」気味ではあるが、それなりにしっかりと光を当てている。その為、娘の顔はしっかりと明るく撮られている。暗部ノイズも目立つほどには出ていない。しっかりとレフ板でシャドーを起こせばノイズはほとんど出ないということである。

そういう事情が大きいが、EOS 5D MarkⅢがフルサイズセンサーである点も生きているのではないかと思う。

なんであれ、しっかりと「ライディング」をしてあげれば逆光でもこれだけ顔が明るく写るということである。ちょっとハレが出た感じなのは意図通りなので問題無い。私はフレアが掛かった写真が好きなので意図してこういう写りの写真を撮ったわけである。

この時にこういう「凝った」セッティングをしてまでポートレート風がはっきりした写真を撮ったわけは、多分ブログネタにするつもりだったのだろう(失念している)。

いや、撮った一番の動機は思い出した。娘が着ている岩崎ちひろのTシャツがかわいいから撮ろうということになったのだった。私はここまで「作って」撮った経験はあまりない。この写真はいかにもポートレートという感じの写真である。綺麗な写真だと思う。

伝えようと思ったことは、逆光でもキチンとバウンス光を当ててあげれば綺麗な写真を撮ることができるということである。

「三人娘」での失敗は翌週に「新三人娘」でリベンジした。しかし、できるなら元祖三人娘を呼び出して、彼女たち自身の写真でリベンジしたい。今一つの写真しか撮ってあげられ無かったことが申し訳なくもあるし、「おじさん本当はもっと綺麗撮れるんだぞ」と汚名返上がしたいわけでもある(笑)。

失敗したらリベンジする。しないと自分が駄目になるから。しかし、失敗は恐れない。それは「成功の元」であるのだから。


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by dialogue2017 | 2018-11-03 06:00 | 人物 | Comments(0)

EOS 5D Mark Ⅲはほぼ丸2年間ほとんど使わなかった。X-T20がすっかり手に馴染み、X-T2でさえ大きく感じるようになった私に、EOS 5D Mark Ⅲはあまりに「巨大」である。友人の写真家が「まだそこそこの値段で売れるよ」と教えてくれたが、私の5D3は使い込んでいてボディ下部はペイントが剥がれてマグネシウム合金の地色が見えている状態。撮影枚数の方もそこそこ行っているだろうから、相場よりはかなり安値で買いたたかれるだろう。数百万円を「稼いで」くれたカメラでもあるし、家族の写真もこのカメラで撮ったものが一番多いので愛着がある。年に2〜3回家の周りで花を撮るのに使うだけでも残しておきたいと思っている。

この2年間に5D3を使った回数は五指に余る。いずれもちょこっと使ってみたという程度であった。最後に使ったのは今年の1月24日のことだった。ハッキリと覚えている。東京に大雪が降った翌日のことだ。その時撮ったのは"この写真"である。あれ以来丸9ヶ月1回もシャッターを切っていない。最近ではX-T20を持ち歩くことさえ大仰に感じられることがあり、来年GR Ⅲが発売されたら購入し、スナップはそれで撮ろうと思っている。常用するカメラをもっと小さなモノに換えたいと思っているのである。だから、もうEOS 5D Mark Ⅲを使うことは無いだろうと思っていた。

ところが、思いも掛けないことからEOS 5D Mark Ⅲをメインカメラとして復活させることに決めたで、書斎の棚の上から持ってきてキッチンで「ピント精度チェック」をしてみた。問題ない。狙ったところにキッチリピントが合う。なんだかんだ言って、これが一番大事だ。ピントが外れるようでは話にならない。いや、先週までの私はピントなんか外れたって構わなかった。よほど条件が悪くない限り今のAFは狙ったところピントを合わせてくれる。しかし、「逆光」や「動態撮影」ということになると未だに十分とは言い切れない。先週の「三人娘」の撮影で、X-T2の「瞳認識AF」が当てにできないことがわかった。「逆光」にも弱い。一番の問題は「暗部ノイズ」が顕著に出ることである。で、EOS 5D Mark Ⅲ復活と言うことになった次第である。EOS 5D Mark Ⅲの方が暗部ノイズが少ないだろうと思う。

「家族の記録」はこれまで通りX-T2・X-T20で撮る。江の島・鎌倉界隈界隈に遊びに行くときにもX-T2・X-T20で十分だ。もう、夕暮れの浜辺で出会った女の子たちを撮ることも無いだろう(またやるかもしれないけれど)。では、なんのためにEOS 5D Mark Ⅲを復活させるのか? 「ちょっと真面目に写真を撮ろうかと」思っているからである。EOS 5D Mark Ⅲで撮ると言うだけで、わかる人には私が何を撮ろうと思っているのかわかるだろう。喫驚するのは、「真面目に撮ろう」と思うに至ったことだ。

EOS 5D MarkⅢ + SIGMA 85mm F1.4  ISO200 F1.6 1/800 AWB 自動コントラスト補正のみ

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EOS 5D MarkⅢ + SIGMA 85mm F1.4 ISO200 F1.4 1/640 AWB 自動コントラスト補正のみ

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EOS 5D MarkⅢ + SIGMA 85mm F1.6 ISO200 F1.4 1/800 DAY LIGHT レベル補正と色調補正

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by dialogue2017 | 2018-10-30 22:00 | カメラ | Comments(2)

写真は、2012年9月29日に私が撮影した友人の写真である。古いブログのエントリーから引っ張ってきたファイルであるためRetina Displayで見るとかなりぼやけて見えてしまうので少し小さなサイズで掲載した(それでもはっきりとぼやけて見える。本来倍のファイルサイズが必要)。

個人的な友人が遊びに来て撮った写真であるため、ちょっと"よれている"バックペーパーを使って撮影した。そのため、写真左側の"ハイライト”の部分にムラが出てしまっている。よれていないバックペーパーで撮影すればこういうことはない。また、小さいサイズに圧縮しているため、元ファイルの階調(グラデーション)が少なからず失われている。プリントをする際には大きなサイズのファイルから出力するのでグラデーションがなだらかに繋がった階調が豊かなプリントになる。 ※写真の下に本文あり。

EOS 5D MarkⅢ + SIGMA 85mm F1.4 ISO200 F8 1/160(マニュアル) AWB JPEG モノブロックストロボ2灯 2012年9月29日撮影 

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前節で、ライティングの目的の一つとして「被写体を『美しいグラデーション』で撮影するためである」という理由を上げた。スタジオライティングを行う場合、フラットなライティングを行うことは少ない。記念写真のような写真の場合は比較的フラットなライティングで撮ることが多いので、写真館などではむしろフラットなライティングが基本であるが、グラビアフォトのような写真を撮る場合にはフラットなライティングを行うことは少ない。

フラットなライティングで撮影した写真には面白みが無い。フラットなライティングで撮影する写真の最も代表的なものは「証明写真」である。モデルの顔に影が出ないように撮影することが大事なのでフラットなライティングで撮影する。「証明写真」というのは言ってみれば「実物のコピー」が目的であり、美的に撮ったのでは失敗となる。

通常「写真館」ではフラットな光で写真を撮ることが多い。「記念写真」というものは、「証明写真」ほどでは無いにしろ「記録を残す」という目的の写真なので基本的には陰影の少ない写真を撮る。しかし、ファッションフォトとかグラビアフォトの場合、美しく見せることが重要になるため、フラットならライティングで撮影することは少ない。なぜなら、フラットで撮影した写真は面白みが無いからである。フラットな光で撮影すると、「証明写真」のような写真になってしまうからだ。

それ故、「フォトグラフィック・ライティング」の場合、写真に適度な「陰影」が出るようなライティングを行うケースが多い。いや、それが一般的と言って良いだろう。写真は、フラットな光で撮ったものよりグラデーションの出る光で撮影したものの方が美しく見える。

上の写真はモデルさんから見て右斜め45度の角度からの2灯ライティングで撮っている。1灯はモデルさんに当てるためであり、もう1灯は背景紙に当てるためのライトである。どちらのストロボにもソフトボックスを装着してライトを柔らかくしている。通常の撮影では、モデルさんから見て左斜め前に設置している「フィルライト」からもライトを当てる。「フィルライト」というのは「メインライト」だけでは足りない光を補うための「補助光」としてのライトのことである。この写真の撮影の際にはそのフィルライトは発光させず、モデルさん右斜め前の2灯のストロボだけを発光させて撮影した。

細かい説明は省く。ご覧頂きたいのはバックペーパーの「濃淡」である。写真左側から右側に掛けて青色がなだらかに濃くなって行っている。この"グラデーション”が写真を美しく見せる。それ故、そういうグラデーションが出るようにライティングをしている。もし、この写真の背景の「青色」が完全に均一の青色であったとしたら、この写真の見栄えは大きく変わる。もっと味気ない平板な写真になってしまう。だから、フォトグラフィック・ライティングの場合、グラデーションが出るようにライティングを行うことが多い。

"一昨日の晩に撮ったギターの写真”も、基本的には「グラデーション」の付いた写真になるようにライティングして撮影している。モノクロ写真の場合フラットな光で撮影した写真は面白みが無い。カラー写真の場合「色彩」があるためフラットな光で撮っても救われるケースが少なくないが、白と黒のトーン(それは「明」と「暗」のトーンである)でしか表現をすることの出来ないモノクロ写真の場合、フラットに撮った写真というのは面白みが無い。その例として上げて大変申し訳ないが、"「Mon'scafe」さんが撮影されたギターの写真"がパッとしない理由は、私が彼にコメントで伝えたように「フラットな光」で撮影しているからなのである。つまり、写真にグラデーションが無い。コントラストがもの凄く低いため「眠い」写真になってしまっている。フラットな光で撮ったモノクロ写真にはメリハリが無く、美しい写真とはならない。

念のためもう一度書いておくが、この写真を掲載した理由は、一昨晩私が撮影したギターの写真も、基本的にはこの写真と同じ考え方、つまり写真に"グラデーション”が出るようなライティングで撮ったということを伝えるためである。モノブロックストロボ2灯と、小さなLEDスタンド1灯という違いはあるが、ライティングの目的は同一である。あのギターの写真も、右から左に掛けてなだらかに明るさが落ちていくグラデーションがある。そういう風に撮ろうと思ってライトを使ったのである。


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by dialogue2017 | 2018-04-17 17:00 | 写真論 | Comments(0)