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諸君の奮闘を切に願う!

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by dialogue2017 | 2018-11-24 23:00 | 人生論

昨日は5つのエントリーをアップした。順に「夕暮れ時の淡い光 斜光 そしてフラットな光 写真は光で撮るんだよ」「0123okkunさんへ 物事を対象化する力を持とう! そしてあらゆる光をを撮れ!」「このブログを書いている男についての話し そして『やわじゃない男の生き方』」「『フラットな光』という定義は『光の方向性』に基づく定義である」「よしわかった やろう いや、やるぞ!」である。今日は午前3時に「sunnydayさんへ 1年後の展示を目指して作品を撮り始めたら良いと思います」をアップし、午前9時に「美しいモノクロ写真の条件」をアップした。昨日と今日の午前中で合計7本のエントリーを更新した。各エントリーの文字数を順に上げると、2,585、7,154、6,760、4,098、2,704、1,759、2,909となり、合計で27,969文字となる。400字詰め原稿用紙換算で約70枚である。

人は28,000文字の文章を読むのにどれだけの時間を要するだろうか? 人が1分間に文章を読むスピードの平均は400〜600文字だと言われている。中をとって500文字で計算してみると28,000文字の文章を読むのに掛かる時間は56分間ということになる。なんだ、1時間にも満たないのか。私ならそこそこきちんと眼を通しても3〜40分あれば読了できるだろう。1時間掛かるとしてもテレビドラマを1本見る時間と同じである。

1日半で28,000文字であるから大雑把に計算すれば1日20,000文字程度ということになる。1分間に500字のペースで読むとして1日分40分の時間を使うことになる。なんだ1日にたった40分使えば良いのか。読むスピードが少し遅い人でも1日1時間使えばこのペースで更新されたとしても毎日このブログを読むことが出来るというわけだ。

もちろん、そこまでして読んでいる人間は指折り数えるほどしかいないだろう。それで構わない。私は「一人の読者との対話」をするためにこのブログを書いているのだから。だから、「0123okkunさんへ」とか「sunnydayさんへ」というエントリーを書いているのである。タイトルに「宛名」としては記さなかったが「初心者A」さんに向けた書いた文章もあるし、この間書いたエントリーのすべては、それを書いているときに「Mon's Cafeさん」と「SunsetLine」さんを念頭に置いて書いた。実際、文中で二人に向かって言葉を送っている部分がある。

また、この間何度もコメントを下さった「59kisaragさん」と「cranberrycaさん」のことも念頭に置いて書いた。「59kisaragさん」に向かった書いた文章もある。ご本人も間違い無く「ああ、この部分は私一人に向けて書いたんだな」と承知された上で読まれたことであろう。更には、「『フラットな光』という定義は『光の方向性』に基づく定義である」は「元祖一読者」さんに向けて書いた文章である。彼はこのブログのもっとも熱心な読者であった。この3年間にこのブログ(と前のブログ)に書かれた文章を一番熱心に読んでくれたのは間違い無く「元祖一読者」さんであろう。しかし、私はこのエントリーを「元祖一読者」さんへの「決別」の言葉として書いた。その理由はここでは書かない。

果たして、私の文章を読むために毎日1時間を使う「価値」があるだろうか? それは人それぞれだろう。大半の人はそこまでして読むことは無い。そもそも、毎日1時間文章を読んでいる日本人がどれほどいるだろう? いや、新聞を読む習慣のある人にはそういう人は少なくないだろう。しかし、デジタルネイティブ世代、青年時代の初期からパソコンやスマホを使ってきた世代に毎日1時間「読書」をする人間がどれくらいいるだろうか? あまり多くないだろうと思う。近年は電車の中で本を読んでいる若い人をほとんど見かけなくなった。昔は一車両に何人かは見かけたものであるが…

0123okkunさんは、このブログの過去ログばかりか、このブログの前にやっていた『午後の陽射し』に掲載されているエントリーまで読み漁っている。それはまさに「漁っている」と言うにふさわしい読みっぷりである。彼が本日午前1:51に「0123okkunさんへ 物事を対象化する力を持とう! そしてあらゆる光をを撮れ!」のコメント欄に書き込んでくれたコメントには「多い所では理解するまで繰り返しブログを開いて15回は読んでました」と記されていた。

見上げたものである。いまでは耳にすることも少なくなった言葉であるが「読書百遍意自ずから通ず」という言葉がある。それくらいの熱心さがないと物事を深く理解することはできないだろう。実際にそれをやれる人間というのは極めて少ない。そういう人間の中から優れた業績を生み出す人間が出てくるのである。

私は、昨晩遅くに書いた「sunnydayさんへ 1年後の展示を目指して作品を撮り始めたら良いと思います」というエントリーの中で「貴方に教えることはあまりないと思います」と彼に伝えた。それに対して彼は次のようなコメントを寄せてくれた。

dialogue2017さんからは教えることはないと言われてしまいましたが、写真以外のことでもいろいろとご教示いただきたいです。

なんとなく"こそばゆい”思いがないでもないが、とても嬉しく感じた。そもそも、「貴方に教えることはあまりないと思います」と言う言葉に続けて私は次のように書いた。

貴方に教えることはあまりないと思います。少なくとも「理論」や「技術」については教えることはありません。ただ「ものの考え方」とか「捉え方」では学んでもらえるものがあると思います。僕の話は直ぐに役に立つような話ではありません。あえてそういう書き方をしているんです。「親の小言と冷や酒は、直ぐに効かぬが後で効く」ということわざがありますが、そういうものとして書いています。直ぐにわかる「ノウハウ」とかも必要ではあるんですが、そんなものを教えている人は星の数ほどいます。本もあるしネット上にも情報がある。だから僕は「小言」を言っているんです(爆)。でもね、「口うるさい」小言を言う人間は必要なんです。誰かが嫌われ者を買って出る必要があるんです。

またこの文章のあとではこう書いている。

しかし、「ものの捉え方」であるとか「考え方」というのはなかなか自学自習出来るものではありませんし、写真を撮っているとそういうことはついつい「お留守に」なってしまいます。「上っ面」だけの時代に生まれ育ったのですからそうならざるを得ないんです。ものの見方」「考え方」というのは、その人が持っている「教養」がベースになるんですね。それは簡単に教えられるものじゃ無い。私が息子にそれを教えるためには最低20年の歳月が必要です。そういうものなのですよ。

必要なのは、ヒントを与えてくれる人間の存在です。そして絶えず刺激をしてくれる人の存在です。更に言えば自分を厳しく「叱咤」してくれる「師」の存在です。暇な時にこのブログの過去ロブをポツポツと読んでいただければ、貴方は私から何かを学んでくれると思います。

私はこの様に自負している。この自負は揺るぎなく強いものである。誰かが私からなにかを学ぶことが出来るとすれば、それは「ものの見方」についてであり「考え方」についてであり、ひいては「生き方」についてである過去、私と出会ったことによって人生が大きく変わった青年は沢山いる。私には強烈な影響力があるのである。私はこのブログでは私のそういう「強烈」さのせいぜい10%程度しか見せていない。実際に私に接し、「生の言葉」を聞いたらならば、そこから受けるインパクトは相当強烈なものだろう。

「貴方は聞いている人々を催眠術に掛けてしまう」とまで言われるほど私の「語り」には猛烈なものがあるのである。私が書いた文章を読んだだけで私に「魅了」される人間がいるくらいである。そういう人間が私の生の「言葉」を聞いたら、読んだときの数倍のインパクトを受けるであろう。自分で言うのもおかしな話だが、私は「はんぱない」のである。完全に規格外なのである。私が主宰していた私塾を外から見ていた友人たちは、「お前は完全に"グル”だね」と評したものだ(笑)。

今日も書いておくが「自慢」をしているのでは無い。私には「自慢」をする必要が欠片も無い。自慢などしなくても「賞賛」されるのはわかっているのだから。この40年間、たくさんの「信者」がいたのである。私は「危険」な人間なのである(笑)。親しい友人たちから「お前が新興宗教をはじめたら、オウムや幸福の科学なんて目じゃないな」と言われたような男なのである。

はっきり言っておくが、私は「偽物」ではない。麻原彰晃や大川隆法のようなペテン師では無い。自らの欲望のために「人を騙る」ような人間では無い。私の価値観の柱は「他者のために生きる」ことなのである。自分の欲望の為に生きることになどなんの関心も無い。「自分」などちっぽけな存在に過ぎない。そんなちっぽけな自分の欲望の為に生きるなんて馬鹿馬鹿しいとしか思えない。自分の人生が、自分の成したことが世の中の多くの人の幸福に繋がるような生き方をしたいと思っていた。だから17歳の時私は「革命家」になることを決意したのであった(革命に専念するため高校を辞めた)。

しかし、その後沢山勉強して「革命」によって人間社会が根本的に良くなることはあり得ないという結論を得た。それはある意味で「絶望」であった。人間社会を根本的に良く出来る可能性が無いとしたら、自分の人生にはなんの目的も無いと言う風にしか思えなかった。そういう葛藤は「四十」を迎えた頃に始まり、数年間続いた。私は「四十にして惑わず」ではなく、「四十」の頃にもっとも「惑った」のである。

話を戻そう。私は自分の個人的欲望を満たすことに大きな意義を感じない。そんなものはとてもちっぽけなものだ。あえて辛辣な表現をすれば、そういうのは「俗人」の欲望である。私は「天下国家」レベル以下のことに対して大きな興味を抱くことが出来ない。それは「いいとかわるい」とか、「そうしたいかしたくないか」ということでは無い。ただ、そういう「性分」を持って生まれてきたというだけの話である。

「良い写真の撮り方を教える」などということに大きな関心は無いそんなものは「天下国家」のレベルから見たらあまりにも「下らない」領域のことでしか無い。この地球上では今日も6秒間に一人の人間が"飢え”で死んで行く。その多くは幼い子どもである。こうやって1分間文章を書いている間に小さな子どもが10人死んでしまった。それは、Mon's Cafeさんの息子やSunsetLineさんの娘たちと同じような年頃の子どもである。0123okkunさんのお子さんと同じような年齢の子どもたちが、今日も6秒間に1人のペースで餓死しているのである。今から1時間後までに600人の子どもが死んで行くのである。こんなことを許して良いのか? こんな状態を続けていて良いのか? 我が子が飢えて自分の腕の中で死んで行くシーンを想像して欲しい。

私はこのことをいつも考える。もう40年以上ずっと考えている。こういうことと比べたとき、「良い写真の撮り方」なんていうものは実に馬鹿馬鹿しいことだとしか思えない。そうなんだ。実際に馬鹿馬鹿しいことなんだ。「良い写真」を撮って何になるんだ? 何にもならない。起こることは、自分の写真が他人から賞賛されてとても良い気持ちになると言うことだけだ。もしかしたら、幾ばくからの収入を得ることができるかもしれないが、多くの人が「良い写真」を撮りたいと思う動機の根っこにあるのは「褒められたい」という願望に違いない。

一般的に、「表現活動」のもっとも大きな動機は「自己補償」なのである。他者から「賞賛」を受けるために「表現活動」をするのである。私はそれがいけないことだとは考えていない。他者から認められたいというのは人間が抱いている根本的で本質的な願望であるのだから否定したところで意味が無い。人間が「類的存在」である以上、同じ「類」の仲間から認めて貰いたいと思うのは当然のことなのだ。私の中にも他人から認められたいという願望はある。それがゼロだと言ったらウソになる。

しかし、私の場合その願望はかなり小さい。なぜなら「天上天下唯我独尊」だからである。まだ幼い頃から、私は自分で自分を優秀だと認識していた。群を抜いて頭が良く「神童」と見られた子どもであった。中学生の頃、テストが終わると国語の教師や英語の教師や数学の教師が「今回も黒板の横にH君の答案用紙を貼っておくので、あとで答え合わせをするように」とやっていたのだ。それくらい頭が良かった。だから、私は「他者から認められたい」という欲望をほとんど抱かなかった。それは欲望以前に"現実"として与えられていたのだから。私はいつでも認められてきた。

東大を出て司法試験を3回以内で受かったような有能な弁護士たちから「Hさんぐらい頭が良かったら俺たちの仕事も楽になるだろうな〜」と羨まれたほどである。論理力、頭の回転の速さ、文章力、そういったものが自分たちとは桁違いだと彼らは認識しているのである。こっちは高校中退だからたちが悪い(爆)。

※旧司法試験は我が国ではもっともも難しい資格試験であると言われた試験である。旧司法試験時代の合格率は3%を切っていた。合格者の平均受験回数は6.7回であった。裁判所は基本的に3回以内に合格した修習生からだけしか裁判官をリクルートしない。そのレベルの修習生の能力が抜きん出ているためである。自慢になるが、妻は裁判所から袖を引かれた。彼女は2回目の受験で合格している。

私のこの才能は私の努力によって育まれたわけでは無い。私は努力する才能を持って生まれなかった。だから、61年間の人生で努力と呼べるような努力をしたことがほとんどない。私の能力は「天賦の才」だと言うことである。たまたまそういう力を授かって生まれてきたと言うだけのことだ。なんの努力もしないのにそれを与えられていたと言うことでしか無い。

「天が授けてくれた才能」なのだ。だから、それは「私」の為に使う訳にはいかない。

私が自分で苦労をして育んだ才能であればそれを「私(わたくし)」することに大きな躊躇いを感じないかもしれない。しかし、私はただ「天から与えられた」だけなのである。それを「私」の為に使うなんてあまりに「ずるい」話じゃないか? 私は中学2年生の時にそう思ったのだ。「この才能」は自分自身の為にでは無く「世の中のため」に使おうと決めたのである。そして私は17歳の時に「革命家」になろうと決心した。

私が与えられた能力を「良い写真の撮り方」を教える程度の為に使って良いものだろうか? 本当は良くないことだと思う。6秒間に1人の割合で餓死していく幼い子どもをなくすため、一人でも多くの子どもを「救う」ためにこそその能力を活かすべきだと思う。しかし、17歳の時から本気で社会運動に取り組んではみたが、どうやっても「世界は変えられない」という現実に「敗北」した。逃げたわけでは無い。諦めたわけでも無い。ただ、どんなことをしてもこの世界を変えることは出来ないという「事実」を知ったのだ。残念無念であった。しかし、それは認めるしか無かった。そう結論づけられるほど沢山勉強師から。私は人生の目的を最後的に失った。

だから何もしないで良いと思ったわけでは無い。実際何もしなかったわけでは無い。その後、成果を生み出せる領域でいくつかの活動をした。38歳の時、自分の塾の塾生とある「人権擁護運動」に取り組んだ(その事件を題材にテレビドラマが作られた。脚本は野島伸司で主役は"のりぴー”)。その活動は大きな成果を上げた。人権蹂躙された障害者の人権回復の裁判を行い、絶対に勝てないと言われた裁判に勝った。そのことによって、障害者の権利擁護の運動の大きな前進が勝ち取られた。ちなみに、現在の妻はその裁判の弁護団の一員であった。

2011年4月10日から私は毎週被災地に通った。当初、3泊4日のスケジュールで出かけていたので週の半分は家を留守にした。2011年の4月初旬がどういう時期だったか覚えている人は少ないだろう。まず、福島原発が爆発する恐れがあると言われた時期である。原発から30km圏内の南相馬市には、宅配業者が運搬を拒否したため支援物資が届かないという情況だった。南相馬市の隣の「飯館村」ではその後全村避難となった。半年以内に3.11を上回る地震が起こる可能性も十分あると言われていた時期で、実際に大きな余震が頻発していた。

息子は4歳だった。娘はまだ1歳。この時期被災地に入るというのは「命を捨てる覚悟」がないと行けなかった。道路はあちらこちらで寸断されていたし、陸前高田市の市街地など原爆を落とされた直後の広島の光景と見まがうような光景であった。私が最初に支援物資を届けたのは南相馬市であった。福島原発が爆発するかもしれないと言われていた時期である。そこに行けば命を失う可能性があると言って決して大げさな話では無い事情だった。私が死んでしまえば、まだ1歳であった娘は父親の記憶をひとかけらも持つことの無い子どもになる。それを思うと不憫に思えた。

しかし、誰かが行く必要があった。この時期、まだボランティアで現地に向かった人々はとても少なかった。ガソリンが買い占められガソリンを買うことさえ大変な時だったから。だが、誰かが行く必要があった。だから私は向かった。数年おきに2〜4月に悪化する持病の咳喘息がこの年は非常に悪化し、日常生活さえ苦しいほどの体調であったが私は被災地に向かった。そして、以後2012年の2月まで11ヶ月間、私はほぼ毎週被災地に足を運んだ。誰かがやらなければいけないのに、誰もやらないとき、それを担うのが私のような人間に与えれた「使命」だから。天が私に「汝行くべし!」と言ったのだ。

全く個人ベースで支援金を集めた。その当時やっていた「ブログ」で呼びかけた。集まったお金で夏場は約3,000台の扇風機を仮設住宅に住む被災者に届けた。当時、東北地方では扇風機は品切れで買うことが出来なかった(東京でも事情は同じだった。集めるのにもの凄く苦労した)。秋になって私はストーブを買いあさった。日本中で品薄で正規のルートでは手に入らない時期だった。「裏ルート」を使って入手した。約1,800台のストーブを冬を迎える前の被災者の方々に届けた。「一個人」の行った物資支援では最大級だろうと言われた。テレビでも新聞でも何度も取り上げられた。

細やかな社会貢献しか出来ていないことを恥ずかしく思っている。自分の能力を考えたらこの程度のことしかしていないことを本当に恥ずかしく思う。私が「普通の人」であればこれだけのことをやったら立派だと褒めてやっても良いだろう。しかし、私は「普通の人」では無いのである。この程度のことは「申し訳程度」でしかない。

そうは思うのだが、やはり私は根底的な部分で「絶望」しているのである。人間は愚かで、人間社会がもっと良くなる可能性など無く、反対に今後どんどん悪くなる一方だとしか思えない。勉強すればするほどそう結論するしかなくなるのである。「今後ドンドン悪くなる一方」となった最大の「転機」は「デジタル社会」の到来である。デジタル社会が人類史にどれほど巨大なパラダイムシフトをもたらしたからについては、一部の学者などが指摘しているが、それがもっとも推し進めたのは「経済至上主義」である。人類は最後の「パンドラの箱」を開けてしまったと思う。

私は絶望している。人間は哀しい存在だと思う。もちろん、素晴らしい人間も沢山いる。心から賞賛したい人々が世界には沢山いる。しかし、総体としての「人間」は哀しいくらい愚かな存在だと思う。地球上に戦火が止んだことはない。いつもどこかで戦争が行われている。国家間における戦争が無い時期でも「内戦」というかたちで戦争が行われている。巨大な富を持つ人々が少なくない数いるこの世の中で6秒に1人の子どもが死んで行く。我が国でも事情は同じだ。一握りの富者が人間として不必要なまでの贅沢をしている一方、現在我が国の子ども6人に1人が「貧困家庭」で暮らしているのである。若い世代の男たちが「勇気」を失ったのもやむを得ない。これほどまでに「希望」が無い社会で生き抜くためには「従順さ」を身につけるしか無いのだから。

若い世代を責めようとは思わない。反対だ。そんな社会を作った大人たち、若い世代をひ弱にしてしまった大人たちこそが責められるべきなのだ。私の世代はちょうど両世代の狭間世代である。しかし、私は「狭間世代」であることを盾にして責任を逃れたいとは思わない。私はすでに「老人」である。その一事を持って若い世代に対する責任を負っている。上の世代がどうしようも無いこの国を作ってしまうのを止められなかった責任が私たちの世代にはある。

私はその「責任」をほんの僅かでも果たすために若い世代に鞭を打ちたい! おい、お前ら目を覚ませよ。そんな生き方で本当に幸せなのか? 自分のことしか考えられないような自分を本当に好きになれるのか? 100人の男たちの99人が糞野郎になっても、お前だけは真っ当な人間として生きろよ! 逃げずに立ち向かう男はいないのか? 熱い心を持った男はいないのか? 自分の子どもたちの世代のために責任を背負う覚悟のある父親はいないのか? 身を焦がすほどの情熱を胸に秘めた男はいないのか?

取りあえず一旦ここで筆を置く。そろそろ娘のボルタリングレッスンが終わる頃だ。世界中で一番愛しい女性と、二番目に愛しい女性を迎えに行かなければならない(娘と妻)。続きはまた後で書く。疲れたので誤字脱字はアップした後に訂正する。


by dialogue2017 | 2018-11-23 17:00 | 人生論 | Comments(3)

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by dialogue2017 | 2018-11-22 19:00 | 人生論