カテゴリ:学問など( 1 )

保守主義者・西部邁の死

1月21日に、評論家であり社会経済学者である西部邁さんが亡くなった。「自裁死」である。西部さんからは多くのことを学んだ(と言っても、氏の著書からであるが)。私は、「保守主義」に与する者ではないが、真の保守思想の中には否定しようが無い真理が孕まれていると思う。

この写真は西部さんの著書を撮ろうと思って撮ったものではない。夕方散歩に出掛ける時、階段の踊り場に柔らかい光が差し込んでいたので何気なく撮った1枚である(我が家は窓が多く壁面が少ないため階段の踊り場に書棚を設置している)。散歩から帰ってきて撮ってきた写真をパソコンに落としたとき、西部さんの著書の入っている段でピントを合わせていたことに気がついたのである。薄暗かったので絞り開放で撮ったため、1段上の棚に入っている書籍はアウトフォーカスとなっている。最下段にも西部さんの著書が並んでいて、その段は辛うじてピントが「合って」いるため、奇しくも西部さんの著書だけを意図的にクローズアップした写真のようになった。

西部さんに対しては「愛憎相半ばする」感情を抱いていた。人柄としては愛すべき無邪気な人だったのだろうと思う。私は、氏の著書の端々に深い「愛情」を覚えた反面、彼に「敵意」も抱いていた。一人の人間に対して、これほどはっきりとしたアンビバレントな感情を抱いたのは西部さんに対してだけである。私は「単純」な性格なので、「愛」と「憎」という相反する感情を同時に抱くことは難しい。なんどか会いに行こうと思ったことがあったが、ギリギリのところで踏みとどまった。しかし、やはり一度ぐらいはお目に掛かっておくべきだったと少し後悔している。

すでに自らの「死」というものを現実的な問題として考える年になった私にとって、西部氏の「自裁死」は心を刺激する出来事であった。しかし、それについて記すと長文となることを避けられないし、このブログを訪問して下さる読者諸氏の関心からは外れるだろうから止めておく。

なんであれ、私は氏から少なからぬことを学んだ。追悼気持ちを込めて、氏の著書を一通り再読しようと思っている。

e0367501_18201377.jpg

[PR]
by dialogue2017 | 2018-03-10 19:00 | 学問など | Comments(0)