人気ブログランキング |

カテゴリ:花( 287 )

ミニシクラメン

先週の金曜日に298円で買った"ミニシクラメン”が元気よく咲いている。次々と蕾が出てきた。来春まで咲き続けてくれるだろう。フレアーがっかた写真が好きなのであえて逆光で撮ってみた。完全な逆光なのに大きく破綻せずに写っている。さすがである。α7Ⅲを使ったのは久しぶり。

ミニシクラメン_e0367501_12165757.jpg

by dialogue2017 | 2019-12-20 14:00 | | Comments(0)

撮りたいモノが何もない

今年は本当に写真を撮らなかった。正確に言うと「記録」としての写真は撮っているが、それ以外の写真をほとんど撮らなかった。この半年ほどは依頼されて撮影している「トムソーヤの森プロジェクト」を除くと、「山小屋」で朝の散歩をした際に撮る「散歩写真」以外はほぼまったく撮っていない。「散歩写真」も半ば"惰性”で撮っているようなもの。1週毎に雰囲気が変わっているとは言え、同じ場所で写真を撮り続けることはそれほど楽しいことではない。11月15日の朝、写真家である友人と二人で「散歩写真」を撮って歩いた。その時の話しと写真は"ここ”に掲載した。そのとき、友人は"凍った葉っぱ”を夢中になって撮っていた。そういう物を撮るのは初めてだそうである。彼は「都会派」でスナップ作品もニューヨークやパリで撮った写真が中心である。山歩きなどは絶対にしたくないと言っている。そんな彼は「被写体」としての"枯れた葉っぱ”に強く魅了されたようだ。魅力を感じる気持ちはとても良く理解出来る。多くの人が「撮ってみたい」と思う被写体だと思う。しかし、私はあまり興味がない。

11月30日の朝に散歩をした際10枚ぐらい撮ってみた。しかし、私には絶対に向かない「被写体」である。理由は二つある。まず一つ目は、こういう「被写体」はジックリと撮影する必要がある。凍った葉っぱは日陰にあるので光量が少ないところでの撮影になる。そして、こういう写真はある程度絞り込んで撮影した方が良い。絞り込むためにはISO感度を上げなくてはならない。私にはそれがもう面倒なのである。私は「絞り値」と「露出補正」以外はなにもしない。「メニュー」を呼び出して設定を変更するようなことはまずやらない。そんなことやらなければならないなら撮らない。

二つ目は、「絵になる」葉っぱを探さなくてはならない。「色合い」や「形」が絵になる葉っぱを探す必要がある。1枚2枚良い葉っぱがあっても駄目である。画角内の葉っぱ全体がバランス良くないと良い写真にならないのだ。必ず余分なものがあるのでそういう「茎」だとか不要な「葉」を摘まんで捨てて撮らないとなかなか綺麗な写真にはならない。結構な時間を掛けてかなりの枚数を撮らないとそれなりのレベルの写真にはならないのである。ようするに「手間暇」が掛かるのである。私には絶対に出来ない。いや、やりたくない。彼が山登りをしたくないのと同じだ(笑)。

しかし、いまの季節、「山小屋」の周りではこんなものぐらいしか撮るものがない。これだけ枯れ葉が敷き詰められていると言うことは樹木は「枯れ木」となり山は「枯れ山」になっていると言うことである。枯れ山の写真というのは美しいものではない。と言うわけで、当分は「散歩写真」さえ撮る気にならないかも知れない。まあいいや。どうしても写真を撮らなければならないわけじゃ無いし、撮りたくなったらなにを撮っても良いのだから。写真が撮りたくなったら「切り花」でも買ってきて撮ることにしよう。少なくとも「枯れ葉」よりは魅力的だ(笑)。

撮りたいモノが何もない_e0367501_12474215.jpg




撮りたいモノが何もない_e0367501_12474201.jpg



撮りたいモノが何もない_e0367501_12474238.jpg



撮りたいモノが何もない_e0367501_12474384.jpg



撮りたいモノが何もない_e0367501_12474386.jpg


by dialogue2017 | 2019-12-06 14:00 | | Comments(0)

191203 EPSON R-D1s(4)

ついこういう絵柄を撮ってしまうのは、このカメラの"シャドー”の描写が好きだからなのだと思う。この写真はちょっと"チープ”な画像だけれど、このカメラの良さは"シャドー”の出方にあるような気がする。山小屋に持って行って散歩で撮ってみよう。

191203 EPSON R-D1s(4)_e0367501_14061014.jpg




by dialogue2017 | 2019-12-03 21:00 | | Comments(0)

191203 EPSON R-D1s(3)

こんなベタな光で撮ったのではこのカメラの良さなど出るわけはないが、それでもどことなく"絵画的”な描写に感じるのは思い入れだろうか?

191203 EPSON R-D1s(3)_e0367501_13225320.jpg

by dialogue2017 | 2019-12-03 18:00 | | Comments(0)

191203 EPSON R-D1s(2)

600万画素のCCDセンサー。初代R-D1が発売されたのは2004年8月。15年前のことだ。R-D1sも基幹部分はR-D1と同じなので15年前のカメラと考えて良いだろう。この写りになにか問題があるだろうか? 私は非の打ち所がないと思う。寧ろ目に優しい柔らかさがあると思う。

191203 EPSON R-D1s(2)_e0367501_13143600.jpg

by dialogue2017 | 2019-12-03 15:00 | | Comments(1)

191203 EPSON R-D1s(1)

EPSON R-D1s + MINOLTA M-ROKKOR 40mm 1:2.8 ISO400 F4.0 1/500 -0.33EV AWB JPEG

191203 EPSON R-D1s(1)_e0367501_13001509.jpg

実は、昨晩の内に明日のひとつめのエントリーを予約投稿している。文章の冒頭に「このブログを始めたきっかけは2年ちょっとの間『友人』に貸していたEPSON R-D1sが戻ってきたことだった」と書いた。で、R-D1sが気になり手に取ってみた。スイッチを入れてシャッターボタンを押したが切れない。それはそうだ。もう丸2年近く使っていないのだからバッテリーが放電されてしまっているに決まっている。ダメだろうと思ったが予備のバッテリーに入れ替えてみたらシャッターが落ちた。で、玄関を出て猫の額ほどの庭で何枚か写真を撮った。

このカメラは「距離計」に難点がある。新品で購入してすぐに"二重像”の縦ずれが生じた。このカメラの「持病」である。EPSONに修理に出して戻ってきてすぐにまた縦ずれが生じた。「不治の病」なのである。で、その後は縦ずれしたままで使用し続けていたのだが、2年程前に使ったときについに距離計が壊れた。完全にピント合わせが出来なくなった。メーカーのサポートは終了していて修理は受け付けていなかった。距離計の仕組みはLEICAの距離計などとほぼ同じなので、LEICAのカメラのリペアをやっている会社数社に修理を依頼したがどここも「デジタルカメラの修理はやっておりません」と受け付けてくれなかった。

浅草の「早田カメラ」に行った。ここは以前コシナの公式リペアをやっていたカメラ屋さんである。ご存じの方も多いと思うがR-D1sのメカニカルな部分の多くはコシナが作った。外観がBessaにそっくりである。私はBessaを数台所有しているが使用感もそっくりである。で、Bessaの公式リペアをやっていた早田カメラに距離計の修理を頼んでみた。しかし、ここでも「デジタルカメラの修理はやっていない」と断られた。私は、万一修理してカメラが壊れても文句は言わない。壊れても修理代を支払う。その旨一筆書いた”念書”を入れるので修理をして欲しいと頼んだが断られた。

その後1度、パンフォーカスにしてスナップをしてみた。距離計を3mに合わせておいて絞りをF8に設定する。35mmレンズであればこれでほぼパンフォーカスとなる。つまり「写ルンです」と同じ状態となる。ピント合わせをしなくてもシャッターボタンを押せばピントが合った写真が撮れる。一度スナップをしてみたが当然のことながらきちんと写っていた。壊れているのは距離計であって撮影機能にはなんの支障もないのであるから。しかし、楽しくなかった。レンジファインダーカメラを使う楽しみなんて、ファインダーの中で"二重像”を重ね合わせてからシャッターを切ることにあるのだと言っても過言では無いのだから。で、その後一度も手にしたことがなかった。

F8まで絞ってしまったのでは面白くないので、F2.8とF4で庭に咲いている野菊などを撮ってみた。ピント位置は「目測」で決めた。目測と言うか、要するにいい加減に決めたと言うことである。せめてF5.6まで絞っておけばそこそこキッチリピントがあった写真になることはわかっているが、ボケた部分のある写真にしたかったのでF2.8とF4で撮ってみた。

何処がどうだというわけではない。普通の写真である。特段特徴がある訳では無い。平凡な写りだ。しかし、どことなく目に心地が良いような気がする。たんなる気のせいかもしれない。しかし、それでも構わない。人間なんて「気のせい」でも心にしっくりくればそれで気分が良くなるのだから。PENTAX 645Dの出す絵に通じるものがあるのはどちらもCCDセンサーだからだろうか。


by dialogue2017 | 2019-12-03 13:00 | | Comments(0)

お遊び(2)

(1)に掲載した写真を撮った32分後に、Distagon FE 35mm F1.4 ZAで撮ってみようと思い立ち撮ってきた。もしかしたらと期待した通り花ビラに少しであるが陽が射していた。日陰に咲いている花を撮るのは好きだけれど、丸っきりの日陰より花ビラの一部に陽が射している花を撮る方がいい。写真は「光」が感じられる方が素敵だと思うからだ。こういう写真は「花心」までピントを合わせておかないとなんとなく見苦しい感じがする。しかし、(1)に掲載した写真もこの写真もレンズの描写力を見て見たくて撮っているので絞りを開いて撮影している。「花の写真」として撮る場合は違う撮り方をする。実は、この写真で一番「見たい」部分は右端奥にボケて写っている花である。その部分のボケ具合を見たくてこういうアングルで撮った。向かって花心より右側の花ビラのボケ方にこのレンズの良さが出ていると思う。

SONY α7Ⅲ + Carl Zeiss Distagon T* FE 35mm F1.4 ZA ISO200 F2.0 1/4000 ±0EV AWB CS:クリア

お遊び(2)_e0367501_15345946.jpg


by dialogue2017 | 2019-11-29 18:00 | | Comments(0)

お遊び(1)

from_vixen君から"この写真”にコメントを貰った。1年近く前に撮った写真にコメントをくれたのだと思った。この時”に撮った写真だと思ったのだ。よく見たら今月6日のエントリーだった。1年近く前にこの花を撮った記憶はあったのだが、今月6日に撮ったことなんて奇麗さっぱり忘れてしまっていた。それはそうだ。庭に出て1枚撮っただけだったのだから。コメントを読んだ後、もしかしたらまだ咲いているかと思って庭に出るとまださいているどころか生い茂っていた(笑)。実は、赤い花びらは少なく、白い花びらが多いのだが、ちょうど東南からの陽射しを直に受けているので白い花は被写体にならない。で、またもや日陰に咲いている赤い花の方を撮った。

机の上にあるカメラは初代のα7だけである。α7Ⅲと4本のレンズを入れたカメラザックは茅野の「山小屋」に置いてくるつもりだったが最後になって気が変わって一応車に積んで持って帰ってきた。年に数回しかないことだけれど「写真を撮って欲しい」という依頼があることがあるので念のために持ち帰った。しかし、ザックから撮り出すのが面倒なので机の上にある初代α7を手にした。しかし、装着されているSonnar T* FE 55mm F1.8 ZAで撮ったのでは6日と同じ。で、レンズだけPlanar T* 50mm F1.4 ZAに取り替えてサンダルを履いて庭に出た。

「寄れない」。そんなことは今更分かったことではない。書斎でレンズを付け替えるときから分かっていたことである。最短撮影距離は0.45m。一輪の花を撮るには遠すぎる。しかし、書斎α7にこのレンズを付けて写真を撮ったのは"この1枚”だけなのでこのレンズで撮ってみたかった。というわけで、トリミング前提で3枚ほど撮ってみた。かなり大幅にトリミングしている。面積比で元の半分以下の部分を切り抜いている。まあどうってことない写りだ(笑)。

こういう写真を撮ったとき、「ピクチャースタイル」をなににするか悩ましい。これは「クリア」を使った。クリアとは対極的な「ディープ」も魅力的である。多くの場合、この対極的な二つのどちらにするかで悩む。「ビビッド」や「ライト」も悪くないのだが、「クリア」や「ディープ」の方が個性が強いのでそのどちらかを選ぶことが多い。というのは、完全な日陰で直射光が当たっていない花を撮っているからである。撮影条件がとても「地味」なので、ピクチャースタイルで多少味付けして上げた方が良いと思うからである。

デジタルカメラで撮影した写真は「レタッチ次第」でどのようにでも変わる。だから私はデジタルカメラで写真を撮ることにあまり真剣になれないのである。撮影後に如何様にでも仕上げることが出来るというのが面白くないのである。しかし、実際に写真を撮ってしまった後は最低限のレベルでレタッチをする。考え方は二つある。できるだけ「撮りっぱなし」に近い範囲で収めるレタッチと「絵作り」してしまう場合である。私の場合90%までは前者であった。明るさとコントラスの微調整しかやらな"主義”だからである。しかし、α7Ⅲを使い出してからは「絵作り」することが増えた。このカメラはそういうカメラだという気がしている。極論すれば、「クリア」と「ディープ」がこのカメラの「真骨頂」だと思っている。

殺風景で、ちょっと寒々とした色合いで面白くもなんともない写真である。しかし、初めから初代α7にPlanar T* 50mm F1.4 ZAを装着して写真を撮ることが目的であったので結果なんて最初から気にしていない。一番知りたかったことはα7Ⅲとの差である。撮り比べていないので確かなことは言えないがほとんど違いはないだろうと思う。Yashica-ContaxマウントのPlanar 1,4/50にそっくり(笑)。こちらの方が少し「硬い」かな。

SONY α7 + Carl Zeiss Planar T* FE 50mm F1.4 ZA ISO200 F2.5 1/400 -0.33EV AWB CS:クリア

お遊び(1)_e0367501_11445724.jpg



by dialogue2017 | 2019-11-29 12:00 | | Comments(0)

花の直ぐ下の「葉」にガツンと直射光が当たっているという時点で「被写体」としてはNGであるが、他に適当な「被写体」が見つからなかったので撮った。しかし、花ビラは奇麗に写っている。 Planar T* FE50mm F1.4 ZAと撮り比べてみるなどという面倒なことをする気にはなれないが、友人の写真家が指摘したように、Sonar T* FE55mm F1.8 ZAの方が背景の"ボケ”がおとなしいかもしれない。レベル補正をしただけでホワイトバランスなどはまったく弄っていない(色は撮りっぱなし)。悪くないと思う。ただし、こういう写真を撮るのであれば古いYashi-ConマウントのS-Planar T* 2,8/60 Macroの方が上だ(撮影例)。RICOH GXR A12 50mm F2.5 MACROもこの上を行く(撮影例)。半世紀近く昔に製造されたS-Planar T* 2,8/60 Macroが現代のレンズの上を行くというのはすごい話しだ。丸10年前に発売されたRICOH GXR A12 50mm F2.5 MACROがこの写真以上の写真を出してくると言うのも「驚異」だと思う。

SONY α7(初代) + Carl Zeiss Sonar T* FE55mm F1.8 ZA ISO400 F2.2 1/4000 -0.67EV AWB CS:ビビッド

Carl Zeiss Sonar T* FE55mm F1.8 ZA_e0367501_12074365.jpg

昨日、「引退」してしまった初代α7を使ってみようと思ってバッテリーを充電した。充電したバッテリーをα7に入れたらなにか1枚写真を撮って見たくなりダイニングテーブルの上にコーヒーカップを置いて1枚撮った。使ったレンズはCarl Zeiss Planar T* FE50mm F1.4 ZA。その写真を"ひとつまえのエントリー"にアップして際、初代α7にFEマウントのZEISSレンズを装着したのは初めてだと書いた。私は昨年12月にα7Ⅲを購入したとき4本のFEマウントレンズを合わせて購入した。それが、私がSONY純正のFEマウントのZEISSレンズを買った最初だと思い込んでいた。

しかし、「追記」で訂正したように、2014年10月に初代のα7を購入した際にCarl Zeiss Sonar T* FE55mm F1.8 ZAを買っていた。当時の私のメインカメラはCanon EOS 5D MarkⅢだった。α7は良いカメラだと思うが、5D3に取って代わるということはあり得なかった。5D3の絵の方が断然素晴らしいと思う。しかし、5D3のサブ機として7Dを持ち歩くのは重いので、α7に Sonar T* FE55mm F1.8 ZAを装着して5D3の"サブカメラ”として持ち歩いた。

5D3とα7では「発色」が大きく異なるので「仕事」ではサブ機としては使えないが、プライベートでの使用であれば色合いが異なっても問題ない。私が写真を撮るのは家族旅行先がほとんど。5D3にはEF17-40mm F4Lを装着して「引き」の写真を撮影し、α7+ Sonar FE55mmでは子どもたちのアップの写真を撮った。しかし、2017年3月末にFUJIFILM X-T2・X-T20を購入して以後、5D3もα7も完全に「引退」した。その後2台ともほとんど使うことはなかった。それほどX-T2・X-T20に満足していたと言うことである。EOSも発色は素晴らしいと思う。肌の色はとても奇麗に出る。しかし、X-T2・X-T20の発色はEOS以上だと思う。もちろん、本格的なポートレートフォトを撮ったら、APS-Cセンサーとフルサイズセンサーの違いは出る。しかし、「色合い」という点では控えめに言ってもX-T2・X-T20は5D3と同格である。

5D3は完全引退となったが(なんとも勿体ないことである)、α7は時々使っていた。α7を家族旅行に持って行くときには Sonar T* FE55mm F1.8 ZAを装着して使ったが、一人で出歩くときにはSONYの純正レンズを装着したことはほとんどない。90%がた古いYashica-ContaxマウントのZEISSレンズを使っていた。そもそもα7を購入した動機自体が古いYashi-ConのZEISSレンズを使うためだったのだから当然である。私はYashi-ConのZEISSレンズを使うためにα7を購入したので、SONY純正のFEマウントのレンズを購入する積もりは全く無かった。Distagon T* 35mm F1.4 ZAやPlanar T* 50mm F1.4 ZAはとても魅力的ではあったが、20万円も出して買おうとは思わなかった。私には古いYashi-ConマウントのDistagon T* 1,4/35やPlanar T* 1,4/50で十分であった。私はα7でスナップするときにはだいたいこの2本のどちらかを使った。

昨年12月にα7Ⅲを購入した際にDistagon T* 35mm F1.4 ZAとPlanar T* 50mm F1.4 ZAを購入した。明確な「必要性」があったからである。それは、プロのポートレートフォトグラファーを越えたポートレートフォトを撮影するためであった。残念ながら、「彼女」が転勤して東京を離れてしまったためその「夢」は敵わなかった。で、Distagon T* 35mm F1.4 ZAもPlanar T* 50mm F1.4 ZAもほとんど使うことは無かった。いや、α7Ⅲ自体を使わなかった。

α7Ⅲを使わないくらいだから初代のα7を使うわけが無い。最後に初代のα7を使ったのは今年の1月だった。初代α7に古いYashi-ConマウントのZEISSレンズを着けて撮影してどの程度の「絵」になるか「テスト」撮影したのが最後である。「実践」的に使った最後がいつだったのかは覚えていない。

昨日、ちょっとした思いつきで、α7Ⅲのサブ機として初代α7を使ってみようと思いついた。で、放電していいたバッテリーを充電した。バッテリーが充電されたあとにコーヒーカップの写真を撮った。日没後に人工光で撮影したためパッとした写真にはならなかったが、初代α7がいまでも十分使いものになるレベルの画像を出してくれることを確認した。α7Ⅲの"サブカメラ”として十分使えると分かった。

ひとつ前のエントリーを書いてアップしたあと、Carl Zeiss Sonar T* FE55mm F1.8 ZAを所有していることを思い出した。で、今しがたCarl Zeiss Sonar T* FE55mm F1.8 ZAで4〜5枚撮ってみた。庭に出ると「野菊」が咲いていた。最近東京の自宅は「仮住まい」のような気分になっていて庭の花なんて見たことがなかった。野菊を撮ってみた。最初に思ったことは「寄れない」と言うことだった。最短撮影距離は0.5m。まあ標準レンズとしては普通である。Planar T* 50mm F1.4 ZAは0.45mと5cm短いが似たようなものだ(と書いたが5cmの差は大きい!)。ここ最近α7Ⅲを使う時にDistagon T* 35mm F1.4 ZA一辺倒になっている理由のひとつは最短撮影距離が0.3mと「寄れる」ためである。レンズ1本で写真を撮り歩くとき「寄れる」というのはもの凄く大きな"利便”である。

α7ⅢにPlanar T* 50mm F1.4 Zを装着した際の重量は1,428gである。初代α7にCarl Zeiss Sonar T* FE55mm F1.8 ZAを装着した際の重量は755gである。なんとほぼ半分である。しかし、それでも「標準レンズ」を使いたいときにはPlanar T* 50mm F1.4 Zをを選んでしまう。「じゃじゃ馬」な部分がある反面、Planarならではの絵があるからである。そして、50mmと55mmの違いは「感覚」的には大きいのである。でも、Carl Zeiss Sonar T* FE55mm F1.8 ZAを使わず防湿庫の肥やしにしているのは勿体ないことだと思う。小さくて軽いのに良く写るレンズである。初代α7のメインレンズとして少し使って上げようと思う。



by dialogue2017 | 2019-11-06 13:00 | | Comments(1)

カラフル

どういうセッティングをして撮ったか知ったら笑ってしまうよ(笑)。

カラフル_e0367501_12044330.jpg

by dialogue2017 | 2019-08-01 06:00 | | Comments(0)