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写真についての話し(3) 写真の基本は35mmと50mm 訥弁は能弁を越える

今回も「加納満さんとのカメラの話し(#上田義彦)」についての話を書く。しかし、そこで語られている「言葉」を逐一取り上げるつもりはない。この「対談」を観て貰っているという前提で書く。まあ、こんな文章を読む人はすでにこの「対談」を二度ならず見ていることであろう。だから、ポイントとなる部分についてのみ「対談」で語られた言葉を引用するが、前後の「脈絡」までは追わない。そういう前提で読んでいただきたい。

内容について語る前に、この「対談」は実に素晴らしい対談だと思うということを言っておきたい。それほど長い「対談」ではないし、聞いたこともないような話しがされているわけでもない(初心者クラスの人にとっては聞いたこともないような話しがあるかもしれないが)。しかし、「深い」と思う。その深さは、二人の「言葉」に現れているという以上に、二人の表情であったりうなずきであったり対話の"テンポ”にじみていると思う。話しがお二人の経験に基づいていてたんなる「論理」ではない点に強い説得力がある。なによりも、話しに"真情”が籠もっている。

この対談が非常に「成功」している大きな「原因」は「同じ年対談」であるからだと思う。どちらかが先輩・後輩という間柄じゃないのでフランクに向き合える。そして、それ以上に大きな点は、二人がズレることなく「同時代体験」をしている点にある。渡部さんが経験したことの多くを、時を同じくして加納さんも経験していたのである。だから、二人は多くの点で自ずと「以心伝心」となる。インタビュアーである渡部さんの方が多くを語っていてインタビューされている加納さんの方が言葉少ないが、それは、渡部さんが問いかけたことや語ったことについて加納さんは頷くだけで良いことが多いことにもよっている。そして、加納さんがどちらかというと"朴訥”なしゃべり方をする方であることがこの対談の説得力をもの凄く強いものにしていると思う。つまり、言葉が「足りない」が故の説得力である。一言で済むことには一言で済ましているから、時々ちょっと長い言葉を発したときにとても輝いているのである。時に「訥弁」は「能弁」を凌ぐ。それは「写真」の場合も同じである。加納さんはそのことに言及している。それは最近私自身が痛感していることであっただけに思わず「そうそう」と言いたくなった(笑)。

「目は口ほどにものを言う」という言葉があるが、加納さんは全身の表情で言葉以上のことを語っていると思う。加納さんが「朴訥」であるおかげで渡部さんの話が引き立っている。また、お二人が極めて親しい間柄というわけではないことがこの対談を素晴らしいものにしている。それは加納さんの受け答えに現れていると思う。つまり、二人には「馴れ合い」が無いのである。加納さんは良い意味での「緊張感」を抱いて渡部さんに受け答えしている。この対談がもの凄く説得力があるのは、加納さんの人柄のおかげだと思う。加納さんに感謝したい。

「前置き」が長くなったので「本論」はサラッと書いて終わりにしようと思う。「対談」の第二部は渡部さんが加納さんが使っているカメラやレンズについての質問をすることから始まっている。動画を見て貰っているという前提で書くので細かい部分には触れない。

まず私が面白いと思ったのは冒頭の方で渡部さんが「M6が多い?」と質問したのに対して加納さんが「いや、こっちでオートが近頃は」と言ってZeiss Ikonを手にしたことである。渡部さんはその答えに被せるように「ふーん、これはピント見やすいよね、なんだっけ名前が」と応対した。加納満さんといえばレンジファインダーカメラの名手である。当然長い間LEICAのカメラを使ってきた人であるが、「近頃」は「こっちでオート」を多用しているというのである。

私は10年程前に渡部さんに向かって「LEICA M3のファインダーは最高だって言うけれど、ファインダー倍率は0.91倍。コシナのBessa R3は1.0倍。見やすさはBessaの方が上だ。おまけにBessaにはAEがある。M3よりBessaの方が使い勝手は上。LEICAに拘るなんて変態だよ」と語ったことがある。その時渡部さんは「ファインダー倍率はBessaの方が上かも知れないけれど、アイポイントの長さという問題もある」と「反論」した。「感度分の16」の啓蒙者である渡部さんにはAEなんて不要なのだろう。しかし、私は「俺が言っていることの方が正論」と啖呵を切った(笑)。だから、「いや、こっちでオートが近頃は」という加納さんの"合理的な選択”を知って「ほら見ろ」という思いだった(爆)。

ちなみに、渡部さんが「これはピント見やすいよね」と評価したZeiss Ikonのファインダー倍率は0.74倍である。しかし、確かに1.0倍のBessa R3よりピントは見やすい。その理由は"基線長”が75mmと長いためである。レンジファインダーカメラというのは「光学視差式距離計」が搭載されたカメラのことであるが、距離計(レンジファインダー)は"基線長”が長いほどピント精度が高くなる。LEICA M3の基線長は68.25mm、Bessa R3は37.0mmしかない(BessaよりM3のファインダーの方が見やすいという渡部説に軍配が上がる可能性はある)。Zeiss Ikonのピントの見え方はLEICA M3よりもBessa R3よりも上なのである。しかし、私が言いたいのは加納さんがAEを利用している点である。プロであれば露出計なしでも適正露出で撮れて当たり前であるが、露出計を使った方が精度が高くなるのは言うまでも無い。わざわざデジタルカメラをマニュアル露出で使っている人がいるが、私に言わせれば「変人」であるに過ぎない。もちろん、デジタルカメラであってもマニュアル露出で撮る方が良いシチュエーションというものはある。しかし、フィルムの場合でもAEを活用するのが「真っ当」だと思う。もっとも、渡部さんがAEを使わずにマニュアル露出で撮るのにはそれなりの明確な理由がある。彼の場合はたしかにAEは不要だろう。

対談の続きに戻る。渡部さんが「で、レンズは? なにを一番使うの?」と質問すると加納さんは「まっ、35ですよね。35、50かな、一番使うのは」と答えた。そのシーンの画面には「写真家に話しを聞くと、35ミリと50ミリしか使わないことがほとんど」とテロップが表示される。これも「まあそうだよね」の一言しか出てこない話しである。私も長年、スナップではほぼ35mmと50mmしか使わなかった。私はフィルムで写真を撮っていた時期はもの凄く短いのだけれど、フィルムで良く写真を撮っていた2年程の間は、2台のCONTAX STの片方にDistagon 1,4/35を付けて、もう片方にPlanar 1,4/50を付けて持ち歩いていた。その後α7を使い始めた頃にもスナップに出掛ける時にはこの2本のレンズを持ち歩いていた(ボディは1台)。そして、X-T2・X-T20を使い始めた後はX-T2にXF 23mm F1.4 R、X-T20にXF35mm F1.4 Rを付けて持ち歩くことが多かった(135判換算で35mm相当と50mm相当)。

1年半ほど前からはXF35mm F1.4Rの相棒としてXF 56mm F1.2 Rを使うことが多くなった。135判換算50mm相当と85mm相当の組み合わせである。最初、85mmをスナップに使うなどと言うことは思いもよらなかったが「人物」を入れたスナップだと非常に使い易いのである。理想はあと10mm短い75mmぐらいである。加納さんの「35、50かな、一番使うのは」という返答のあと渡部さんは「長いのって使うの?」と尋ねた。加納さんは「ときどき」と答えた。そのあと渡部さんはテーブルの上に置いてあったコシナの75mmレンズを手にして「これ何ミリ?」と尋ねる。加納さんは75mmだと返答する。渡部さんは「まっ、75mmだといいなと思うけど」と呟く。このあたりの渡部さんは完全に"素”の状態で会話を楽しんでいる。居酒屋で話しているときと変わらない(笑)。だからこの「対談」は素敵なんだよね。ようするに「年の功」(爆)。

「75mmが一番ちょうどいい、好きな、自分ポートレート撮る時、一番好きな焦点距離がこの辺なんで、85だとちょっと長いから」と渡部さんがしゃべるのに加納さんが「うん、うん」と頷く。そうなんだよ。85mmってポートレートレンズって言われているけれどちょっと長いと思う。写真館を経営していた時代、半分以上の写真を85mmレンズで撮っていたのだけれど、あと10mm短かったらもっと使い易いのにといつも思っていた。だから、スナップで使うとしても、XF56mm F1.2 R(85mm相当)より、X-T20にYashica-ContaxマウントのPlanar 1,4/50を付けた方が使い易い。135判換算でちょうど75mmとなる。みんな感じていることは一緒なのだとつくづく思う。まあ、そのような感覚は人間の身体感覚から出てくるものなので同じようなものになるのだろう。

今回一番書いておきたかったのは、35mmと50mmが「基本」だと言うことについてである

(私はshi-pohoto君、0123okkun君、from_vixen君、poppn1971君などのためにこの「写真についての話し」を書いている)。もし、なにかレンズを2本だけしか所有してはいけないと言われたら、プロフォトグラファーの場合35mmと50mmの2本を選ぶ人が多いだろう。私もそれ以外には考えられない。ボディをX-T20に限定して考えたらXF 56mm F1.2 Rを捨てるのは忍びがたい思いがある。もし本当に決断を迫られたら、一番好きなXF 35mm F1.4 Rを捨ててXF 56mm F1.2 Rを選ぶかもしれない。この2年間全く使っていなかったにもかかわらずXF 23mm F1.4 Rはいの一番に残す。なんだかんだ言って、35mmレンズほど使いやすいレンズはないからだ。ちなみに、以前に書いた話しであるが、多くのモノクロ作家がRolleiflexで作品を撮っているが80mmレンズのRolleiflexを使っている人が多い。6×6判の80mmレンズは135判に換算すると約44mm相当となる(75mmは41mm相当)。35mmと50mmの中間だと言うことである。このあたりが一番自然な"感覚”で写真が撮れる画角なのである。

これは「暴論」だと思って読み流して貰って良いが、初心者の時から「望遠好き」とか「直広角好き」の人というのは写真が上手くならないだろうと思う。特に「望遠好き」は厳しいと思う。ゴルフでたとえると「ドライバー好き」の人ってあまり上手い人がいない。ドライバーをかっ飛ばすことに快感を感じている人がほとんどで、スコアを作っていくクラブが下手な人が多い。上手な人って、だいたいショートアイアンが上手い。ドライバーが200mしか飛ばなくても、7番とピッチングを上手に使いこなせれば間違い無くスコアは良くなる。ゴルフのスコアメイクなんて残り100ヤード以内の上手い下手で決まっているから。私に言わせると、35mmと50mmレンズはピッチングウェッジと7番アイアンである。この2本が使いこなせないで写真が上手くなると言うのはあり得ないと思う。

私は昨年の12月にポートレートフォトを「本気でを撮る」ためにSONY α7Ⅲを購入した。その際、FE 24-105mmも買ったがこれは「旅行先」でα7Ⅲを使う為の「予備レンズ」という位置づけで、ポートレートフォトを撮るためのレンズとしては「Distagon T* FE 35mm F1.4 ZA」「Planar T* FE 50mm F1.4 ZA」「FE 85mm F.14 GM」の3本のレンズを購入した。3本購入したが85mmは「抑え」のレンズであり、35mmと50mmの2本で80%の写真を撮るつもりであった。確かに85mmは「ポートレートレンズ」と言われるだけあって、ボケ量の大きな大変魅力的な写真を撮ることが出来るレンズである。しかし、「雰囲気」のある写真を撮ることを考えた場合一番有効なのは35mmだと思っている。もし、α7Ⅲ用に2本だけ残せと言われたらなんの迷いもなく35mmと50mmを選ぶ。この2本があれば撮りたいと思う写真の80%は撮ることが出来るからだ。
 
先日ちょこっと書いたが、FE 135mm F1.8 GMは使ってみたいとは思うが購入しようとは思っていない。135mmで撮ったポートレートフォトは85mmを凌ぐ「インパクト」を持った写真になる。素晴らしいと思う。しかし、135mmで撮る写真というのはほぼ100%「ボケ」だけで見せる写真となる。確かに素晴らしい写真が撮れるけれど、それは「グラビアフォト」タイプの写真であって、敢えて言えば「表面的」な写真にしかならない。そんな写真、既存のフォトグラファーに任せておけば良い。こういう言い方を信じない人もいると思うが、85mmや135mmはモデルの「息づかい」が絵に現れてこないのである。嘘だと想う人はポートレートフォトについてまだ理解していない。「写真に"息づかい”なんて現れるわけがない」という意見は「論理的」には「正論」である。しかし、実際には「息づかい」が感じられるような写真と感じられない写真がある。女性ポートレートの場合、「息づかいが聞こえてきそうな」写真が良い写真なのである。

【補足】望遠好きは厳しいと思うと書いたが、いまは望遠レンズというと単焦点ではなく、70-200mmとか70-300mmなどの望遠ズームレンズを使う人が圧倒的に多い。それでなくても望遠レンズというのは「間合い」の「ない」レンズだというのに、ズームとなると「間合い」なんてほとんど意識しなくなる。もちろん、使いこなせる技量があれば望遠ズームレンズはとても便利だし、素晴らしい写真を撮らせてくれるレンズではあるが、初心者の時から「望遠ズームレンズ」が好きな人は写真撮影において最も重要な「間合い」の感覚が養われないだろうと思う。35mmレンズと50mmレンズがプロに好まれる理由は、人間にとって「生理的」に"しっくりいく”「間合い」だからなのだと思う。こういうことを書いている本などには一度も出会ったことがないが、そういう「生理的」な理由があると考えた方が良いと思う。

(つづく)いやもうこれで終わりにしておこうかな。


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by dialogue2017 | 2019-12-14 05:00 | 写真とカメラの話し | Comments(0)