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カテゴリ:テスト撮影( 58 )

質感

古いモノに惹かれるのは何故なのだろう? 35mmレンズで撮る被写体では無いが目の前にあるとつい撮ってしまう。つまらない写真だと言えばこの上なくつまらない写真であるが、こういう写真は割と「受ける」のである(笑)。閲覧にはRetina Display使用のこと(爆)。冗談では無く、こういう写真はRetina Displayと普通のディスプレイでは見え方がかなり違うと思う。ついでながら、iPadmini4とiPhone8では「色合い」がまったく違って見える。前者の方が色温度がかなり高い。写真は閲覧に使用するモニタによって見え方がもの凄く違ってくる。

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by dialogue2017 | 2019-08-22 18:00 | テスト撮影 | Comments(1)

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私は、スナップなんてただシャッターボタンを押すだけだと思っている。実際その通りだ。ポートレートの場合は「こういう風に撮りたい」という自分の意図を反映させる余地が沢山ある。同じ立ち位置にモデルが立って、カメラマンが同じカメラアングルで撮影したとしても、モデルの顔の向き一つで写真が変わるのがポートレートだ。カメラアングルを僅かに変えても写真は変わる。両者の組み合わせからは無数のバラエティーを生み出すことが出来る。僅かな差なんだけれど、僅かな差で写真は変わる。更にである。ポートレートの場合モデルの「表情」という決定的な問題がある。人間の表情は1秒で変わる。「モデルの顔の向き」「カメラアングル」「モデルの表情」この3つの組み合わせからは無限の結果を生み出すことが出来る(たとえば"この4枚"を見るだけでもそれが分かるだろう)。そして決定的なことは、モデルの表情を引き出すのはカメラマンだと言うことである(カメラマンに実力がなければモデルが表情を作る)。だから、ポートレートというのは工夫の余地がいくらでもある。それゆえに、「撮り手」が変わると写真ががらっと変わる。同じ女優さんやモデルさんを撮っても、撮影するカメラマンが変わるとまるっきり雰囲気の違う写真になる。ポートレートは、否応なしにカメラマンの実力が晒されるのである。これほど楽しいことはない(笑)。

しかし、スナップの場合せいぜいのところどのアングルから撮るかという程度にしか工夫の余地がない。もちろん、アングルを変えれば写真は少なからず変わる。下の写真の1枚目と3枚目は似たような写真であるが、ちょっとアングルを変えただけでコントラストの出方が変わっている。中学の理科の話しなど持ち出して恐縮であるが、光の法則のひとつとして「入射角と反射角は等しい」。現実には「白い壁」に当たった光は「拡散」して広い範囲に反射していくのだけれど、反射した光の強い角度と弱い角度が出てくる。だから、カメラアングルを変えると「光の拾い方」が変わる。カメラアングルの僅かな違いがコントラストの違いを描く。こういうことって、レフ板を使ってポートレートを撮るという経験をしているといやでも身につく。「身につく」というのは頭であれこれ考えなくても感覚的に瞬時に判断できると言うことである。

2枚目の写真は1枚目の写真を撮った12秒後に撮ったカットである。私は続けて撮る時はだいたい2秒ぐらいの間隔で撮ることが多い。まるで計ったかのように2枚目は2秒後に撮っていることが多い。私の「生理」が生んでるテンポなのだろう。この時12秒も間隔が開いたわけは、ベビーカーを押した女性が横切るのを待ったからである。12秒ならなんとか待てる(笑)。女性の足の形がこうなった瞬間にシャッターを切った。3:2フォーマットの写真というのは、写真の中央から放射状に「伸びていく」絵柄が似合う(中央以外のどこか1点から拡散していく写真でもよい)。35mmは真正面から撮ってしまうとあまり広がり感が出ない。しかし、この写真のように建物に「遠近感」が出るようなアングルで撮ると写真に「動き」が出る。奥にシャドーがあること(奥にシャドーがあるからこそ手前の「明るさ」が引き立つのである)、斜光であるため路面に"斜め"に長い影が出ていること、そして女性の足がこういう「形」であることによって写真に動きが出る(ベビーカーを「押している」感じが出るからだ)。「静止画」であるのに写真が「スタティック」ではないのである(人を入れるだけでそういう効果が生まれる)。以上のことは全て、このエントリーを書いているときに「後付け」的に考えた「理屈」である。しかし、撮る時にそういう風に撮ろうと言う「’感覚」がすでに私の身体に染みこんでいるのである。

ある有名デザイナーが「デザインは感性じゃない」と言うのを聞いて驚いたことがある。彼は「デザインは理屈に置き換えることが出来るから感性はそれほど必要ないんです」と明確に語った。驚いた後でなるほどその通りだと思った。私が彼の言葉を聞いて腑に落ちたわけは写真が全く同じだからである。画角の中に「被写体」をどういう風に「配置」するかということは「デザイン」と言っても良いだろう。いや、デザインそのものだ。だから、写真を撮るのに必要なのは「感性」ではなく「理屈」なのである。しかし、現場で理屈を考えていたのではシャッターチャンスを逃す。だから、「理屈」が「身に染みている」ことが必要だ。「感性」と呼ばれるものの少なくない部分は「理屈」を深く理解していることや、過去の膨大なデータが参照されることによて「発動」されるのである。であるが故に、「写真を見る力」「写真を理解すること」がまずもって一切の基礎なのである。写真を上手に撮れない理由は、「ノウハウ」が足りないと言うこともあるけれど、「写真を見る力」の欠如がより大きな原因だと思う。

次回の「テスト撮影」では一歩踏み込んで、もう少しきちんと「絵作り」して撮ってみようと思う。ただ、私は「本番」以外では「本気」になれない性格なので本当にやれるかどうか怪しいところである(笑)。まあ、スナップなんてどうでもいい。GW明けにPlanar FE50mm F1.4 ZAとDistagon fe35mm F1.4 ZAを使ってポートレートを撮る予定が決まった。あらかじめ「種明かし」をしておくと、この2本のレンズの真骨頂は「シャドー」の描写にある。女性をシャドーに入れてバウンス光を使わず撮った時に美しいトーンが出せると言うことである。実は、24日に吉祥寺で撮ったどうでもいいようなスナップ写真には「シャドー」の出方を見るために撮った写真が多いのである。井の頭公園では「光」を撮った写真がほとんどであるが、「吉祥寺」では「シャドー」を撮っていたのである。(おわり)

【人物】

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【ビビッド】

ビビッドは花とか風景以外では使わないだろうと思っていたのだけれど、この写真にはぴったりだと思う。素晴らしい写りだ。

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【ビビッド】

1枚目より良い写真だよね。理由は「陰影」があるから。

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追記。1枚目は「人物」で現像した。「人物」はコントラストが弱い。3枚目は「ビビッド」で現像した。「ビビッド」はコントラストが強めである。しかし、アングルの違いで「シャドー」(コントラスト)の出方が違うことは事実なのである。それを観て貰うために、1枚目の写真を「ビビッド」で現像した上でコントラストを持ちあげてみた。たしかに「シャドー」部はかなり落ちているが、白い壁の向かって右側はまだ明るい。このアングルだとバウンスした光を良く拾うのである。スナップならまだしも、「はらドーナッツ」と書かれている「面」が「顔」だとしたら、これだけアングルが変わるとポートレートだと肌の明るさはかなり違ってくる。

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by dialogue2017 | 2019-04-29 06:00 | テスト撮影 | Comments(3)

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ああ、またこんなつまらない写真が出てきたよ(笑)。開放で撮っているけれどF2.0まで絞ればキッチリした写真になる。CSはディープ。

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by dialogue2017 | 2019-04-28 23:00 | テスト撮影 | Comments(0)

190423吉祥寺(17)

上が「ディープ」で下が「ニュートラル」。どちらも良くない。って、この写真が酷すぎるだけだ(爆)。

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by dialogue2017 | 2019-04-28 21:00 | テスト撮影 | Comments(0)

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ああ、せっかく(15)に綺麗な写真を載せた後にこんな写真じゃな〜(笑)。やはり順番を変えて(15)をラストに持って行こうかな。こういう写真を撮ってしまう理由は実に簡単で、このマネキンが実際に本物の女性だったらと想像して撮るのである(爆)。もしモデルを立たせて撮影したら顔には直射光は当たらない。しかし、壁からのリフレクションが私の白いシャツでバウンスし、ほんの僅かではあるがモデルの顔に光が返る。帽子は黒いし服は濃いグレーなのでバウンス光を拾わないが、肌の色であればバウンス光を拾ってくれる。室内での撮影で、オンカメラでしかストロボを使えない場合、モデルに向けて直打ちせず、サイドの壁や自分の真後ろの壁に向かってストロボ光をぶつけてバウンスさせるというやり方をすることがある。私はストロボ自体全く使わないが、昔はそういうことをやったことがある。100%アマチュアだった頃にはそういうプロの手口をいろいろと検証してみたのである(笑)。使うか使わないかはともかく、プロのテクニックは知っておくと便利である。

女性をストレートな光で撮らないと言うわけではないが、バウンス光が基本だと思っている。右側の壁からのリフレクションはかなり強いので60cmぐらいの丸レフを使って左側から返せばモデルの顔にはかなりしっかりと柔らかい光を当てることが出来るだろう。バウンス光のバウンス光、覚えておいて損は無い。なんだかプロの話みたいだな(笑)。

上が「ディープ」で下が「ニュートラル」。「ニュートラル」は発色がとても地味なのだけれど、今回いくつかの写真で使ってみて意外に使いでがあるのでは無いかという印象を抱いた。念のために書いておくが、これは開放で撮っているが、F2.8で撮るべきである。せめてF2.2かF2.5。どうしてかというと、開放ではネックレスがアウトフォーカスになって見苦しいから。一連の写真は「テスト撮影」なので開放で撮っている写真が多い。開放で撮ったときにそのレンズの特徴が一番良く出るし、「開放で使ってこそ」と言って良いレンズだから。しかし、被写界深度の問題を別にしたら開放からきっちり写ってくれる。素晴らしいことだけれど、ちょっとユルくなってくれた方が嬉しいようにも思う。初代のDistagon1,4/35は開放で撮ったときに光が滲むような素敵な絵を出してくれることがあった。それが一番の素晴らしさだと思っているが、マニュアルフォーカスで絞り開放でポートレートというのは無理だ。ピントピーキング機能を使えば合わせられないことはないが、そういう丁寧な撮り方はしないので(爆)。

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by dialogue2017 | 2019-04-28 18:00 | テスト撮影 | Comments(0)

190423吉祥寺(15)

またまた歩きながら撮った写真(笑)。正確にはこの写真を撮ったときにはシャッターボタンを押す瞬間、1秒ほどは足を止めたと思う。そういういい加減な撮り方をしてしまう理由は、きちんと撮る必要がないから。家に帰ってきて、クリエイティブスタイルを当ててみることだけが目的で撮っている訳だから。もうひとつはレンズの性格を知ること。このレンズは開放からきっちり写ってくる。ちょっと絞ると凄い切れ味だ。この写真はF5.0での撮影であるが、コーティングが剥がれて掛けているMacBookProで見てさえもの凄く鮮明な写りである。

上が「クリア」。実にクリアである(笑)。文句なしに奇麗に写っている。ハイライトが奇麗に出ているしトーンも素晴らしい。この写真を持ってこのシリーズ(「190423吉祥寺」)は終わりにしたいと思うぐらい綺麗に写っている。ここまでの陳腐な写真のイメージを帳消しにしてくれるような写真だ。「終わりよければ全て良し」というからね(笑)。下は「ディープ」。こういう写真は「クリア」の方が合っていると思うが「ディープ」の味も捨てがたい。もう少し明るさを持ちあげればもっと見た目が奇麗になるが「ディープ」の雰囲気じゃなくなるので持ちあげなかった。※iPadmini 4で見たらこの明るさでも十分綺麗であった。

目立たないから気がつかない人も多いと思うけれど、左端のガラスに「ピンク色の自転車」を写し込んだ。写真は「足し算」(笑)。

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by dialogue2017 | 2019-04-28 15:00 | テスト撮影 | Comments(0)

190423吉祥寺(14)

東急デパート裏で撮った写真のかなりの部分はこの写真のようにガラス越しの写真。店内にはいろいろな明るさや色合いでライティングがされている。私は女性っぽい感性を持っているのでこういう写真を撮ること自体好きなのだけれど、この日は「ディープ」が使えそうな場所を探して撮っていた。それから、私はこういう写真を撮るとき、このディスプレイされた服の上に「顔」を想像して撮っている。このブログをきちんと読み続けている人はすぐにピンと来るはずである。そう、「淡い光」で撮っている訳である。私がα7ⅢやPlanarやDistagonを買った理由は、こういう「淡い光」で写真を撮るためなのである。

余談。右下に私が写り込んでいる。この日は白いシャツを着ていた。もし、万が一井の頭公園で若くてスリムでとびっきりチャーミングな女性に出逢って写真を撮って差し上げるという僥倖に巡り会った場合に備えてのことである。この日は身軽で歩きたかったのでカメラバッグにはレフ板を入れていなかった。35mmでポートレートを撮る場合、私は寄る。決めカットはモデルと1mほどの間合いで撮る。1mの間合いだと私の「白いシャツ」はレフ板の代わりになる。いや、向きを変えたりすることは出来ないから代わりになるとまでは言えないが、多少バウンス光を返す効果は出る。ポートレートを撮るときには基本的には白いシャツを着ていく。残念ながらこの日は撮って差し上げたくなるようなチャーミングな女性とは出会わなかった(爆)。

SONY α7Ⅲ + Carl Zeiss T* FE35mm F1.4 ZA ISO100 F1.4 1/1600 -0.33EV AWB CS:ディープ

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実際にこの場所を見ていない人に「ディープ」だけを見せてもなにがどうなのかピンとこないと思うので、「ニュートラル」で現像した写真を掲載しておく。「ニュートラル」はコントラストが低いので少し持ちあげた。奇麗だという意味ではこちらの方が綺麗な写真だと思う。これでもう少し明るさを落としたらポートレート向きだと思う。それはともかく、左端に写っているビルの壁のリアリティーは気持ちが良い。僅かに入れている奥のボケもまずまず奇麗に出ている。きっちり「ショーウイドウ」だけを撮ったら無味乾燥な写真になるが、少し遠景を入れるだけで「スナップ写真」らしくなる。写真は「足し算」(爆)。

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by dialogue2017 | 2019-04-28 12:00 | テスト撮影 | Comments(0)

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立ち止まらず歩きながら撮った写真(笑)。そういうことを平気でやる。ちょっと奇麗に仕上げすぎた(笑)。もう少しシャドーが潰れている方が写真らしい写真になる。過ぎたるは及ばざるがごとしという気がしないでもない。実に簡単に奇麗な写真が撮れるカメラ(レンズ)である(爆)。

念のために書いておくがこういう写真は開放で撮るべきでは無い。私はごく普通にスナップするときは「F5.6」をよく使う。特に「ボケ」を使った表現をしたいと思わないときはF5.6で撮り通すこともある。この写真の場合、少なくともF2.8程度には絞っておきたい。35mmの場合こういう絵柄はF2.8で問題ない。F1.4で撮った理由は前のカットのままで撮ったから。本当は撮るつもり無かったんだよ(笑)。というのは画角の左端ギリギリのところまで男性が歩いてきていたから。立ち止まって通り過ぎるのを待ってまで撮るほどの写真でも無いからね。で、歩きながら撮ったと言うわけ。0.3秒遅れたらその男性が画角に入って来ていただろう。右下の緑色の看板がアウトフォーカスなのが気になって仕方ない(嫌だと言うこと)。F2.8ならここまでピントが来る。どこまでピントを合わせるかというのはとても重要なこと。

SONY α7Ⅲ + Carl Zeiss T* FE35mm F1.4 ZA ISO100 F1.4 1/800 -0.33EV AWB CS:クリア

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by dialogue2017 | 2019-04-28 09:00 | テスト撮影 | Comments(0)

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手を伸ばして民家の塀越しに撮った。ピントが合うかどうかは運任せ。左下に塀が写っている。開放での撮影。「前ボケ」効果を狙って撮った訳では無いが、このレンズは「前ボケ」が奇麗に出るレンズだと思う。「後ろボケ」はピントを合わせた被写体との間合いで出方が大きく変わってくるので撮り方次第ではあまり奇麗じゃないボケ方をする。いや、それはYashica-ContaxマウントのDistagon1,4/35の話なのだけれど、たぶんこのレンズも同じ傾向だと思う。まだそのあたりを確認する写真をあまり撮っていないけれど多分間違い無いだろう。

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by dialogue2017 | 2019-04-28 06:00 | テスト撮影 | Comments(0)

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綺麗な写真だと思う。絵柄としてはどうといったことのない写真であるが、光がとても奇麗に写っている。「春光」を感じることが出来る写真だ。クリエイティブスタイルは「標準」。私はX-T2・X-T20では7〜8割は「PROVIA」を使う。「PROVIA」は「スタンダード(標準)」である。しかし、α7Ⅲでは「標準」はそれほど使わない様な気がする。その絵柄毎に合うクリエイティブスタイルが変わってくると感じているからである。とりわけ「クリア」と「ディープ」の二つはとても魅力的だ。

下に「人物」で現像した写真を追加した。明るさも若干変えている。僅かな違いで写真はこれほど変わる。下の写真の方が「柔らかい」描写である。こういう光を上手に使ってポートレートを撮ると女性誌に掲載されているような雰囲気の写真になる。私は、こういう写真を撮っている時、頭の中でここに「彼女」を立たせて撮っているのである(笑)。撮影しなくてもこの「絵」を頭の中に思い描くことができる。

それにしても、じっくり見ると実に"クリアカット”な写真である。樹木の「葉」や左下に写っている「蛇口」のリアリティーが凄い。このレンズの優秀さがいかんとも無く発揮されている。センサーも素晴らしいのだろうと思う。この場で三脚を立ててカメラアングルを固定して、古いDistagon1,4/35や安物のレンズでも撮ってみて比べてみれば、レンズに負っている部分がどの程度大きいか分かるだろう。そんな面倒なことは絶対にやらないけれど。F1.6で撮っているが開放でも同じ写りだろう。このレンズの性能がはっきり映し出された1枚だと思う。


SONY α7Ⅲ + Carl Zeiss T* Distagon FE35mm F1.4 ZA ISO100 F1.6 1/1600 -0.33EV AWB CS:標準

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by dialogue2017 | 2019-04-27 21:00 | テスト撮影 | Comments(0)