カテゴリ:閑話( 70 )

京都・上寂光寺。2017年11月13日撮影。

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「そうだ 京都、行こう。」というCMはもう25年続いているそうである。最初に見た時にはインパクトがあった。しかし、25年たって初めて「そうだ、京都に行こう。」ではなく「そうだ 京都、行こう。」であることに気がついた。日本語の「作文作法」からするとおかしな記述である。口語なら「そうだ、京都に行こう!」となる。文章で表現しても同じである。

「そうだ京都、行こう!」では明らかにおかしい。それを自覚しているから、「そうだ」と「京都」の間に「空白」を入れて「そうだ 京都」としている。しかし、真っ当な日本語作文の作法では文中に「空白」を入れることはない。文中を「区切る」さいには「読点」を使用するのが日本語作文の作法である。

いっそのこと、「そうだ 京都 行こう!」ならまだわかる。これなら通常の日本語作文の作法を踏襲せず書いていることがわかるから(CMなのだからそれでもいいと思う)。しかし、「そうだ 京都、」と読点を入れると話が分からなく成る。「読点」の使用はオーソドックスな日本語作文の作法である。日本語文の文中において文章を区切る際には「読点」を打つのがルールである。「空白」によって区切った直後で今度は「読点」によって区切るのではもう「ルール無し」の記述である。

やはり「そうだ、京都に行こう。」が真っ当な日本語文なのである。話し言葉が大きく崩れていることに暗澹たるものを覚えているが、書き言葉まで崩れていくとなると、いよいよこの国そのものが崩れて行かざるを得ない思う(もうそうなり始めて久しいが)。言葉が崩れると言うことは、文化が崩れることに繋がるし、人間同士のコミュニケーションの低劣化を生み出す。人間にとって「言葉」というものは非常に大きな意味を持っている。それはたんに「言葉」ということに止まらない多様なモノを含んでいる。文化の基礎は言葉にあると言って過言では無い。

「言葉」をデタラメに使う人間が写真を撮ると、「写真」が崩れていく。言葉に「文法」や「記述規則」があるのと同じように「写真」にも「文法」や「記述規則」に類するモノがあるからである。例えば一つの例を挙げれば「白飛び」がそういうモノに当たるだろう。

何でもありの時代になって久しい。その結果、あらゆるものが崩れてきている。倫理や道徳が大きく崩れた。社会規範が崩れた。結局、「自分(と家族)さえ良ければいい」と言うのが大多数の人間の「本音」になってしまったのだ。その裏返しが「互いに褒め合う」という風潮を生み出した。社会の大多数の人間が互いに褒め合えば沢山のモノが崩れていく。「モノクロ写真ジャンル」に掲載される写真を見ているとそれを感じる。

先日見た「ワークショップ2B写真展」の展示作品は素晴らしかった。まさに十人十色、百人百様の展示であった。そこには誰かの物まねではなく自分が撮りたいモノを撮った写真が並んでいた。出展者の数だけの「個性」が輝いていた。しかし、そこに「一本の筋」が通っているのを私は感じた。まず、なによりも感じたのは誰かの模倣であるような作品がほとんど無かったことだ。「本当に自分が撮りたいモノをとる」という「一本の筋」が通っていると感じた。

その一方で、長い写真文化の中で確立された「写真のルール」のようなモノが守られていると感じた。そうなっている理由はハッキリしている。一人の「師匠」の指導を受け、写真にとって一番大事なことを覚えるところからスタートした青年たちの作品だからである(老年も参加していたけれど)。彼らには共通した「基礎」があると言うことである。

私は「保守主義者」ではない。長い人生を「反保守主義者」として生きてきた。しかし、人の世には「ルール」が不可欠であるし、文化や芸術にも「原理原則」は必要だと思う。そういうモノを根底で支えるのは「言語」である。写真や芸術作品を解釈する際に「文脈」という言葉を使ってアナライズするのは、その根底に「言葉」が孕まれているからである。

人は何かを「表現」するために「絵を描いたり」「音楽を作ったり」「写真を撮ったりする」。それらは「言葉」では表しきれないモノ・コトを表現するためにノンバーバルな手段を使って表現を行ったものである。しかし、人間にとってもっとも根源的でオーソドックスな表現手段は「言葉」である。人間は「言葉」というもの無しにはモノを考えることが出来ないからである。モノを考えることが出来なければ「表現活動」を行うことは不可能である。であれば、あらゆる「表現行為」の中には、必ず「言葉にできるモノ・コト」が孕まれている

一概には言い切れないが、良い写真を撮っている人間は自分の作品を言葉で上手に説明することが出来る。言葉で表現できないと言うことは、その「写真」を理解していないと言うことなのだから。「写真」と「文章」はとてもよく似ていると思う。文章を推敲する作業と、写真をレタッチする作業はほとんど同質の作業だと思う。言葉に対して「真面目」であることは、「写真」に対しても「真面目」である姿勢を生むと思う。「言葉」を乱暴に扱ったり、軽々しく扱う人間は「写真」にたいしても「軽々しく」向き合うと言って、あながち間違っていないだろう。

「言葉」は人間にとって根本的なものである。だから、「弄んで」はいけない。


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by dialogue2017 | 2018-10-20 18:30 | 閑話 | Comments(0)

どうしても39年前に使っていたPanasonicのカートリッジの「型番」が知りたくて調べてみたら簡単に見つかった。Pnasonicブランドではなく「Technics」ブランドであった。そうであった。「パナソニック株式会社」が販売する音響製品のブランド名は「Technics」であった。で、件のカートリッジの型番は「EPC-100C」であった。

こんなことを調べたのは懐かしさからではない。私はひとつ前のエントリー「閑話(68)」の中で、「このPanasonic製のカートリッジは原音を忠実に再生すると言う点において非常に優れた製品であった。『SHURE』を聞き慣れた後にこのPanasonic製カートリッジでレコードを掛けると音がもの凄く『堅く』感じられたものである」と書いた。「堅く」というのは「原音に忠実」という意味であることを前後に記した。つまり、このカートリッジを使ってレコードを再生すると、他のカートリッジを使ったときと音がまるで違うのである。それは、まるで生演奏を聴いているかのような音であった。常用していた「SHURE V15 Type Ⅳ」はジャズレコード再生にとってナンバーワンという評価を得ていたカートリッジであり、当然「生の音」に近い音を拾い出すカートリッジであったわけだが、それと比べても「EPC-100C」は「音が一変」するほどリアリティの高い音を出した。ギターの音色などは、本当に目の前で鳴っているかのように聞こえた。

私は1日といえど「オーディオマニア」であったことはない。『オーディオ評論』とか『STREO』と言った雑誌を読んだことは一度もない。オーディオについて勉強したこともない。当時はインターネットなど無かったので、専門誌などを読まない限り専門的ジャンルの知識を得ることは出来なかった。それでも私が多少のオーディオ知識を持ち合わせているわけは、毎月『スイングジャーナル』を読んでいたからである。『スイングジャーナル』にはオーディオについて取り上げるコーナーがあり、毎月著名なオーディオ評論家がオーディオについての話を書いていた。私は毎月それを読んでいた。自分の「趣味」に関連する範囲については最低限のことはかならず知っておくべきという考えだから。

「閑話(68)」の中で、私はまるでEPC-100Cが我が国最高峰のカートリッジであるかのような文章を書いたが、それは本当のことなのか心配になった。で、調べてみたのである。私は自分が書いたことに大きな間違いが無いか、書いた後に検証してみることが良くある。情報を発信する以上、発信した情報について責任を持つべきだと考えるからである。そういう理由で私は夕食後にEPC-100Cについて調べてみた。するといくつかの記事がヒットした。その中の一つに『ステレオの産業史』という本格的なサイトがあった。

そこに、EPC-100Cが取り上げられていた。そこには、「聞き慣れたレコードが一変。テクニクスMMカートリッジの集大成」「我が国初のMMカートリッジを登場させたテクニクスが、その限界に挑んで開発」と記されていた。たしかに、あのカートリッジが拾い上げる音は限りなく「生の音」に近かったと思う。もちろん、スピーカに生の音を再現する能力がなければ実現しないことであるが、「音の入り口」であるカートリッジが「音源」(レコード)に刻まれた「原音」を忠実に拾い上げない限り、どんなに高性能のスピーカーを使っても原音に近い音は出ない。オーディオの世界では「音の入り口」と「音の出口」が決定的に重要なのである。間違ったことを書いていなくて良かった。定価は60,000円と記載されていたが、これは1976年に発売された当時の価格であり、私が使っていた1980年当時に70,000円だったことは間違い無い。

オーディオの音質は「音の入り口」と「音の出口」がもっとも大きな影響を与えると言うのが定説である。「中間」にあるアンプリファイアーについては「あまり大きな影響はない」と言い切るオーディオ関係者もいる(代表は"この方”)。

まあ、オーディオの話はどうでもいい。暇つぶしに書いただけなのだ。ただ、この文章を書いていて思ったことがある。「音の入り口」と「音の出口」が決定的に重要だと言うことについてである。私はこの間二度ほど「レタッチの重要性」という話を書いた。"ここ”"ここ”に書いた。後者は昨日書いたばかりのエントリーであるが、私はその中に機械的に記録された光を、自分のイメージに合わせて手直しすると言う作業は、ある意味『二度目の撮影』だと言っても良いと思う」と書いた。これは最近の私の「実感」を率直に書いたのだが、この一文には、レタッチが「撮影」に比する重みを持っていると言うことが表されていると言って良い。

考えてみれば当たり前のコトなのだ。写真は撮っただけでは写真にならない。フィルムの時代であればまずフィルムを現像しなければならなかった。フィルムを現像しただけではまだ「写真」ではない。それは「ネガ」であるに過ぎない。その「ネガ」を使ってプリントをして初めて撮影した光景が「写真」として結実するわけである。であれば、「写真」というものにおいて「プリント」は「撮影」に比する重要さを持っていると言って良いわけである。いや、ある意味では「撮影」以上に「プリント」が占めるウエートの方が大きいと言っても過言では無いだろう。デジタルフォトになった今では、「撮影3割、事後処理7割」などと語る写真家もいるくらいで、写真の出来不出来を決める要素としては「レタッチ」の方が重みを持つほどになっている。

いまは「事後処理」(レタッチ)で「如何様にも出来る」と言えるような時代である。例えばシャドーに関してなら-2.0EVで撮っても綺麗に起こすことが出来る時代である。しかし、ハイライトに関しては飛ばしてしまったらもうどうにも出来ない。デジタルの世界での「0」は「データがありません」だからである。私がことある毎に「白飛びはさせてはいけない」と書き続けている理由は、デジタルフォトの撮影において一番重要なことは「白飛びさせない」ことだからである。「撮影時に一番気をつけていることはなんですか?」という質問をプロカメラマンにすれば、たいがいのカメラマンは「白飛びさせないこと」と返答するだろう。飛ばしてしまったらレタッチではどうしようも無いからである。取り返しの出来ないミスを避けると言うことがプロにとって一番重要なのは理の当然である。

話を纏めると、写真の場合も「入り口」と「出口」は決定的に重要だと言うことである。まず、とにかく「適正露出」で撮影しておくことが重要である。いまはカメラのAEの性能が非常に高くなっているので難しいことではない。そして「出口」であるレタッチも非常に重要である。なぜなら、これも昨日書いたことであるが、世界一優秀なカメラを使っても、写真は自分が思うとおりには写ってくれない」からである。だとしたら、撮影後に「整える」ことは不可欠と言って良い。

何度も書いてきたが、「レタッチ」と言っても難しいことではない。「私はレタッチは苦手」と口にする人がいるが、全然難しいことではない。「ハイライト」と「シャドー」と「コントラスト」の微調整をするだけで良いのだ。「難しい」と感じる理由は、その「落としどころ」がわからないからだろう。「落としどころ」は「最高峰」の作品(写真)を見続けることによって自ずと涵養されるものである。

ステレオでも、車の運転でも、料理でも、写真でも、なんでも同じことである。物事には「基本」がある。優れた「ステレオ」「車」「料理」「写真」、これらすべては「基本」の上に成り立っているのである。高いレベルに到達した後に壁にぶつかった際に戻っていくのも「基本」である。どんな物事でも、なによりも重要なのは「原理原則」(基本)である。

この話は、先日紹介した「師匠がいるやつは羨ましい」「帰って行ける基本があるから」という渡部さとるさんの話にも通じる。ワークショップ2B出身者の展示作品のレベルがアマチュアとしては各段にレベルが高い理由は、優秀な師匠の指導を受けた人々が撮った作品だからである。渡部さんは受講者の写真を滅多に褒めない。グループ展の前には何度も何度もダメ出しをするのでノイローゼになる受講者もいるほどだ。下手くそな写真を互いに「いいっすね」と褒め合う「写真ブログ」の世界とは対極的である。下手な者同士が褒め合っていたのでは上達などあろうはずがない。互いに厳しい批評をしあうことが切磋琢磨の源である。肝に銘ぜよ!

たまたま叔父から譲り受けたオーディオセットに含まれてカートリッジであるが、22歳という若いときにこの我が国最高峰のカートリッジを使ってLPレコードを聴いた経験は私にとってとても貴重な"教訓”となった。「本物」は違うと言うことを私は若くして知ることが出来た。しかし、大切なのは「所有」することではない。「最高峰」の「機器」を「所有」することに満足するのは低水準な人間のすることだ。肝心なコトは「機器」を活かして使うことだ。高級カメラや高額なレンズを持ったら、人々を唸らせるような写真を撮らなければ恥ずかしい。




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by dialogue2017 | 2018-10-19 22:30 | 閑話 | Comments(0)

手持ちで撮ったため僅かに仰角に撮れている。床に這ってまでレベルで撮る気にならない(笑)。しかし、こうしてブログに掲載したら、ほんの僅かに仰角であることが気になって仕方ない。いつも車のラゲッジに積みっぱなしの三脚がたまたま書斎にあるので持ってきてきちんと撮り直そうかと思ったが、馬鹿馬鹿しいと思い直して辞めた。テレビのサイズは50インチ。スピーカーの大きさが想像出来るだろう。


スピーカーは「MITSUBISHI 2S-305」。「DIATONE 2S-305」とも言われるが筐体についている表示は「MITSUBISHI」である。NHK技術研究所と三菱電機が3年掛けて協同して開発した当時国内最高峰のモニタースピカーである。詳細は写真下の本文を参照。


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このスピーカーを手に入れたのは39年前、22歳の時である。スピーカーは電化製品であるがあまり劣化しないようで39年間なんの問題もなく使ってきた。音質が劣化したという様なこともない。電化製品と言っても電気的部品は「マグネット」と「コイル」だけと言って良い至ってシンプルな構造であるため壊れにくいのだろう。このスピーカーは1958年に製造が始まった製品である。私が生まれた翌年である。ちなみに、LEICA M3の製造が始まったのはこのスピーカーより4年前の1954年の事である。LEICA M3が今でも当時と同じように使えるのだから、今年「還暦」を迎えたこのスピーカーが現役として通用するのも驚くに値しない。"アナログ”製品というのは「陳腐化」しないのである。60年後にLEICA M10を使っている人はいないだろう。LEICA M3は偉い(笑)。

このスピーカーは、「伝説のスピーカー」とも呼ばれる"曰く"ある製品である。googleに「2S-305」と入れて検索すると沢山の記事がヒットする。その筆頭に表示される"この記事”の冒頭には次のような説明文がある。

1955年に発表された2S-660から3年を費やし改良されて誕生したスピーカーシステム。
NHK技術研究所との共同研究によって開発されました。
2S-305は何十年もの間、BTS-6131に規定された音質監視用R305の指定名称で、国内の放送局をはじめ海外の放送局や、音響専門メーカー、音響研究所で標準再生用として採用されました。
また、高い技術精度で作られる一つ一つのパーツをシステムとして完成させるため、エンクロージャーの製作、部品の組立て、取付けにいたる過程すべてが熟練した職人による手作業により行われていました。

ようするに、このスピーカーは「民生用」として開発されたものではなく、放送局や音響専門メーカー、音響研究所における標準再生用スピーカーとして開発された製品である。上の引用文に「BTS 6131」という言葉があるが、「BTS」というのは日本放送協会が制定した放送技術規格のことであり、それは「各段にハイレベル」な音質の放送を実現するために作られた規格である(詳細は"wiki”)。※2S-305の開発に携わったエンジニアと想われる人のブログに逸話が記されている → 「平太郎のコラム」

実際、1970年代末まではNHKを初めとする多くの放送局や大手レコード会社のレコーディングスタジオでこのスピーカーが「音質監視用」として使われていた。1980年の初頭にはまだこのスピカーを使っていた放送局やレコーディングスタジオが残っていた。CBS SONYの信濃町スタジオで現役として使われていたと記憶している。

モニタースピーカーというのは「音質監視用」スピーカーと言うことである。「監視」という言葉がちょっと馴染みにくいニュアンスであるが、ようするに「原音」を「忠実」に再現するためのスピーカーである。テレビ放送やレコーディングを行うためには「原音」を「忠実」に再現できるスピーカーが不可欠となる。そういう用途のために開発・製造された製品だと言うことである。

実は、モニタースピーカーの音は「堅い」。このスピーカーで、原音を忠実に再生する能力の高いカートリッジを使ってデジタルマスタリングカットされたLPレコードを初めて聴いたときには衝撃的であった。ほぼ生演奏を聴いているのと同じ音なのである。その時聴いたのはジャズ界で「King」と呼ばれていた"ベニー・カーター”のLPレコードであったのだが、音が鳴った瞬間の感想は「目の前にベニー・カーターがいる」であった。「音源」であるデジタルマスタリングカットされたLP、最高級のカートリッジ、そして原音を忠実に再生するモニタースピーカーと3拍子揃ったシステムがたたき出す音は本当に衝撃的であった。ちなみに、私はベニー・カーターの演奏を生で聴いたことがあるが、この時の音はLIVEで聴いた音以上にリアルだった(LEIVは大ホールで聴いたので)。

このブログの訪問者にオーディオの話に興味のある人は多くないと思うが、もう少し書く(結論だけ読みたい人は末尾のピンク色の文章を読め)。オーディオファンであれば誰もがご存じであろうが、同じスピーカー、同じアンプを使ってレコードを再生しても、カートリッジを変えると音質は大幅に変わる。「全く別物」というほどに変わってしまうのである。「音の入り口」は決定的なのである。

コンシューマー向けスピーカーは「耳障りの良い音」が出るように作られている。しかし、「音質監視用」スピーカーであるモニタースピーカーはあくまで「原音」を「忠実」に再現するためのものである。だから、民生用スピーカーに比べると音が「堅い」。例えば、ドラマーがシンバルを叩いたときに発生するスティックから生じる「木の音」まではっきりと聞き取れる。「木で叩いている」のだということがリアルに伝わってくるのである。そいうスピーカーで長時間音楽を聴くと疲れる。だから、民生用スピーカーは音を「柔らかく」聞こえるようにチューニングしてある。

若い頃は主にJAZZを聴いていたので、「SHURE V15 Type IIII」や「SHURE V15 Type Ⅳ」を使っていた。JAZZを聴くためのカートリッジとしてはもっとも評価の高いカートリッジであった。別途、型番は忘れたがPanasonic製のカートリッジを使っていた。というか、こちらを先に使っていてあとから「SHURE」を使い始めたのであるが、このPanasonic製のカートリッジは原音を忠実に再生すると言う点において非常に優れた製品であった。「SHURE」を聞き慣れた後にこのPanasonic製カートリッジでレコードを掛けると音がもの凄く「堅く」感じられたものである。ちなみに、このカートリッジは40年前の価格で7万円もした。いまなら20万円はするような製品だろう。

JAZZのライブなどを聴いたことがある人であればよくご存じであると思うが、ステレオで聴く音に比べて生の音は「堅い」し「激しい」。サックスの音色には「まろやかさ」があるが、その一方「金属的」な音質でもある(金管楽器なのだから当然だ)。コンシューマー向けのスピーカーではこの「生音」は再現されない。コンシューマー向けのステレオ装置というのは「聴き疲れしない」「心地よい」音を作っているからである。しかし、現実の生の音は「強い」。モニタースピーカーはそれを可能なかぎり「忠実」に再現することを目的に開発製造されたスピーカーである。

しかし、我が家の2S-305はかなりマイルドな音を出してくれる。その「原因」は「管球式アンプ」を使って鳴らしているからである。管球式アンプというのは、例えてみれば「PORTRA」のような音を出してくれるアンプなのである(実際、真空管は「アナログ」システムである)。私が使っている真空管は「300B」と言う真空管である。googleに「真空管 最高峰」と入れて検索すると「300B」に関する記事がズラズラと並んで出てくる。

一般的に、真空管アンプはトランジスタアンプに比べて「柔らかい」音を出すと言われるが、300Bは「もっとも真空管らしい音を出す」と言われている製品である。"こちら”のコラムから引用させて頂くと「音質的には中高域の粒立ちが極めて細やかで繊細感があり、中低域にかけて量感(ふくらみ)のある聴き易い音質であるのが特徴です。言い替えれば”最も真空管らしい音質”といえるのが300Bとも言えましょう」とのことである。

300Bはアメリカの「ウエスタン・エレクトリック」社の製品で、かつては非常に高額(数十万)であったため「高値の花」と言われた真空管であるが、1990年代以降中国製が出てきて誰もが購入できる値段となった。300Bにも沢山の製品があり、いまだに30万円を超えるモノがある一方中国製の中には1万円程度の製品もある。私のアンプの300Bが中国製であることは言うまでも無い(笑)。

大きなスピーカーは大きな音で鳴らしてこそと思われがちであるが、実は、小さな音量で鳴らしたときでも違いがはっきり分かる。排気量の大きなエンジンを積んだ車を高速道路で比較的低速度で走らせたときにも大きな「ゆとり」を感じるのと同じことである。だから、夜中に低音量で掛けてもとてもいい音で鳴るのである。

いや、自慢話がしたかったわけではない。「最近は良く音楽を聴いている」という話を書いたのでついその続きの話を書きたくなり書いてしまったというだけのことである。私はオーディオマニアではない。以前は、もう少しきちんとセッティングしていたが、いまはリビングが狭くギリギリのスペースに置いている。マニアが見たら「ひでーなー」というセッティングである。しかし、私はどんな領域に関しても「マニアックな世界」には近づかないことに決めているのでそれで構わないのである。たいした拘りもなく乱暴にセッティングしていても良いスピーカーはそれなりの音を出してくれるものである。

どんなジャンルであれ「最高峰」に触れることには大きな価値がある(それが人生においてとても大切なことだと言うつもりは無い)。「音楽」であれ、「文学」(文章)であれ、「料理」であれ、ハイレベルなモノに触れ続ければ自ずと薫陶を受けることになる。最高峰の作品は自分を「養って」くれる。「写真」も同じである。

追記。本文で引用した"この記事”を読んでみた。元記事の「青字」の部分の文章を読むと、このスピーカーが「伝説のスピーカー」と言われたことに納得する。


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by dialogue2017 | 2018-10-19 17:30 | 閑話 | Comments(0)

最近よく音楽を聴いている。音楽を聴くことは好きで、毎晩バーボンのロックをチビチビと嘗めながら音楽を聴いている。しかし、日中はあまり掛けない。日中のほとんどは「文字」と向き合っているからである。つまり、本を読んでいるか文章を書いているかどちらかだと言うことである。私の睡眠時間はだいたい6時間前後である。起きている時間は18時間ということになる。その内の15時間ぐらいを私は「文字」と向かって過ごしていると言っても過言では無い。もちろん、何か用事がある日はこの限りではないが、用事のある日というのは滅多にない。

若い頃、1日中JAZZを鳴らしてていた時期があった(当時は土日しか仕事をしていなかった)。その頃住んでいたマンションは壁がもの凄く厚く、特別防音工事を施していたわけではなかったが隣の家に音が漏れることがほとんど無かった。私が住んでいた部屋は7階建てのマンションの7階の角部屋で、スピーカーを置いていた部屋は隣の家と一番離れた部屋であったという事情もある。また、日中はお隣(角部屋だったのでお隣は一軒)も下の階も留守だったため日中大音量で鳴らしても問題が無かった。で、まるでJAZZ喫茶並という音量で聴くことも珍しくなかった。

若い頃にはよくJAZZ喫茶に行った。私は吉祥寺という"街”に通っていたのだが、当時の吉祥寺には日本中にその名を轟かせジャズファンの「聖地」とまで言われたJAZZ喫茶が2軒あった。『meg』と『A&F』。いまはどちらもない。私は、『A&F』→『meg』→『A&F』と梯子をすることがちょくちょくあった。途中に食事を挟んだりして、半日ぐらい過ごすことも珍しくなかった。JAZZ喫茶ではJAZZを聴いているときもあるが、本を読んでいることの方が多かった。好きな曲がかかったときだけ本を置いてJAZZを聴いた。

若い頃には大音量でJAZZが掛かっている環境で本を読むことが苦にならなかった。自分で言うのも何だが、私は「異様」なほど集中力があって、しかもそれが持続する人間なので本を読み始めると「音」に邪魔されることがなかった。ところが、近年は本を読むときに音楽があると煩わしく感じるようになった。天才も寄る年波には勝てない(爆)。

そんなわけで、年を取ってからは日中に音楽を聴くことが少なくなった。全く聴かないわけではない。気が向くと日中にもCDを掛ける。しかし、その頻度は多くない。ところが、ここ最近、かなり頻繁に日中に音楽を聴いている。そうなった理由は明らかで、眼の調子があまり良くないからである。日常生活にはなんの支障も無いのだが、本を読み続けるのが苦になってきた。6〜8月の三ヶ月更新を辞めていたこのブログを9月に再開してしまったわけは、本を続けて読むことが辛くなったからである。文章を読めなくなった代わりに文章を書くことにしたのである。

「書く」ことは「読む」ことに比べて楽だ。この2〜3年著しく老眼が進み、老眼鏡無しでは全く文字が読めなくなった。読書をするには必須である。しかし、こうやってパソコンに向かって文字を書くときは老眼鏡無しでも書くことが出来る。極端なことを言うと、私は目を瞑っても文章を書くことが出来る。自慢をするわけではないが、私は生まれて初めてキーボードを使った日、1時間半後にはブラインドタッチで文章を打てた。もちろんその時のスピードは遅かったが、数日後には速いテンポで打てるようになった。ミスタッチは少ない(最近少し増えているが)。だから1時間に5,000字程度は難なく書くことが出来る。

いまこの文章も老眼鏡を掛けずに書いている。私の眼とMacBook Proのモニタの距離は45cmぐらい離れている。座っている椅子の背にもたれ身体を少し後方に傾けてタイプしている。いや、50cm離れているかもしれない。このくらいの距離であるとモニタに表示される文字を判読することが出来る。老眼鏡を掛けて文字を読むことにはストレスを感じるのだが、裸眼で読んでいる分にはストレスが少ない。で、9月1日以後毎日「大量」に文章を書いていると言う次第である。

文章も、中身のあるものを書くときにはBGMがない方が良い。人間、「雑音」がない方が思考に集中出来る。しかし、一旦書き始めてしまうと音楽はあまり耳に入ってこない。脳が完全に思考(文筆)優先モードに切り替わり、音楽は強く意識されなくなる。インストゥルメンタルだとほとんど気にならない。こんな雑文を書くのであれば、日本語の歌詞のある歌であってもさほど邪魔にはならない。そんなわけで、ここ最近は音楽を聴きながらこのブログを書いていることが多い。


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by dialogue2017 | 2018-10-19 13:00 | 閑話 | Comments(0)

閑話(66)

「閑話」と言う言葉の意味は「むだばなし」と言う意味であるが、「心静かにする話し」と言う意味もある。そもそも「閑」と言う漢字の意味は、「ひま」より先に「静か」が出て来るほどなのだ。

昔は旅先ではよく本を読んだ。いや、家にいても本を読んでいる時間が一番長いのだが、旅先にいてさえ本を読んでいる時間が一番長いことが珍しく無かった。

40代には京都に通っていた。一番行った年には何に10回も行った。桜と紅葉の季節だけ外した。京都が一番美しい季節であるが、大勢の観光客が訪れるているのが嫌で避けた。

通い始めた頃には神社仏閣を訪ったが、一通り見てしまった後には足を運ばなくなった。日中は喫茶店に入って本を読み、1時間ほど読んだら店を出てちょこっと散歩し、歩き疲れたらまた喫茶店に入って本を読んだ。

京都ならまだしも、外国でも同じことをしていた。私は30代の頃、ちょくちょくソウルに行っていたのだが、ソウルでも京都と同じように過ごした。まるで、ソウルに本を読みに通っていたかのように。

とにかく本を読むことが生活なのである。私は若い頃からほとんど労働に従事しない生活をしていた。比較的良く仕事をしていた20代30代でも週に2日は程度しか仕事をしていなかった。この20年ほどの間に仕事をしていたのは2年程である。無職ではない。収入はある。しかし、働いてはいない。

時間はたっぷりある。365日全部「休日」なのだから。だから「閑」を持て余す。なにか時間を潰す”ネタ”が必要だ。幸い若い頃から本を読むことが好きだったので、毎日本を読んで過ごしている。

しかし、4年ほど前から調子の悪くなった眼が、この春以降更に悪化した。日常生活に支障は無いのだが、読書には差し支えがある。長い時間続け読むことができなくなった。それどころか10分読んで疲れてしまうことさえ増えてきた。

で、時間潰しの”ネタ”として「写真」のウエートが増した。しかし、写真以上に「心地よい」時間潰しの”ネタ”がある。文章を書くことである。

楽しいと言う点では、旅先で書くたわいのない文章が一番である。ただ、そう言う話は”他人”にはさして楽しいものでは無い。だから、そう言う文章をブログなどに書いても仕方ないのであるが、人間というのは不思議なもので、ノートに綴って終わりにするのと比べ、誰かが読むかもしれない場に書くほうが心地よいのである。そして実際、こんなどうでも良い話を読んで下さる奇特な方々何人かはいるのである。

11日にアクセス数が1,000を超えた。1日の平均ページヴューは800程になった。過去ログへのアクセスが増えている。

カメラや写真について検索した人がたまたまヒットしたこのブログのページを開いてくれているのだろうが、中にはコツコツと過去ログを読み続けている人がいるようだ。毎日いくつかずつこの「閑話」を読んで下さっている方がいることを知った。

「閑話」ではモノクロ写真論の様な話を書いていることが多いので、興味を持って読んで下さっているのであろう。そういう方々は「正しい」。このブログにささやかな価値があるとしたら、それは掲載している写真にではなく、文章にあるのだから。少なくとも、文章の価値は写真のそれの10倍はあると思う。

iPhoneで書くと時間が掛かる。おかげでたっぷり「閑」を潰すことができた。のんびりしたら少し歩いても良い気分なった。取り敢えず材木座海岸裏の住宅街でも歩いてみようかと思う(笑)。今日は海を撮っても鉛色にしか写らないから、路地裏でも撮るほうがまだ良い。





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by dialogue2017 | 2018-10-15 10:30 | 閑話 | Comments(0)

閑話(65)

物事を上手にやるためには、正反対の二つのやり方がある。一つは丁寧にじっくりと時間を掛けて取り組むというやり方だ。大半の人はこちらを選ぶ。もう一つは、大雑把にてきぱきと手短にやっつける。これは才能がないと良い結果を生まない。しかし、ちょっとしたこと、例えばお客さんに振る舞う夕食を用意する程度のことは後者で片付けられなければダメ。それが「才能」というものである。写真を撮るというのは、ちょっとした料理を作るのと同じレベルの作業だと思う。いや、料理より簡単かもしれない。大雑把に、てきぱきと、手短にやっつけるべきである。そう、例の「適当にやって」「収まってくる」というのが理想だろうと思う。




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by dialogue2017 | 2018-05-16 18:00 | 閑話 | Comments(0)

閑話(64)

「遅くとも今月いっぱいでこのブログを終わりにしようと思っています」の中に「今週中に、例の「ギターの写真」の件についての記事と、「ウクレレの写真」の件に関する記事と、『SunsetLine』さんの写真の「論評」を書いてこのブログを終わりにしようと思っている」と書いたのはちょうど7日前。先週の火曜日に書いたエントリーなので「今週中に」という約束を破ってしまった。

3つの宿題について書けないと言うわけでは無いし、面倒なわけでもない。では、どうして先送りしているかというと、この3つの宿題について書いてしまったら「これで終わった」という気持ちになるであろうからである。金曜日に、約束を果たすべく3つの宿題を書いてしまおうかと思ったのだが、ちょっと考えた後に先延ばしにすることに決めた。その理由は、課題がひとつ増えていたからである。「逆光でのポートレートライティング」に関する質問を受けていたので、それについてもちょこっと書いておきたいのである。

この4つめの宿題は、元からある3つの宿題に比べ少し手間が掛かる。書くのが難しいわけでは無いが(私の場合そういうことはほとんど無い)、3回ぐらいに分けて書かなければならないし、質問者が初心者であることを考えると、意を尽くして書く必要があり、そうなると字数が多くなる。で、3つの宿題より先にこちらを済ませておきたいのである。しかし、「作例」として掲載する写真を外付けHDDの中から探すのが面倒なのである。きちんと整理せず、あちこちの外付けHDDの中に入れてしまっているため探すのが面倒なのである。

私は面倒くさいことは放ったらしにして手を付けない。多くの場合そのままやらずに放置しておく。良くないことだとわかっているが、この困った性格は直せない。実は、HDDの中の作例は比較的短時間で探せると思うのだが、古いブログに掲載したファイルなのでここに掲載すると解像度が足りない。それで躊躇しているのである。元ファイルの方は、探すのが相当困難であるし、元ファイルからレタッチをやり直す気にはとてもなれない。で、新しい課題も先送りしている。

何もかも先送りしているわけは、とりあえず今月いっぱいはこのブログをやることに決めたからである。今月いっぱいはやろうと思った一番の理由は、「写真なんか楽しければそれでいい」にコメントを下さったFさんとの出会いである。Fさんは「遅くとも今月いっぱいでこのブログを終わりにしようと思っています」にもいの一番でコメントを下さり、次のような過分なお言葉を頂いた。

このブログを終わられるのを少しだけでも先延ばしにしていただき、ありがとうございます。貴重な日記にもかかわらず、写真を削除してまで先延ばしにしていただけたこと、感謝いたします。このブログ自体が削除されないようであれば、引き出しを開くように、過去からこれまでの記事を拝見出来ればと思います。最後の最後で、dialogue2017さんのブログを知ることができて、良かったです。またどこかで、見つけられる日を楽しみにしております。ありがとうございます。

嬉しい以前に、ここまで言って頂くと気恥ずかしい気持ちが先立つ。Fさんは十分上手に写真を撮っておられる方で、私が何か「教える」というような方では無いと思う。いや、Fさんより私の方が知っていることが多いだろうし、私の場合、何人ものプロ写真家と付き合ってきたので同じことを知っていてもアマチュア写真愛好家より「深い」理解をしていることが少なからずある。Fさんに必要なのはそういうレベルでの「知見」だと思う。しかし、ここにはそのレベルの話をほとんど書いていない。にもかかわらず、ここまでの評価を頂いているわけで、なんだか申し訳ないような気持ちになっている。このブログを終わりにする前に、多少はFさん一人のために何かを書きたい。

私の心はFさんのことを捉えている。いや、Fさんの「お気持ち」が私の心を捕まえたのだ。彼の気持ちが私の「心」を捉えた何よりもの理由は、彼がLEICA M MONOCHROMの愛用者だからである。私は、散々(?)辛辣な言葉を投げつけてきたLEICA M MONOCHROMの愛用者の一人と真剣な「対話」をする機会を得た。私は、辛辣な言葉を投げつけてきた「責任」を果たしたいのである。

実は、昨晩(と言っても就寝したのは今朝5時過ぎであるが)、「明日先に3件の宿題をいっぺんに片付けよう」と決め手から布団に入った。しかし、今朝10時に起床し、軽い朝食を食べた後机に向かったら書く気になれなかった。書くのが嫌なのでも面倒なのでも無い。とても良い爽やかな天気なので、何かを書くのであれば全く別のもっと「軽い」話を書きたい気分なのである。ブログを更新する気になれなかった昨日とは正反対の気分なのである。今日なら、今からとりあえず5時間ぐらいぶっ続けで書けるだろう。珍しく、いくらでも書きたい気分になっている。なぜだろう?

そうなった理由の一つは今日の天気だ。今日の気温とか湿度とか風の吹き具合とか、そういうことの組み合わせが私にとってもの凄く心地よいのだと思う。そして、起床後に久しぶりに「朝のテーマ」を掛けていることも影響しているかもしれない。それは「ヒーリングミュージック」系のCDで、以前は「朝のテーマ」のように毎朝聞いていた。聞かなくなって1年ほどに成ると思うが、今朝は久しぶりに掛けている。私は文章を書き始めてしまったので音楽はBGMとなってしまいほとんど注意を払って聞いてはいないのだが、その曲は確実に「脳」に届いている。脳に入ってきた「信号」は何らかのかたちで「感情」に刺激を与えることが多い。聞くとも無く聞いているレベルであっても、私はその曲から刺激を受け、心が「癒やされ」る気持ちになっているのだろう。

そしてもう一つ大きな理由がある。たぶん、これが一番大きな理由になっているのだと思うが(自分の感情が生じている根本原因を断定することは難しい。全く別の無自覚な理由があるかもしれないから)、一昨日、5ヶ月ぶりで江の島・鎌倉界隈をブラブラしてきたことである。そこで沢山写真を撮ってきたことが、私をして「何か書きたい」といいう気持ちにさせているのだろう。写真を見せることでは無く、写真について、あるいは写真を撮っている時に感じたことについて書きたいのだ。

いや、本当に書きたいことは写真についての話しでも無ければ、カメラについての話でもない。「海風に吹かれながら波打ち際を散歩する」ということがどれほど素敵なことか、私はそれについて話したいのだと思う。人間は、感動したことについて他者に話したいという気持ちになる。鎌倉の浜辺を散歩した程度のことは「感動」にはほど遠いが、それでもとても素敵な出来事であった。私は、それを誰かに伝えたいのである。

伝える相手は誰でも良い。ここに書けば誰かが読んでくれる。コメントを頂く必要は無い。誰かが読んでくれるのは間違い無いことで、私はそれを知っている。だから、ここに文章を書けば、私は誰かと「対話」をしたことになる。

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by dialogue2017 | 2018-05-14 11:30 | 閑話 | Comments(2)

閑話(63)

明日からGW。妻は5月1日2日の仕事を休みにして5月6日まで9連休にするつもりであった。しかし、子どもたちが二人とも5月1日2日は学校を休みたくないと主張。我が家は連休の谷間の平日は学校を自主休校させる方針である(笑)。いままでほとんどそうしてきた。私は学校なんて週に3日も行けば十分だと思っているから。妻も同意見。だから、妻と私にとって子どもたちの登校したいという希望は誤算であった。

オマケに、息子は茅野には行かず一人で東京に残りたいという。昨年の夏頃から、なんども一人で残りたいと言っていたのだが、さすがに小学生を一人で残すわけにはいかず(息子が怪我をする程度なら良いのだが、留守中よそのお子さんを怪我させるというようなことが起きた場合、親が不在では道義的に問題になるから)、嫌がる息子を無理矢理連れて行っていた。「中学生になるまでは」と説得していたので、中学生になった以上息子の主張を受け入れざるを得ない。で、妻が説得し、5月3〜6日は家族と一緒に行動すること、その代わり、4月28〜30日は一人で残っても良いと言うことで決着した。

私は娘を説得し、娘だけでも5月1日2日に学校を休み、私と妻と娘の3人は9連休にしようと思ったが、娘は「学校に行く」と言って折れなかった。東京と茅野を行ったり来たりするのは面倒なので、いっそのこと5月3〜6日の4日間だけ家族4人で出かけることを提案したところ、妻と娘からアッサリ却下された。と言うわけで明日28日から30日まで3日間茅野で過ごし、30日に東京に戻り、5月1日2日に子どもたちは登校し、妻も半日ずつ仕事をして、5月2日の夕刻から茅野に向かい、5月6日まで茅野で過ごすことに決まった。しかたない。今日、スタッドレスタイヤから新品のノーマルタイヤに変えたので、高速コーナーでの安定感がグッと上がるから我慢することにしよう。

ただ、私の条件もひとつだけ飲んで貰った。明日早朝から出掛けるのは止めて、朝はノンビリして、渋滞が収まり始める昼頃に小仏トンネルを通過するように家を出るというプランである。そのプランだと、家を出るのは10時過ぎで良い。つまり、今晩夜更かしすることが出来るのだ。

夜更かしして何をしようと思っているかというと、例の「ギターの写真」についての「解答編」を書いてアップしようと言うことと、1日1枚ずつ写真を掲載している別ブログに3日分の写真をアップすること。そして、今日撮ったモノクロスナップの続きを掲載すること。

しかし、つい今し方『Mon's cafe』さんのブログにコメントを差し上げたので、ギターの写真の件は急がなくても良いかなと言う気分。そして『SunsetLine』さんのブログにもコメントを差し上げたので、彼の写真を「論評」させて頂くことももう少し伸ばさせて頂いても許されるという気分になった(笑)。

で、「ギターの写真」の「解答編」はGW開けまで引き延ばすこととして、今晩はもう一つ「閑話」を書くことにする。

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by dialogue2017 | 2018-04-27 23:59 | 閑話 | Comments(0)

閑話(62)

「Mon's cafe」さんが、「普段、自分ではデジカメで撮った写真をわざわざモノクロにするということはほとんどしません。なんでカラーで撮ったのに?と思うからです。でも、これはモノクロにすることを前提で撮ってみました。むむっ! 難しい!モノクロ初心者になった気分。」と書かれている。私はフィルムで写真を撮らないのでいつもデジタルカメラで写真を撮っているが、モノクロを撮るときにはカメラのモードを「モノクロ」にして撮っている。カラーで撮った写真をあとからモノクロにすることもあるが、モノクロ写真の多くは初めからモノクロ写真として撮影している。基本的に、モノクロ写真というものは撮影時に「モノクロで撮る」という意識が無いと良い写真が撮れないものであるから。

私は「閑話(61)」の末尾に「撮影時に、フィルムとデジタルの違いは無い」と書いた。私は時々江の島・鎌倉界隈に行ってスナップをするのだが、その際にはEPSON R-D1sを持って行くことが多かった。R-D1sの背面モニタはとても小さい上、青みが掛かった色なのでそれを見ても写真の画質は余りよく分からない。それで、私はR-D1sを使うときには背面モニタを「閉じて」使うことが多かった(背面モニタをクルッと回して裏返しにすることが出来る)。昨年10月からモノクロ写真を撮り始め、なんどか都心に出てスナップした際には645Dを持って行ったことがある。初代の645Dは1枚撮った後それが背面モニタにプレビューされるまで20秒ぐらい掛かる(計ったことが無いので私の感覚の話し)。せっかちな私は20秒も待ってられないので私は645Dで写真を撮るときには背面モニタはほとんど見ない。

この1年程は、FUJIFILM X-T2とX-T20でモノクロ写真を撮っている枚数が一番多いが、私はプレビュー時間の設定を「0.5秒」にしているので、EVFから目を離したときにはもう背面モニタのプレビュー画像は消えている。そんなわけで、私はデジタルカメラでモノクロ写真を撮るときにはいちいち撮った画像のプレビューを見ていない(カラーの場合は発色が気になり確認することがちょくちょくある)。家に帰ってきてMacBookに画像を落としたときに始めて撮ってきた写真を見ることになる。だから、フィルムで撮っているのとデジタルカメラで撮っていることにほとんど差が無い

(同じ場所を同じ時に撮るとした場合)そもそも、フィルムで撮影しようが、デジタルカメラで撮影しようが、おなじモノクロで撮る際には基本的には同じ露出で撮るわけであるだから、私に言わせると「フィルムとデジタルの違いは無い」と言うことになる。

厳密な話をすると、デジタルカメラは「白飛び」しやすいのでハイライトの露出に気を遣うが、フィルムはハイライトが粘る一方黒潰れがしやすいのでシャドーの露出に気を配るということはあるだろう。デジタルカメラの場合、シャドーのデータはかなり起こせるのであまり気を遣う必要は無い(気を遣うべきだが)。しかし、この話が間違いないとしても、それでもなお「フィルムとデジタルの違いは無い」と言ってしまって良いだろうと思う。

違いがあるとすれば、同じフィルムであってもT-MAXとTRI-Xではトーンの出方が違うわけだから、微妙に露出を変えると言うことはあるだろうし、ACROSになったらもっと違うのだろう。その差は微妙だとしても差があることは間違いない(実効感度の違いとかあるし)。その差によって、時には1/3段露出を変えると言うことはあると思う。しかし、カメラにフィルムを入れた時点でそれは織り込み済みのことである。それに、たとえばT-MAXとTRI-Xの違いは撮影時の露出の違いと言うより、写り方(トーンの出方)の違いであり、フィルム現像のやり方の違いであり、更にはプリントの焼き方の違いの方が大きいわけで、撮影時の違いというのはあまりないだろう。

デジタルカメラでも「違い」はある。私は、2月に渡部さんから某社のデジタルカメラを2台借り、その後21mmレンズの付いているカメラの方で随分と撮影を楽しんだ。使い始めて直ぐに思ったことは、X-T2やX-T20よりシャドーが潰れると言うことだった。その内、シャドーを潰しているのでは無く、X-T2やX-T20よりカメラの出す露出値がアンダー目なのだと気がついた。先日そのことを渡部さんに話すと「そうそう、あのカメラは他のカメラより1段近くアンダーに出るんじゃ無いかと思う」と返ってきた。やはりそうであったのだ。つまり、同じデジタルカメラであってもX-T2と某社デジタルカメラでは自分の意図する露光量にするためには露出値を換えて撮る必要がある。つまり、デジタルカメラ同士でも「違い」が生まれると言うことである。しかし、この場合もそのカメラを持って出かけた時点でそのことは「織り込み済み」となる。

だから、同じモノクロで撮る以上、「フィルムとデジタルの違いは無い」と言ってしまって大過ない。違いがあるとすれば、ミラーレスカメラの場合EVFや背面モニタに撮影結果が反映された画像が表示されるのであるから、フィルムを現像してみるまでどう写っているか確認出来ない銀塩カメラで撮影するより「簡単」であるはずである。普段ミラーレスカメラでモノクロ写真を撮りつけている人が、久しぶりにフィルムカメラを使ったときにちょっと戸惑って「モノクロ初心者になった気分」になるということは大いにあり得ることだと思う。しかし、平素フィルムカメラでモノクロ写真を撮り付けている人がデジタルカメラでモノクロを撮ったときに「モノクロ初心者になった気分」になるというのは腑に落ちない。ミラーレスカメラでは無い一眼レフカメラを使ったとしても、撮影直後には撮影した画像を確認出来るわけであるから、フィルムカメラで撮影するより自分の思い通りのモノクロ写真を撮れる確率は高くなるはずである。

もちろん、人間は普段と違うことをやれば「違和感」を感じることがある。しかし、「閑話(61)」に記したように、「モノクロ写真というものは、『どういう光』を『どういう露出』で撮るかなのだ」。つまり、レンズを向けた対象の「光」に対して「露出」を決めて撮影すると言うことである。スナップ写真や風景写真の場合、自分で光をコントロールして撮影することは出来ない。結局、撮影者に出来ることは、「どういう光(が当たっている被写体)」を撮るかを決めることと、それを「どういう露出」で撮るかの決定しかない。

被写界深度をどうするかと言うことがあるが、それは本質的な問題では無い。問題はあくまで「露出」なのである。だから、Rolleiflexなどで作品を撮っている作家の場合、絞り値にはあまり大きな拘りを持っていない人が少なくない。1/500までしか切れないカメラにISO400のフィルムを詰めてしまうと、絞り値はそれほど自由には選べなくなるからだ。開けたくても開けてしまったら露出オーバーというシーンは少なくない。昨年12月に亀山仁さんの展示を見に行った際、亀山さんに「この展示作品は、F16で1/500とかが多いでしょう?」と聞いてみたら「そうですね。絞りはF11、シャッターは1/250とかもありますが、ほとんど絞って撮っていますね」との返答だった。日中に撮ればそうなるシーンが多いに決まっているのだ。

私はRolleicord ⅤbというRolleiflexの「廉価版」のカメラを所有している。昨年12月に、それを持って8年ぶりか9年ぶりにフィルムで撮ったが、ISO100のACROSを詰めたときには、日中晴天で光が当たっている場所を撮るときにはLV14で撮ったし、ISO400のPRO 400を入れたときにはLV16で撮った。あとは、日陰2段落ち、曇天3段落ち程度の感じで判断して撮影した。

何かを撮影する際の「露出値」にフィルムとデジタルの間に違いは無い。ISO400のフィルムとISO400に設定したデジタルカメラの露出は基本的には同一である。結果を確認してその場で調整が出来るという点でデジタルカメラの方が有利であることは言うまでも無いが、ネガフィルムはラチチュードが広いので僅かの誤差は救ってくれる。デジカメの場合は、白飛びさせないで撮っておけば、シャドーは起こせる。もちろん、アンダーで撮ったところから起こせばノイズも出るし、カラーの場合色が汚れるが、いまどき1EV程度のアンダーを起こして大きく破綻するカメラは無くなってきている。
(注)フィルムには"実効感度”というものがある。製造ロッドによってそれにバラツキが出る。だから、昔のプロカメラマンは「エマルジョンナンバー」を気にしてフィルムを買いためたり、露出を微妙に変えたりしていた。いまどきこういうレベルの話は無関係にしても良いだろう。

話があちらこちらに行ってしまったが、写真というのは、詰まるところ「どういう光」を「どういう露出」で撮るかと言うことに過ぎないのである。私がさんざん「飛ばさず潰さず」という話を書いたのは、それは私の説では無く、写真界の常識を語ったに過ぎない。これは好き嫌いの問題ではない。ことモノクロ写真に関しては、「飛ばさず潰さず」に撮影すると言うことが基本なのである。基本を超えた表現をするのは自由である。ただ、それで評価されるのは群を抜いて水準の高い作品だけであり、ほとんどの場合基本を守っていない写真は相手にされない。「別に誰にも相手にされなくたっていいですよ」と言われたら「お好きにどうぞ」と申し上げる。別に、目くじら立ててその方を批難しようとは思わない。ただ、きちんと基本を押さえておけば良い写真を撮っている人が、そのあたりのことに対する意識をしっかり持っていないのを見ると、老婆心で一言言いたくなると言うだけである。余計な忠告をするのが老人の仕事なのだから。


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by dialogue2017 | 2018-04-16 22:00 | 閑話 | Comments(0)

閑話(61)

ここのところまた訪問者数が少しずつ増えている。広範囲からの訪問者が増えてきたのが嫌で「ランキング」登録を解除したのでアクセス数が落ちると思ったが、落ちないどころか微増している。そして、ページビュー数がジワジワと増えている。恐らく、過去ログに遡って閲覧して下さる訪問者が増えているのだろうと思う。自分で言うのも恥ずかしいが、最近私が書いている話は面白いだろうと思う。

「いまよりもっと写真が上手くなりたい」と思っている方にとっては、「なるほど、そういうことか」と目から鱗という話も少なくないだろうと思う。私の書く話は、カメラ雑誌などの記事とは、物事を捉える角度が少し違っているし、それを表現する方法も違うから。で、最近あれこれと長々書いたエントリーへのアクセス数が高くなっている。夜中に真っ暗な部屋で蛍光灯スタンドの明かりでギターの写真を撮って、それでライティングとモノクロ写真の表現について解説するブログなんてどこにもないからな〜(爆)。プロの先生方は、立派なスタジオで、立派なライティング設備を使って、私より遙かに高い技量で撮影した話をブログに書いている。でも、それでは普通の写真ファンにはレベルが高すぎる。アマチュアの方には私のレベルがほどよいのである(笑)。私自身「アマチュア」だからそれが分かる。

実は、昨年末で止めるはずであったこのブログを続けてしまった最も大きな動機の一つが、「Mon's cafe」さんとの交流であった。彼とコメントのやりとりをすることが楽しくて続けたという事である。その「Mon's cafe」さんから最初にコメントを頂いたのは、昨年10月24日の事であった。私が書いた「モノクロ写真についてのあれこれ(45)」「モノクロ写真についてのあれこれ(46)」に対してコメントを頂いた。彼は、私が「私はどうやってモノクロ写真の表現手法を身につけたら良いだろう?」と呟いたことに対してコメントを寄せてくれたのである。

私は昨年10月の初旬であったか中旬であったかに、このエキサイトブログの「モノクロ写真ジャンル」に登録した。それが契機でモノクロ写真を撮るようになった。もちろん、それ以前にもモノクロ写真を撮ったことは少なからずあるが、それはカメラのモードを「モノクロ」にして写真を撮ったと言うだけのことであって、「モノクロ写真を撮った」というのとは位相を異にするものであったと言って良い。私は、昨年の10月中旬頃から、「モノクロ写真」を撮るべくしてモノクロ写真を撮り始めたと言うことである。

モノクロ写真を撮り始めて以後、私はこのブログにモノクロ写真について考えたことをたくさん書いた。「閑話(47)」には「Mon's cafe」さんからいただいたコメントに関する話などを書いている。昨年末、私は「閑話」というシリーズと、「モノクロ写真についてのあれこれ」というシリーズの2本立てで延々モノクロ写真についての話しを書いた。その頃の私の一番大きな問題意識は、「モノクロ写真における表現手法を身につけるためにはゼラチンシルバープリントを焼いた経験が必要だと思う」ということであった。もちろん、デジタルモノクロフォトを極めるに当たってゼラチンシルバープリントを焼いた経験は必ずしも必要ない。そのこと自体は分かっていってそのことについては「閑話(48)」の中でも書いている。しかし、自らの「手作業」によってモノクロプリントを作り上げるというゼラチンシルバープリントを焼く作業には、モノクロ写真を極める「神髄」が孕まれていると思うのである。

私はゼラチンシルバープリントを焼いた経験が無い。ただの1枚も焼いたことが無い。つまり、私はモノクロプリント(モノクロ写真)を極めるための「神髄」に触れたことが無いと言うことである。今後もゼラチンシルバープリントに取り組むつもりは全くない。だから、私は今後もモノクロプリントを極めるための「神髄」に触れる機会が無い。いや、それどころか私はインクジェットプリントでさえモノクロプリントを出したことがほとんど無い。それでありながら、昨年末頃の私は、モノクロプリントの表現手法を身につけたいと思っていたのである。

ご存じのように、私は人気モノクロ作家である渡部さとるさんと非常に親しくしている。他にも、ファインプリントで定評のある森谷修さんなどともなんども写真談義を重ねてきた経験を持っている。最近モノクロ作家としてジワジワと評価が高まってきた写真家・泉大悟君とは、2年弱の期間一緒に撮影仕事をした。しかし、私は彼らにモノクロ写真の「撮り方」とか、「プリントの作り方」ということについて「技術的」な面で教えを受けたことが無い。なぜなら、私は彼らに「技術的」な質問をほとんどしたことが無いからだ。なぜ聞かないかというと、私はゼラチンシルバープリントをやっていないからだ。やっていないから関心が無かったし、聞いたところで役に立たない。だから、私は彼らから技術的なことをほとんど聞いたことが無い。いや、全く聞いてないと言うことでは無いのだが、ストレートなノウハウ・スキルの問題としてそれを聞いたことが無い。私は、もっと概念的な話としてそういう話を彼らとしてきたのである。

だから、昨年10月頃からモノクロ写真を撮り始めた私は、「やはりゼラチンシルバープリントを焼いた経験がある方が早いだろうな〜」という思いを持っていたのである。そんなことをこのブログで呟いたところ、「Mon's cafe」さんが私を励ますコメントを下さり、彼との交流が始まった。

彼との交流が良い刺激となったと言うこともあり、私は昨年10月頃から年末頃に掛け、5〜6回都心に出掛けてモノクロスナップを続けた。私自身はコントラストが低めの柔らかいモノクロ写真が好きでそういう写真を撮りたいと思っているのであるが、最初は反対に「黒」の濃いメリハリの強い写真から撮り始めた。自分が目指すものと反対の写真から撮り始める方が自分が撮りたい「トーン」を掴む早道だろうと思ったからである。結局、私は5〜6回撮った段階で、自分なりにモノクロ写真をどう撮れば良いかの基本を掴んだ。

私が僅か5〜6回のスナップでモノクロ写真の「肝」を理解することが出来のは、私には大きなベースがあったからである。一つはいうまでもなく渡部さとるさんや森谷修さんと親しく交流してきたという財産があったことである。私は彼らの写真を見続けてきた。最良のファインプリントを沢山見てきたことが私の「素養」となっていた。そして、ストレートな技術論では無いが、それゆえそれ以上に深みのある「モノクロ写真論」を我が国第一線のモノクロ作家たちと交わしてきた。

もう一つは、私がスタジオライティングで写真を撮った経験を持っていることである。つまり、「光をコントロールして写真を撮る」経験をしていることである。私は「光」というもを少なからず知っている。どういう「光」がどういう写真を生み出すかを知っていると言うことである。まあ、なんだかんだ言って、仕事として写真を撮っていたという経験は大きいだろうと思う。

私は最近はあまりモノクロ写真を撮っていない。もともと私はカラー写真の方が好きなのである。モノクロ作家である渡部さとるさんの作品も、私が持っているのはカラー作品である(笑)。そして、私自身はモノクロフィルムで写真を撮りたいという気持ちはあまりない。しかし、本気になればいつでもモノクロ作家レベルのモノクロ写真を撮ることが出来るという自信はある。

2月に渡部さとるさんと会ったとき、彼が『da.gasita』を撮影したRolleiflex SLXをしばらくの間「貸して」欲しいと頼んだ。『da.gasita』に掲載された写真の7〜8割はSLXで撮った写真である。次作の『prana』にもSLXで撮影した写真が少なからず収録されている。彼が一番気に入っているカメラなのである。SLXは私が渡部さんに勧めたカメラで、2010年の年末から丸7年間ずっと彼が使っていた。しかし、今年2月に私が「貸して」欲しいと伝えた際には「故障」していて動かなかった("ここ”にその話が書いてある)。その時、次のような会話をした。

渡部:「SLXで何撮るの?」
私:「米沢に行って写真を撮ってくるんだよ」
渡部:「へっ〜(笑)」
私:「まあ、米沢撮ったって『da.gasita』の二番煎じにしかならないけどね」
渡部:(ちょっとだけ不快そうに)「二番煎じが撮れたら立派なもんだ」
私:「わかった。じゃあSLX直そう。二番煎じ撮ってくるから」
渡部:「やってみろよ」
私:「うん、やってやるよ」

私は「不遜」な男である。プロカメラマン歴35年。モノクロ作家歴30年の人気モノクロ作家の作品と同レベルの写真を撮ってくると本人に向かってきっぱりと宣言したのである(笑)。2011年末に写真家の塙真一さんにくどかれお揃いでLEICA X1を買った際にも、塙さんに対して「一つ条件がある。このカメラで写真対決してくれるのならお揃いで買ってもいい」と言い塙さんが「やりましょう」と言ってくれたのでLEICA X1を買ったという前歴がある(笑)。

渡部さとるを超えてみせるとは言わない。しかし、二番煎じなら撮れる自信がある。なぜなら、私は渡部さんの撮影の仕方をよく知っているからだ。彼がどういう撮り方で『da.gasita』を撮ったか、私は彼自身から話を聞いて知っているのである。有り体に言ってしまえば、「どういう光」を「どういう露出」で撮影しているかを知っていると言うことである。

モノクロ写真というものは、「どういう光」を「どういう露出」で撮るかということなのである。もう一つ付け加えるとしたら、「どういう光」を「どういうアングルから」「どういう露出」で撮るかと言うことである。もちろん、プリント作成の技術というものもあるが、写真は撮影した時点でほぼ決まる。撮影したときに写し撮らなかった情報をプリントに再現することは出来ない。自分が表現したいと思う「トーン」が出るような撮影が出来ていれば、基本的に思ったような写真は完成していると言って良い。私はゼラチンシルバープリントを焼くコトができないので、「二番煎じ」で対決するとしたらデジタルモノクロプリントしかない。あるいは、私が撮ってきたネガを渡部さんにプリントして貰うかだ(爆)。

と言うわけで、今年は米沢に行って『another da.gasita』を撮ってこようかと思っている。デジタルカメラで撮るとアドバンテージになるような気がするので、やはりSLXで撮らないと不味いかな(笑)。どっちでも同じだけれど。撮影時に、フィルムとデジタルの違いはないから。



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by dialogue2017 | 2018-04-16 19:00 | 閑話 | Comments(0)