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カテゴリ:誌上レッスン( 24 )

ハイライトの美しさ

私は、写真というのは撮影者「固有のもの」だと思っている。写真をどういう"明るさ”にするかと言うことについて客観的な「正解」などというものはない。例えばこの写真の明るさをどうするかは撮影者本人の「好み」で決めれば良いことである。撮影者と鑑賞者である私との決定的な違いは実際にこの光景を見たかどうかにある。もし、撮影者が見た時の印象を大事にしたくて少しアンダー目の明るさを選んだというのであれば、他者がそれに異を唱える必要はないと思う。写真は「撮影者のもの」なのだから。

しかし、例えばカメラ雑誌の誌上コンテストのようなものに応募したとしたら、下の写真(撮影者がブログに掲載したもの)については「抜けが悪い」という評価をされるのでは無いかと思う。写真を、撮影者が「自分のもの」としてではなく多くの人々に観て貰うための「鑑賞物」として制作するとしたら、撮影者の元ファイルは些か明るさが不足しているだろうと思う。それがいけないと言うことでは無い。ただ、実際の見た目の如何に関わらず、「一枚の写真」として鑑賞して貰う場合に好感を得るためにはもう少し明るくした方が良いと思う。

"自転車に乗った人物"が写っている点がこの写真を大きく引き立てていると思うが、撮影者がブログに掲載した下の明るさだとそこが目に飛び込んでこない。話しが繰り返しになるが、撮影者が実際に見たこの光景は下の写真の様に薄暗かったのかも知れない。しかし、第三者に「鑑賞」して貰うと言うことであれば、現実を忠実に再現するより「見た目の良さ」を優先して良いと思う。ハイライトが明るいからシャドー(自伝車に乗った人物)が浮き立つのである。もちろん「好き好き」である。私がレタッチした上の写真は少し派手すぎて好きではないという人もいるだろう。写真なんて結局は好き好きである。

カテゴリを「誌上レッスン」としたが、レッスンしたいという思いで取り上げたわけではない。とても美しい光景だと思ったので一人でも多くの人に見せたいと思ったのである。その上で、私ならこうするということを撮影者であるpoppn1971君に伝えたかったのである。せっかくの美しい写真である。抜けの良い感じにした方が更に素敵になると思う。

全ての写真がそうだという訳では無いし、考え方は人それぞれであるが、私は写真の美しさは「ハイライト」にあると思っている。

※こういう話しの難しいところは、各自が使っているパソコンのモニタの"輝度”が同じではないこと。もしpoppn1971君が使っているモニタの輝度がもの凄く明るかったとしたら私がレタッチした上の写真は明るすぎるように見えるだろうから。こういう話しは厳密には同じモニタを同じ輝度に設定していないと正しく伝わらない。

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by dialogue2017 | 2019-12-02 22:00 | 誌上レッスン | Comments(0)

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by dialogue2017 | 2019-09-04 10:30 | 誌上レッスン

誌上レッスン(21)

あらかじめ結論を書いておくと、写真の「明るさ」「色合い」「コントラスト」は「好み」だということ。つまり、「これが正解」という"客観的な基準"はない。もちろん、「論外」な絵作りというのはあると思うけれど、「明るさ」「色合い」「コントラスト」は「好み」によって幅がある。「明るさ」に関しては、絵柄によって違ってくるけれど、たとえば君の撮ったこの写真を前提にして語ると、「明るめ」に表現したい人と、明るさを「抑えめ」に表現したい人とがいると思う。「色合い」はひとまず「色温度」をどうするかだと思うけれど、君の撮った写真は幾分「冷調」だと思う。ただ、少し冷調にした方が写真がスッキリ見える。言い換えると幾分冷調にした方が「透明感」が感じられるので好きは人は少なくないと思う。冷調の方が女性の肌が「白く」見えるので、女の子の写真としては好まれる傾向にあると思う。しかし、浴衣姿であることを考えるとちょっと「寒々しい」感じに見えると思う。

この写真に関して一番ポイントとなる点は「コントラスト」だと思う。一般的に女性ポートレートの場合低コントラストに仕上げるケースが多い。その方が肌が「柔らかく」表現されるし、「上品さ」が感じられるからである。そういう意味では、君のレタッチは「色合い」からは「透明感」が感じられるし、「コントラスト」からは「柔らかさ」と「上品さ」が感じられ、女性ポートレートの基本的な方向性に沿ったレタッチだと思う。

しかし、パッと見た時に「物足りない」イメージが強かった。なぜそう感じるのかとい言うと、コントラストを弱くしたため、肝心の女性が背景に溶け込んでしまっているからだ。ポートレートの場合、モデルと背景が「分離」している方が奇麗に見える。例えば、バックペーパーを背景にして撮る場合や、ハウススタジオのようなところで「スッキリした」背景をバックに撮った写真の場合コントラストを浅くしてもモデルと背景はかなりきっちりと分離される。なぜなら、背景がうるさくないからである。

この写真は背景がうるさい。もちろん、神社で撮っているということが分かること自体には全く問題はない。ただ、こういう写真の場合コントラストを落とすと、肝心のモデルが背景に溶け込んでしまい、くっきりと浮き出てこない。「背景」をきちんと「背景」として処理し、モデルが「引き立つ」ようにレタッチする方が良いと思う。「引き立つ」というのは言い換えれば「浮き出る」と言うことである。

以前に僕が白バックで撮った赤ちゃんを抱いた若いママさんの写真を題材に、トップライトのあるなしで写真がどれほど変わるかということを教えたことがあるけれど("これ”)、君がレタッチした写真では女性の髪の毛が幾分潰れ気味だ。いつどんなときでもそれがいけないというわけではない。ある程度つぶれている方が写真として見栄えが良いという場合もある。しかし、基本的には髪の毛が潰れずディティールが出ている方が奇麗に見える。君のレタッチしたオリジナルは髪の毛だけではなく耳から頬のあたりに掛けてがちょっとアンダーだ。少し「シャドー」を起こして上げた方が女性がくっきりと奇麗に見える。僕がレタッチした1枚目と君のオリジナルの2枚目の「女性の顔」だけをよく見比べて欲しい。ほんの少しシャドーを起こしただけなのだけれどこんなに変わるのである。なんども言ったように写真は「ほんの僅かの差」で大きく変わるのである。この点は肝に銘じておかないといつまでたっても進歩しない。何年撮り続けても「僅かな差」を乗り越えることができない写真愛好家があまりにも多い。なぜなら、初めからそういう「問題意識」がないからだ。肝に銘ぜよ!

「色合い」に関しては、君のオリジナルの写真の方が奇麗に見えなくも無いと思う。全体として「寒色」が多いので色温度が低めの方が「クール」な感じで心地よいかもしれない。ただし、やはりちょっと「寒い」感じは免れ得ないと思う。で、少しだけ色温度を持ちあげてみたが、この点はオリジナルの方が好きであればそのままでも構わないと思う。

ブラウザ上で比較しても今ひとつよく分からないと思う。上の写真をダウンロードして君のオリジナルと2枚をPhotoshopで開いた上で、2枚の写真を切り替えて見て見るとこの2枚の印象がそうとう大きく違うことが分かると思う。是非やってみて欲しい。

君のオリジナル写真はハイエストライトが若干飛んでいる。にもかかわらず写真に「明るさ」が足りないと思う。いかにも曇天の日に撮ったという写真である。とここまで書いて、色温度を全く弄らず、オリジナルの写真をトーンカーブで若干明るくしてコントラストを持ちあげ、そのあと、ハイライトを少し落とし、シャドーを少し持ちあげるという単純なレタッチをしてみた。その方が君の写真の「欠点」が分かりやすいと思ったので作ってみた。それが3枚め。君のオリジナルからレタッチするのに掛かった時間は15秒ほどである。ぱっと見で何が変わったか分かると思う。女の子が明るく浮き出て見えるはずだ。しかし、3枚目は白飛びしていないが2枚目のオリジナルはハイライトが少し飛んでいるのである。

先日も指摘したように、君の写真はあと少し明るさが足りないケースが多い。ハイエストライトが白飛びしていても"必要な部分”の明るさが足りないのである。今のカメラは性能が良いので撮りっぱなしでも綺麗な写真になることが少なくないが、ポートレートの場合なかなかそういう風にはならない。写真を見せるとき、「何処を見せるのか?」ということをまず考えるべきである。それから、「主題」と「背景」のコントラストは常に考えるべきだ。

僕自身は低コントラストの写真が好きなので、3枚目のコントラストより2枚目のコントラストの方が自分の好みには近い。しかし、やはりちょっと暗いし寒々しいし、モデルが背景に溶け込んでしまっている。「見せる」ということを考えたら2枚目より3枚目だろうと思う。ただし、この3枚目は所詮15秒レタッチである。1枚目と何処が違うかというと、女性の髪の毛の下の方の「三つ編み」の出方が違う。1枚目は40秒ほど掛けてレタッチしているのでそういう細かいところまで考えて弄っているということである。以上、参考になれば幸いである。

追記。この写真の場合、女の子の髪の毛のメッシュに染めたカラーと、可愛らしく編んだ三つ編みがわかるように撮ってあげるべきだ。女の子は頑張っておしゃれしているのである。女性の写真を撮るときには、そういう褒められたい部分を綺麗に撮ってあげることが大切なのである。僕の場合、知っている女性なら「髪の毛、可愛らしく編んだね」くらい言ってから撮る(笑)。女の子って、「見てほしい」部分を持っているんだよ。

※iPhoneのような小さなディスプレイでは違いがよくわからないと思うので、パソコンかiPadで見比べること

※ディスプレイによってコントラストの出方が変わる。コントラストが強めに出るディスプレイで見た場合、2枚目のオリジナルはそんなに悪くないと思う。繰り返すが、僕自身はこれくらいのコントラストが好きだ。ただ、この背景だとそれがマイナスになるということ。


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矛盾した話なのだが、上の3枚の写真を眺めていると2枚目のオリジナル写真のコントラストが一番心地よい。ただし、髪の毛が潰れているし肝心のモデルさんがどうも「沈んでいる」。で、他の部分は全く弄らずにオリジナルの髪の毛の部分だけシャドーを起こした上で露出も持ちあげコントラストを付けた。浴衣が白飛びしているのでハイライトを抑えた。それが下の写真。オリジナルから15秒レタッチだけれど髪の毛の明るさを変えただけでこれだけ変わる。

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by dialogue2017 | 2019-07-10 16:00 | 誌上レッスン | Comments(1)

誌上レッスン(20)

まさか、まさかの「誌上レッスン(20)」。本当にまさかだよ(笑)。「生徒」諸君の写真のクオリティーが少し上がってきた。やっと(爆)。下の写真はfrom_vixen君が今日(ああ日付けが変わったから昨日だ)アップした写真。彼は写真の下に次のように書いた。

シャッターを切らずにはいられない。
何らかの衝動が私を突き動かしている。
誰かの写真に形容し難い気持ちを抱く。

そういったことを突き詰める必要があるのだろう。
あるのか。あるでしょう。自分のことなんだから。

よい写真が撮れた理由は「思い」が込められているからだ。「シャッターを切らずにいられない」という経験を経ないと一皮剥けることはできない。実は、先ほど風呂に浸かっているときに一両日中にその話を書こうと思っていたところだ(笑)。一昨日、ある方のブログを読んだら「たくさんの人の写真を見て試行錯誤」することの大切さについて語っていた。その通りだ。全くその通りだ(私自身は沢山の人の写真を見たことなんて無いし、外国人写真家の写真なんて全く見たことが無いけれど)。高く評価されている写真家の写真展を見に行ったり質の良い写真集を見ることが写真が上達するための"基礎作り”としてとても大切だと言うことについては私も再三書いてきた。

しかしである。一番肝心なコトは「思い」の籠もった写真を撮ることだ。それがなければ、どれほど沢山良い写真を見て学ぼうと、どれだけ技術的に高度になろうと「仏造って魂入れず」で終わる。この話については、きちんと書こうと思うが、人々の心を魅了する写真を撮るというのは簡単なことではない。ある程度以上の撮影スキルが必要なことは言うまでも無いが、それがあれば人を魅了する写真が撮れると言うわけでは無い。見た目が「奇麗」であるということと、心に「伝わる」というのは全く別なことだからだ。

全く別なんだよ。

どんなに美しいトーンの写真であっても「ふーん、奇麗だね」で終わってしまう写真がある。アマチュア同士の間では評価が高い写真がプロの作家の眼識に掛かると一顧だにされないということは珍しくない。ただ美しいと言うだけではプロからは評価されない。美しいだけの写真なら技術があれば誰にでも撮ることが出来るからだ。「上手い」=「伝わる」ではないのだ。「奇麗」=「心を揺さぶる」ではないのだだから、いくらたくさんの写真を見て試行錯誤を重ねたとしても、「技術」で撮っている写真は伝わらない自分より下手な人間から感心されることはあっても、自分より遙かに上手い人から褒められることは無い。なぜなら、技術的な高さを見せようとした写真はそこばかりが目に付くからだ。肝心の「写真」がもの凄く陳腐なものであったり、あまりに個人的な写真であればなかなか観る者の心を打たない。

写真について最も「核心的」な部分の話なので、この話をきちんと理解して貰えるレベルで書こうと思ったら少なくとも7〜8千字は書かなくてはならない。しかし、今回は「誌上レッスン」をやりたいのでその話は後日に回す。

ここからの話はこの写真を撮った本人(from_vixen君)に向けて書く。このブログは「一人の読者との対話」であるから。綺麗な写真だと思う。見ていて気持が良い。これって凄く大事なこと。コントラストだとかトーンだとか明るさだとかが不十分であっても、見て「気持の良い」写真であることがまず重要だ。とても美しいトーンに仕上がっていても、つまらない写真じゃ駄目だと言うことだ。そういう写真が沢山ある。トーンが美しいということしか見えてこないんだ。その写真を見て、その光景の美しさが感じられることがまず重要なのに「トーンの美しさ」ばかりが眼について、肝心の写真から「美しいな〜」という「感じ」が伝わってこない。モノクロをやっている人にはそういう「独りよがり」の写真を撮っている人が多い。同じことをやっている者同士でしか感じるモノがない。プロのモノクロ作家に見せたら「ふ〜ん」の一言で終わっちゃう。

この写真からは「素敵な光景だな〜」という事が伝わってくる。どこだろう? 何時頃だろう? そんなことを考えてしまう。どうしてかというと、写っている光景そのものが美しいからだ。それでいいんだよ。我々は美しい光景に出逢うと感激するし、写真に撮りたくなる。そうやって撮った写真は見る人にも同じ思いを起こさせる。「ああ、奇麗な光景だな〜」と。まずはそこが出発点。でも、この写真は「もう一歩」だ。これだけ美しい光景を撮っていながら桜に艶やかさを感じないからだ。写っている光景が奇麗なだけで、「写真」はそれほど奇麗じゃない。肝心なモノが足りないのだ。人類史上最大の天才とも言われるかの文豪に教えて貰おう。

もっと光を!

これはこれで悪くはないと思う。コントラストが控えめで品があるしアンダー故に桜の発色は奇麗だ。悪くない。でも、やはり地味すぎる。実際に見た目がこういう雰囲気に近かったのだとしても、ハイライトがこれだけ弱いと写真としての美しさに欠ける。僅かに持ちあげるだけでも良いと思う。かなりいい感じではあるんだよな〜。でも、やはりちょっと寝ぼけている感じの写真だと思う。分かりやすい言い方をしよう。この光景はネガフィルムで撮りたい光景ではなく、リバーサルフィルムで撮りたい光景なのだ。メリハリがあって鮮やかな描写の方が合う光景だと言うことだ。ネガで撮って落ち着いた写真にすることを否定する積もりはない。それはそれでありだと思う。ただ、やはりポジで撮りたい光景だ。

午前4時追記。MacBook Proで見てすぐにこのエントリーを書いてアップした。いまiPadmini 4で見て見たらギリギリこれでも良いかな〜、と言う気はする。僕はローコントラストで地味な写真が好きだから。でも、やはり遠景がドンヨリした感じで写真に爽やかさが無い。ハイライトはもう少し持ちあげた方が良い。2枚下の写真かな〜。僕は遠景をもっとスッキリさせちゃいたいけど(だから2枚目の写真の明るさにした)。

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人を評価するのに「輝いている」という表現がある。「あいつは輝いている」という具合に。比喩的表現だ。実際にピカピカと輝いているわけではないが素敵な人間というのは輝いて見えるのだ。花の写真が必ず輝いていなければいけない訳では無い。私は日陰に咲く花を撮る方が好きだし、雨の日に撮る花の写真が一番好きだ。その上で言うが、やはり花の写真は「光り輝いている」方が美しいケースが圧倒的に多い。とくにこの写真のように陽が射している情況を撮った写真であれば、「肝心要」の桜が「輝いて」いないのでは「仏造って魂入れず」である。

この写真の「肝」はどこだろう? 一番見せたいのはどこなのか? 手前の川なのか? 奥の山並みなのか? 土手なのか? 違うと思う。やはり「桜の花」であるはずだ。その桜の花に「輝き」がないと写真そのものに輝きが出ない。だから、僕なら下の写真の様にもっと桜が明るい写真にする。安いモニタや輝度設定が間違っているモニタで見たら飛び気味に見えるかもしれないが、僕のiPadmini 4で見ると桜が輝いて鮮やかな写真だ(MacBook Proで見るとちょっと飛んでいるように見えるし色味が薄く見える)。コントラストを持ちあげたPROVIAというイメージ。

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アップした30分あとの追記。from_vixen君の元の写真の上品なコントラストを活かすため、桜の部分だけを「覆い焼き」して控えめに明るくした写真を作ってみた。写真は実際の光景を見たときの印象に引きずられる。その方が良い場合もあるし、それを捨ててしまった方が良い場合もある。見る人には「実際の光景」の印象派ない。だとしたら、「見せる」という方向で考えた方が良い場合が少なくないと思う。ちなみに、from_vixen君の元写真からのレタッチ時間は3〜4秒。覆い焼きツールで桜の花の上を2〜3回なぞっただけだから。3秒で写真が変わるのがレタッチ!

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下の写真は「余興」である。コンセプトは「Insta映え」(笑)。こういう色合いとコントラストはネット受けする。言い方を変えると素人受けする。しかし駄目だと言うことではない。これはこれでありだ。昔風景写真が「Velviaにあらずば風景写真にあらず」だった時代の風景写真はだいたいこんな感じだった(笑)。実際の見た目とはかなり違うし、人によっては違和感を覚えるだろうが、これはこれで一つの「見せ方」として成り立っていると思う。いずれにしろ、こういう「バージョン」も作ってみたりすることを通して写真の「見せ方」を覚えていくのである。だから、いまは「小綺麗」に見せようなどと考えない方が良い。風景写真的写真の場合、最初の内は少しインパクトが強くなってしまう方が自然だ。経験を積み重ねて上手になってくるとだんだん表現が控えめになる。そして、「スキル」を隠すようになる。もろに「巧さ」が見えてしまうというのは恥ずかしいと思うようになるんだよ(笑)。極端なことを言うとね、最後はシロウトには平凡にしか見えない写真に行き着くんだよ(笑)。でも、分かる奴には分かる(爆)。明後日そういう写真をアップするよ(笑)。

突き詰めて欲しい。どんどん突き詰めて欲しい。若い内に突き詰めない人生なんて屁みたいな人生だ。たかが写真を突き詰めたところで同じかもしれないけれど、君にとっては写真を越えた何かを掴むチャンスだと思う。このあと右往左往しないで、たとえば1年間一歩も引かず突き詰めてみるといい。見えてくるモノがあるから。絶対に!

ちなみに、下のバージョンの場合桜に比するほどに「川」を見せることを意識している。だから、川の色をインパクトのある色合いに少し変えた。なお、2枚目も3枚目の川面に浮かんでいるコンビニ袋か何かは消した。あそこがこの写真のハイエストライトで飛んで見えてとても余分だから。

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by dialogue2017 | 2019-04-09 01:11 | 誌上レッスン | Comments(1)

誌上レッスン(19)

今日は0123okkun君の写真。元ファイルのサイズが小さい(753×502)のでぼやけて見える。私はインターネット閲覧には、MacBook Pro、iPadmini 4、iPhone8と全て「Retina Display」の製品を使用しているが、「Retina Display」は非常に高精細であるため、表示サイズの2倍のサイズのファイルを掲載しないとぼやけて見える。と言うことは、長辺800pixで表示されるエキサイトブログの場合、長辺1600pixのファイルをアップしないとぼやけてしまうと言うことである。753pixではボケボケである。取りあえず長辺500pixで表示されるようにアップしたが当然まだぼやけて見える(iPhone8で閲覧しても横位置にして表示するとぼやけて見える)。このファイルの場合、375×251pixで表示して初めて「Retina Display」で見てもボケない表示となる。ちなみに、iPhoneの場合ディスプレイが小さいのでこのサイズのフィイルでもぼけては見えない。

手前に花を入れて前ボケさせた気持ちは分かるが上手くいっていないと思う。その上で、この花が暗ければ入れたことは「最悪」の効果を生んでしまう。せめて、この花の牡丹色が明るく見えるようにしないと駄目である。ちなみに、レタッチに当たって「レイヤー」は使っていない。流石に、この写真を奇麗に見せようと思ったらレイヤーを使ってレタッチしないと無理。※写真下に本文あり。

【レタッチ後】

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【レタッチ前】

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ファイルサイズの半分となる375×251pixで表示されるように設定してアップした場合こうなる。ぼやけて見えない。

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率直な話し、奇麗に撮るのが難しいシチュエーションを撮っているので整った写真にするのはちょっと無理。空が半分を占めている写真だから空を飛ばないように撮影したら下の部分は"どアンダー"と成ってしまう。しかし、4人の女性をメインの被写体と考えた場合下の元写真のような明るさではお話にならない。とにかく、女性が明るく見えるようにすることがレタッチの一番の目的。

女性を明るくするため全体として露出を持ちあげた。当然ハイエストライトが飛んでしまう。左端に写っているビルの右側にちょうど夕陽が当たっているためここが白飛びする。ハイライトを下げた上でこの部分のみ少し「焼き込み」をした。元写真は色温度が高いため寒々しい。実際は「夕陽」が差しているので色温度を下げて女性に当たっている光が「西日」に見える色合いにした。

本人が「水平が取れていない」と書いていたので角度補正してみたが、元のままでも構わない。写真の真ん中に軸線(垂線)を入れてみるとそれほど酷く傾いているとは思えない。左上の花ビラ(?)は消した。こういう光景の場合遠景が霞むのは仕方ない。もともと「無理筋」のアングルなので奇麗に仕上げようと思ったらかなり手を入れないければ無理。これでも1分近く掛けて手を入れた(私は平素そういうことはあまりない)。奇麗に仕上げるのはとても無理だけれど、「明るさ」と「色合い(色温度)」を調整することが大事だと言うことを教えるためにやってみた。

RX100は良いカメラだと思うけれど(そもそも私が彼に勧めた)、こういう厳しい写真を撮るとちょっと辛い。X-T20 + XF18-55mmF2.8-4 R LM OISだともう少しぴしっと撮れてくるだろうと思う。XF18-55mmF2.8-4 R LM OISは「ズームキット」のためのレンズ。続に「キットレンズ」などと呼ばれるレンズであるが非常に良く映るレンズである。FUJIFILMでは「キットレンズ」と呼ばず「セットレンズ」と呼んで欲しいそうだ。その気持ちはよく分かる。「キットレンズ」というとあまり性能が高くないが、XF18-55mmF2.8-4 R LM OISは良く写る(手ぶれ補正機能もあるし)。

私が、数あるカメラメーカーの中から、自分が「家庭生活」で使うメインカメラとしてX-T2・X-T20を選んだ理由は、「発色」が良いことと、FUJINON XFレンズの性能が素晴らしいからである。FUJINONはどんなに褒めての褒めすぎとは成らないと思うほど良いレンズが多い。そして、もの凄くコストパフォーマンスが高い。

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by dialogue2017 | 2019-03-20 12:00 | 誌上レッスン | Comments(1)

誌上レッスン(18)

まさかまさかの「誌上レッスン(18)」(笑)。本人だけが分かれば良いことなので詳しい解説は書かない。「色合い」は好き好きだから本人の思うままでも良いとは思う。しかし、やはり人間の肌の色は暖かみが感じられる方が自然で良いと思う。トーンも好き好き。あえて緩く撮るというのはプロでも良くやることなのでそれはそれで構わないと思う。ただし、もう少しシャドーを締めてあげた方が写真の見栄えは上がると思う。これはこれで良いと思うけれど、もう少し絞った方がより可愛らしい写真になったと思う。それにしてもなんと可愛らしい娘さんであることか!

【レタッチ後】※私が20秒ほどで下の写真をレタッチしたもの。

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【レタッチ前】※撮影者がブログに掲載した写真。

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by dialogue2017 | 2019-03-18 23:25 | 誌上レッスン | Comments(6)

誌上レッスン(17)

いまさらこんなことをやるとは思ってもみなかった(笑)。前回は昨年12月だよ。ここのところ一番ちょくちょくコメントをくれるfrom_vixen君が(さんはやめて全員君づけにする)が昨日アップしていた写真にコメントを入れた。それだけでは私が伝えたかったことが十分伝わらないかもしれないと思うのでこういう形で伝えることにした。本人からの承諾を得ず勝手にやらせて貰う(笑)。なお、元の写真のファイルサイズが792×526と小さいため、私がトリミングした写真は423×282とかなり小さなサイズになった。このブログに横位置の写真を掲載し、Retina Displayでぼやけて見えないようにするためには、長辺1600pixのファイルをアップしなければならない。と言うわけで、ぼやけた写真となるが、問題はモノクロ写真として見た場合、この写真のどこが一番「奇麗」なのかということなのでその点を見て欲しい。

from_vixen君の写真(ブログから拝借してそのまま掲載)。この写真は悪くない。構図として自然であるし安定している。ハイコントラストモノクロームなので「ノイズ」を載せたらもっと良いと思う。

追記。iPhineで見るとなかなか素敵な写真だ。小さいディスプレイだと解像度不足がわからないから。もう一つ理由があった。iPhoneのディスプレイ輝度を少し落としてあった。そのため真ん中奥のハイライトが弱く見えたのである。あそこが明るいと写真が落ち着かないのである。ハイライトが抑えられているとこの絵柄でも手前のシャドーに目が行く。写真って、ほんの僅かな差で違って見えるのである。

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私は上の写真に対して次のようなコメントを差し上げた。

モノクロらしい写真だと思います。
僕も、駅のホームとかを撮るのは好きです。
悪くない写真ですが、まんなか奥のハイライトが目立ちすぎますね。
ホームの端のハイライトは影もあって奇麗ですが、
一番綺麗なのは手前のシャドーのグラデーションです。
この場合はちょっと難しいかと思いますが、
奥のハイライトを外して撮ったらもっと素敵な写真になると思います。
例えば、後ろ姿の女性をクローズアップして撮るとか。

コメントをするときやコメントに返信する際には「脊髄反射」的にサッと書いて送信してしまうので文章的に荒く意図が十分伝わらないような文章になってしまうことが多い。まあ、言いたいことは伝わっていると思うが、本人がトリミングをしてみなかった場合、具体的なイメージとして理解出来ないと思うので、トリミングしたモノを下に掲載する。私が実際に撮るとしたらこのアングルでは撮らないが、元ファイルからトリミングする以外に方法がないのでやむを得ない。だから「構図」ということは棚上げにして、「どういう風に光を捉えるか」という点でのみ見て欲しい。かなり輝度差の大きいところを撮っているためシャドーが潰れているので、少しだけ起こした。

誤解を避けるため書いておくが、元の写真はあれで構わない。下の写真のような構図には無理がある。駅のホームの写真を撮ったのだから、上の写真のような撮り方が「まとも」である。だから、この話は「構図」ということについては完全に棚上げして考えて欲しい。つまり「光の捉え方」についての話だと理解して欲しい。こんな風に人物をを上の端に入れて撮るというのは写真のバランスを悪くするし、右側の売店と人物を入れると写真が五月蠅くなるので外して撮った方が良い。売店まで入れてトリミングした理由は、そこまで入れないと手前のシャドーのグラデーションの幅が狭くなるからである。この後ろ姿の女性を中心に撮るとした場合、五月蠅いモノを外してシンプルに撮った方が良い。

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構図としては右側は切った方が良い。もちろん、こんな撮り方をしたのでは上が窮屈で絵になっていないが、私がfrom_vixen君に伝えたいのは、この写真は手前のシャドーのグラデーションが一番綺麗な部分だと言うことである。

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実際にこの場所で撮るとしたら手前のシャドーメインの写真は構図的には難しいかもしれない。ただ、モノクロ写真としては手前のシャドーのグラデーションが「美味しい」ことを理解しておいて欲しい。こういう風に見せたらそれが良く伝わるだろうと思う。

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by dialogue2017 | 2019-02-28 14:00 | 誌上レッスン | Comments(2)

誌上レッスン(15)

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by dialogue2017 | 2018-12-09 19:00 | 誌上レッスン

誌上レッスン(14)

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by dialogue2017 | 2018-12-09 17:00 | 誌上レッスン

誌上レッスン(13)

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by dialogue2017 | 2018-12-09 13:00 | 誌上レッスン