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カテゴリ:風景( 164 )

最近はほぼ全ての写真をiPhone8で撮っている。29日の昼過ぎ、茅野の「山小屋」に常置しているPENTAX 645Dを持ってちょこっと散歩した。撮った枚数は14枚。この写真は八ヶ岳連峰を見渡すことが出来る定番スポットで撮ったもの。今年最後の写真は山小屋周辺の散歩写真となった。毎週末、同じ道を歩いて同じ風景を撮っている。しかし、毎回微妙に風景が変わっている。遅くとも半月後には八ヶ岳連峰はもっと真っ白になっているだろう。そして、来春にはここで新緑の写真を撮っているだろう。来年1年の間に何回ここで写真を撮るだろうか。

今年最後にカメラで撮った写真_e0367501_15215140.jpg

by dialogue2017 | 2019-12-31 15:30 | 風景 | Comments(1)

絵画のような写真(3)

長い間「現実」に近い描写の写真が好きだった。紫色の夕焼け空の写真などは嫌いだった。実際には空がああいう色になることはない。あれは、「色温度」が適切でないために「転んだ」色になった結果である。しかし、多くの人々は紫色した夕焼けの写真を好む。自分が好きではなかったと言う話しであって、ああいう写真を好む人の気持ちは理解出来る。しかし、そういう「色合い」の写真ばかりを撮っている人には違和感を覚える。ときどきであればああいう写真もありだとは思うけれど、ああいう色合いの写真ばかりだとげっそりする。失礼だけれど、美的感覚が貧しいのだと思う。

本当に美しい写真って、そんな「作られた」写真じゃないと思う。

断るまでもないことであるが、これは私の「意見」であって、私はこれが「正論」だと言っているわけでは無い。私がそう思っていると言うだけの話しである。いろいろな考え方があるだろうし、あって良いと思う。ほとんどのことがらに関しては、私とはまったく違う価値観の人間の方が「多数派」だと思うし、私は自分の方が「正しい」などということを言うつもりはない。いつでも「私はこう思う」ということを率直に語っているだけである。念を押すほどの必要もないが、一応断っておく。

私は本当に美しい写真というのは「静謐」な写真だと思っている。もちろん、それが全てだと思っているわけではない。「華やかで鮮やかな」写真にも美しい写真写真はある。そればかりか、「作ったような絵柄」の写真の中にも美しいと思える写真はある。しかし、私は本当の「美しさ」というのは派手なものではなく寧ろ控えめなものだと思っている。私はモノクロ写真をやっていないので、自分が撮る写真では強いこだわりはまったくないのだけれど、他人の写真を観るときには色合いの鮮やかさよりもトーンの豊かさに目が行く。数日前に写真の美しさは"ハイライト”に表現されるものだという話を書いたが、絵に描いたような「光と影」を写した写真を私はそれほど素晴らしいと思わない。いや、自分自身が撮った写真も含めて、たしかにモノクロの場合「光と影」を撮った写真がもっとも見栄えが良いと思う。しかし、「なんだかな〜」という思いにもなる。そういう写真ばかりが並んでいるのを観ると「簡単でいいね」と嫌味の一つも言いたくなる。感性が貧しいと思う。

モノクロ作家にはシャドーのトーンの豊かさにモノクロの美しさを見ている人が多い。同意する。しかし、私自身は少しシャドーが潰れたような写真が好きである。ハイエストライトからディープシャドーまでがもの凄くなだらかに表現された階調豊かな写真には違和感を覚える。そのような写真には「人工的」な雰囲気が漂っていると思う。人間は、完璧すぎるものに違和感を覚えがちである。「過ぎたるは及ばざるがごとし」と言うことである。もちろん、「過ぎたるは素晴らしい」となる場合もある。それは最高峰の部類に属すると言って良い。Distagon T* FE 35mm F1.4 ZAと言うレンズはそういう写真を割と「容易く」撮らせてくれるレンズだと思う。

実は、いま一番魅力を感じているカメラはSONY α7Ⅲである。正確に言うと、このカメラに魅力を感じている理由はDistagon T* FE 35mm F1.4 ZAで写真を撮ることが出来るからである。しかし、最近このレンズではほとんど写真を撮っていない。α7Ⅲ自体をこの2ヶ月ほどほとんど使わなかった。すごく魅力を覚えていて使わない理由は、このレンズを使うのであれば少しは真剣に撮らないと意味がないと思うからだ。いまは真剣に撮る気など全くないのである。

だから最近はSIGMA dp Quattroが散歩のお供なのである。こんな風に書くとQuattroに失礼な話に思われるかもしれないが、実はそうではない。私は長い間現実をそのまま写したような写真が好きだった。絵柄的にも特段人目を引くような要素が無いような写真が好きだった。私は「平凡な写真」が好きなのである。ときどき自分がとても気に入った写真をこのブログに載せるとだいたいひとつも「いいね!」が付かない。そういう写真にはshi-photo君からも0123okkunからもfrom_vixen君からもpoppn1971君からもまずコメントは届かない。ほぼ全員がなんとも思わず「素通り」してしまうような写真なのである(from_vixen君はそのあたりの写真に「感じる」感性を持っているとは思うが)。

長年「見た目に近い」写真が好きだった私が、最近はQuattroばかり使っている。しかも、「FOVクラシックブルー」であるとか「フォレストグリーン」などの「強烈」なカラーモードを使っている。それらの写真はカメラが過度に「絵作り」した写真である。いまはそういう写真が気に入っている。カメラ任せで適当に撮っておけば私の代わりにカメラが「絵画的」な雰囲気の絵を作ってくれるのが良いのである。

dp Quattoroはなんでもない光景を撮ってもどことなく「絵画」のようなドラマチックな雰囲気の絵に変えてくれる。同じ場所をα7Ⅲで撮ったら面白くもなんともない光景が、dp Quattorで撮るとまるで絵のような写真になる。これは完全に「マジック」である。α7ⅢやX-T2の「ビビッド」とは全然違う。ちなみに、dp Quattroにも「ビビッド」というカラーモードがあって、実は最近JPEGはそれに設定していることが多い。「FOVクラシックブルー」や「フォレストグリーン」だと流石に「やり過ぎ」という感じがしてきて最近は「ビビッド」か「風景」で撮っていることが多い。しかし、dp Quattroの「ビビッド」はα7ⅢやX-T2の「ビビッド」より絵画的である。単に色合いが濃いと言うことでは無く、トーンの作り方がドラマチックなのである。

10月末に茅野の「山小屋」に引っ越しして以後、家族写真を別にしたら山小屋周りの一周700mの周回道路でしか写真を撮らなくなった。しかも、山小屋から200mぐらいの範囲でほとんどの写真を撮っていて、残りの500mではあまり撮っていない。理由は簡単で、残りの500mの場所では画角に太陽光が入ってくるからである。このカメラは太陽を背にして撮らないとすぐに破綻してしまう。その破綻の仕方が半端ではないのである。

この2ケ月ほどの間、毎週末おなじ200mほどの場所でばかり写真を撮っている。しかも、その光景は「枯れ木」ばかりである。そんな場所を「現実に近い」写りで撮ったのでは面白くもなんともない。その面白くもなんともない光景をそれなりの「絵」に書き換えてくれるのだからdp Quattoroはとても楽しいカメラである。解像感の高さが生み出す"リアリティー”があることによって、油絵のような"こってり”した色彩の写真にしてもそれなりの"リアリティー”を併せ持つという実に不思議な絵を出すカメラである。間違い無く「唯一無二」のカメラだと思う。

下の写真は12月14日の散歩で撮った写真。この写真は1周700mの周回路から外れたところで撮った。この日はいままで一度も行ったことの無い「枝道」を歩いてみた。とても新鮮な気持ちになった。「こういう場所で毎週末を過ごせることはとても幸せなことだ」と強く感じた。カメラを持たずに手ぶらで歩いても間違いなく楽しいだろう。妻はカメラなど持たず私よりせっせと散歩に出掛けている。しかし、私は写真を撮りながらの散歩の方が楽しい。「歩く」だけでも楽しいけれど、「写真を撮る」という楽しみが加われば二倍楽しい。

来年はこのカメラで撮った写真だけを載せるブログを始めようかと考えている。しかも、撮影場所は「山小屋」周辺限定である。同じ場所をおなじカメラとレンズで1年間撮り続ける。多分、カメラやレンズを取っ替え引っ替えして写真を撮るより遙かに面白いことだと思う。そして、良い写真が撮れる確率も上がるだろう。いまのところ「作品」としての写真を撮るつもりはまったくない。しかし、dp Quattoroで撮り溜めれば、そこには自ずと「作品」としての写真が生まれてくるだろう。0〜3までの中のどれか1台だけで撮り続けるのが一番良いと思うが、年明けは取りあえず「2」と「3」で撮ってみたいと思っている。

絵画のような写真(3)_e0367501_18114257.jpg


by dialogue2017 | 2019-12-24 20:00 | 風景 | Comments(2)

断るまでもないが、現実の光景はこんなに鮮やかではない。例えばα7Ⅲのクリエイティブスタイルを「スタンダード」にして撮影したら、枯れ山の中の小さな池にちょっと青空が写っているという人目を引かない写真にしかならないだろう。これは「Photo」ではなく「Picture」である。"dp Quattro”という「絵筆」が描いた「絵」である。ただし、現実には割と殺風景なこの場に立ったとき、私は下の「絵」のような「写真」が撮れるとわかった。それは私がこれまでちょこちょこ「FOVクラシックブルー」という絵筆で「落書き」をしていたからである。

dp Qwattroは「絵」を描くカメラ_e0367501_23380299.jpg

by dialogue2017 | 2019-12-20 12:00 | 風景 | Comments(0)

狙い通りの1枚である。「こういう写真を撮りたい」と頭に描いた通りの写真になった。このカメラを貸してくれた友人は両手を水平に拡げ、「この線より太陽を前に置いて撮ったら駄目。どうにもならない」と教えてくれた。それは私が彼からこのカメラを借りて最初の撮影を終えた後に教えて貰ったことなのだけれど、撮っている時私もそのことに直ぐに気がついた。このカメラはそれぐらい「逆光気味」の光に弱い。まして画角の中に太陽など入れようものなら盛大なグリーンのフレアーが写真全体を覆うことになる。しかし、僅かなアングルの調整によってそのグリーンのフレアーを押さえて「普通のフレアー」で止めることができる。

過去に何度書いたことであるが私は「破綻した写真」が好きである。「フレアー」も大好きで意図的にフレアーの出た写真を撮ると言うことを良くやる。ただし、その「出具合」を思い描いたとおりにするというのは簡単ではない。もちろん、何枚も何枚も撮れば思ったイメージに近い写真を撮ることはできる。しかし、私はそういうことをやらない。ほとんどの場合は一発勝負。それで駄目だったら諦める。時々、2枚目3枚目と撮ってみることがあるが、撮っても3枚まで。ほとんどのケースでは1枚で終わる。だから、イメージにぴったりの写真とはならないことも多い。この写真のフレアーの出具合、ハイライトのにじみ加減、写真の「緩さ」加減は完全に頭の中でイメージした通りだった。

「SPP(SIGMA PHOTO PRO)」の「カラー調整」の「GBMA」の座標を使って色合いをコントロールすると、いろいろな「味付け」が可能になる。もう少し「G」を強調したり「A」に振ったりといろいろ遊べる。この写真はカラーモードの「ビビッド」を使ってRaw現像したが、「GBMA」の調整はしていない。人間の目にはこんな風に「フレアー」が出た光景には見えないが、私はこの花を目にした瞬間下の写真の様なイメージを即座に思い浮かべた。こういう写真になる光のアングルだと知っているからである。沢山撮ればそういうことがわかるようになる。だから「つまらない」写真でも沢山撮っている。それは全部「データベース」として頭の中にストックされていくから。いまは特段撮りたいモノがないので無目的に写真を撮っているが、もし「こういう写真が撮りたい」という欲求が生まれたとき、あまり苦労しないでそういう写真を撮ることが出来ると思う。いい加減に生きているが、刀だけはいつでも磨いているのである。

狙い通りの1枚 刀だけは磨いている_e0367501_23011542.jpg

by dialogue2017 | 2019-12-20 05:00 | 風景 | Comments(0)

iPhoneモノクロ写真

iPhone8で撮影した写真をモノクロにしてみた。本日10:43の撮影。iPhoneで十分それらしい写真が撮れる。もう少し「コントラスト」を上げて「黒」を濃くした方が見映えが良いかと思うが、霧で靄っているときの写真なのでローコントラストにしている。北海道の写真家飯塚達央君の最初の個展「雪月花風」の出展作品の中の何枚かの作品とよく似たテイストである。PIXUS PRO-1を使って"ピクトラン”でA3にプリントして余白の多いマットで額装したら飯塚作品とそっくりになるだろう。そういうレベルの写真がiPhoneで簡単に撮れてしまう時代である。※写真下に本文あり。

iPhoneモノクロ写真_e0367501_21441364.jpg

iPhoneが日本で最初に発売されたのは2008年7月10日。iPhone 3G。私は発売されてすぐにiPhoneを使い始めたのですでにiPhone歴11年を越えている。現在使っているのはiPhone 8。それより新しい機種になんの興味もない。メールが出来て、出先で調べ事をしたいときにネットサーフィンが出来ればそれで十分。今まではiPhoneのカメラでは「メモ代わり」としてしか写真を撮らなかったのでカメラの性能もiPhone 8で十分だ。

最近は、写真はほとんどiPhoneで撮っていて、カメラを使うことはとても少ない。ほとんどスナップをしていないのでカメラを使うことがあまりない。唯一、茅野の「山小屋」に行った時に散歩するときにカメラを持って歩くが、散歩をすることが目的で、写真はついでに撮っているという感じである。いや、私はどんなときでもそんな感じでしか写真を撮っていない。

今回は13日の金曜日の午後に東京を出立し、その日の夕方に山小屋に着いた。今日の14時過ぎまでおよそ92時間ほど山小屋で過ごした。今回は「大工仕事」をしていてどこにも出掛けなかった。出向いた先はホームセンターと市営温泉とスーパーマーケットだけ。散歩も14日の午前中に一度しただけだ。昨日はもの凄く良い天気で散歩日和であったし、ちょっと写真を撮って見たいという天気であったが散歩には出ずに大工仕事を始めた。

今朝は雨だった。昨晩から降っていた。私は曇りの日に写真を撮ることはほとんどないが、雨の日に写真を撮るのは好きである。で、ちょこっとだけでも写真を撮ってこようかと思ったのだがどうも億劫で山小屋を出なかった。この写真は、ホームセンターに向かうために山小屋を出たとき、山小屋から30mほどの場所で撮った。いつも歩く散歩道である。

雨が上がったあと霧が出て「ホワイトアウト」に近い状態になった。この時は霧が薄くなり始めた時である。散歩ではなく車だったのだが、車を停めてiPhoneで何枚か撮った。10月に引っ越しした新しい「茅野の家(山小屋)」で霧を見たのは初めてだったので妻に「写メ」を送ろうと思って撮った。今し方、この写真をFacebookに投稿する際ふと思いついて"モノクロ”にしてみた。11年間iPhoneを使っていてiPhoneで撮影した写真をモノクロにしたのはこの写真が初めてである。これは"記念すべき1枚”である。レタッチもiPhoneでやった。と言っても「彩度」を「0」にして、「明るさ」と「コントラスト」を整えた程度。7秒ぐらいのレタッチである。

FUJIFILM GFX 50sで撮影とクレジットしても信じる人がいるだろう。もう、肩肘張って写真を撮るような時代ではないのかもしれない。

追記。余談であるが、「雪月花風」を開いた1枚目の写真と2枚目の写真を私は所有している。かなり大きなフレームに額装されている。近日中に茅野の「山小屋」の壁に飾ろうと思う。

追記2。「雪月花風」、webで見るとそれほど美しく見えないが、プリントはとても美しい。モノクロはプリントしてこそだと思う。ネットで見せてもね〜。


by dialogue2017 | 2019-12-17 22:00 | 風景 | Comments(1)

7日金曜日の晩から茅野の「山小屋」に行っていた。今回は引っ越し後初めて息子が同行した。息子が「家族旅行」に同行するのは今年1月中旬の「白馬八方スキー旅行」以来。家族4人揃って出掛けたのは11ヶ月ぶり。8日は「茅野市立運動公園」の体育館でバスケットボールと卓球をした。9日は「NAO ice OVAL」(茅野市国際スケートセンター)でアイススケートをした。写真はその3シーンのみを撮影した。それ以外で撮ったのは、昨日朝家を出てスケートに向かう際、山小屋から300mほどのところで車を停めて冠雪した八ヶ岳連峰を数枚撮っただけ。この写真ではよく分からないが、この日の早朝には湖は半分ぐらいは凍結していた。遠からず全面凍結するだろう。

今回は「家族写真」しか撮らなかった_e0367501_13244188.jpg


by dialogue2017 | 2019-12-09 13:30 | 風景 | Comments(0)

小型軽量のX-T20に"キットズーム”レンズ1本だけを付けて小旅行に出掛けたら楽しそうだな。なんの気構えもなしに写真を撮れるから。写真って、こんな風に思い出が「記録」として残るから撮るんだよね。人生そのものが「作品」みたいなものだから、写真で「作品」を撮る必要はまったく感じない。写真を撮ること自体より「旅に出る」ことの方が大事なんだ。写真なんて旅の「ついで」に撮ればいいんだ。

去年の今日この橋の上からこの光景を眺めた。その時は写真を撮ることさえ忘れていた。大切なのは「現実」であって「写真」じゃないんだ。

FUJIFILM X-T20 + FUJINON XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS ISO400 F4 1/850 +1.0EV AWB JPEG-Velvia 2017年11月12日 四条大橋より

私の写真は「ついで写真」_e0367501_11124285.jpg

by dialogue2017 | 2019-12-05 05:00 | 風景 | Comments(0)

霧に煙る

この3週間ほどたくさん写真を撮っている。しかし、忙しくてブログを更新する時間が無い。まあ、張り合いのないブログなのでどうでも良いと言えば良いのだけれど…

霧に煙る_e0367501_16285360.jpg

by dialogue2017 | 2019-11-05 16:30 | 風景 | Comments(2)

191028朝の散歩(15)

前の「茅野の家」から引っ越しした10月19日の時は葉が生い茂っていてウッドデッキからはほとんど湖は見えなかった。もうすぐすっかり見えるようになるだろう。

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by dialogue2017 | 2019-11-01 14:00 | 風景 | Comments(0)