ひとつ前のエントリーに加筆した 第一線級のプロと同レベルの写真を撮って見せる

娘を迎えに来たついでに写真を1枚載せることにした。

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15:30〜18:00までは娘がボルタリングスクールでレッスンを受けている。その間、私は近くのファミレスやコーヒーショップで読書をして時間を潰す。今日はMacBook PROを持ってきているので、ひとつ前のエントリーを読み直してみた。一気に書いた文章である上、娘に急かされ校閲もせずにアップして家を出たのでひどい文章である。まあ、内容は悪くないので構わないが。ただ、一言足りない部分が何ヶ所かあったのでそういうところに加筆した。更に、掲載した写真には「大きな欠点」があるにもかかわらず、その点について触れておかなかったので、文末に「追記」としてその点について書き足した。

娘はボルダリングに熱中している。上手くなりたくてどうしようもないという感じだ。登れないルートがあると悔しがる。「次は絶対に登ってやる」という意気込みでチャレンジしている。見ていて惚れ惚れするほどの熱心さだ。まだ「オリンピックに出たい」とかは言っていない。ただ、登るのが楽しく、登れないことが悔しくて夢中にやっている段階だ。

娘を見ていて思う。「好きなこと」には真剣に取り組む方が楽しいだろうと。人間は、なにかに「上達」することに大きな喜びを覚える。人間が熱中することの多くはそういうモノに対してである。しかし、好きなことにあまり真剣には取り組まない人々も沢山いるようだ。昨年の10月に「モノクロ写真ジャンル」に登録し、それから1年間「モノクロ写真ジャンル」のブログを見続けてきた。ハッキリ言って結構辛い(笑)。全く努力しない人間に対して違和感を覚えずにはいられないのだ。ただ、本当に遊びで楽しく写真を撮ってブログをやっている人に対してはひとかけらの反感も感じていない。どんなに下手くそでも、本人が楽しければそれで構わないと思っている。私の写真自身がそのレベルの写真だから。しかし、馬鹿高いカメラやレンズを使ってモノクロ写真を撮っていてモノクロ写真の「イロハ」さえ理解していないと言うのは見ていて「痛い」。

5月末に一度このブログの更新を辞める以前、何人かの若いモノクロ写真愛好家と細やかな交流をさせて貰った。互いのブログを通じてコメントのやりとりを何度も行った人が数人いる。その後も彼らの写真を見続けているが、写真が全く変わらない。1年経っても何も変わっていない。自分が好きなことを1年間続けて何も変わらないというのはどういうことだろう? 

「本気になれ」などという積もりは毛頭ない。私自身が一度も本気で写真を撮ったことが無かったのだから。いや、私は「写真なんかに本気になるなんて馬鹿馬鹿しい」と思っていたのだ(あくまで自分自身のこととして。真剣にやっている人は認めている)。

本気になんてならなくてもいい。ただ、敢えてモノクロで撮るなら、「良いモノクロ写真を撮ろう」という気持ちぐらいは持っても良いのじゃないだろうか? 今朝Facebookで見た内田ユキオさんの話だと、モノクロ写真は写真全体の2%に過ぎないらしい。あえてその2%に取り組むのであれば、「モノクロってこんなに素敵なんだぞ!」というレベルの写真を撮ろうと思って撮って貰いたい。

私はモノクロ写真ばかりを撮る人間を「変態」呼ばわりしてきた。しかし、私はモノクロ写真を見下しているわけではない。私はあまり写真展を見に行かないが、行く場合90%はモノクロの展示だ。親しく交流している写真家のほとんどはモノクロ作家である。そうなんだ。私はモノクロ写真が好きなのだ。だから、「ただモノクロで撮っているだけ」という写真を見ると、どうしても強い違和感を覚えずにはいられないのだ。

みな、私とは違って「仕事」や「家庭」に追われてじっくり写真を撮る時間が無いのだろう。しかし、一月に1日ぐらいの時間なら作ることが出来るだろう。いや、「半日」で十分だ。一月に一度、半日だけ真剣になってモノクロ写真を撮ったら、1年後には写真のレベルが全く変わっているだろう。才能のあるなしで上達の度合いは違うだろうが、才能の無い人だって無い人なりに上達するはずである。ところが、「ああ、この人の写真、最近ちょっといい感じのモノが増えてきたな〜」とか感じる人は全くいない。上手に撮れている人がいないと言うことでは無い。そういう人は少なからずいる。しかし、そういう人々は一年前から「上手」だった。

みな「同じような写真」ばかりを撮り過ぎる。そのものズバリ、繰り返し同じ場所ばかり撮っている人もいる。忙しいのだろう。会社帰りに通勤ルートでちょこっと撮るぐらいしか時間が無いのだろう。でも、だったら高級カメラを使うことより、月に一度真剣に写真を撮り歩く日を作った方がいい。同じような写真ばかりを撮っているのだったら、高級カメラを使っていることがかえって格好悪いよ。東松照明さんはEOS Kissで素晴らしい写真を撮っていた。森山大道さんはGRでほとんどの作品を撮っていた。そのGRは田中長徳さんから「良いカメラだから使ってみて下さい」と言って貰ったモノだそうだ。森山さんはまったくカメラに頓着しない。小さくてポケットに入るようなカメラが好きだそうだ。

「本気」になるというのがどの程度のことなのかまだ私にはわからない。遊びに本気になったことなんて一度も無いから。「本気で撮ってみる」と決めたのは間違い無いが、どこまで行ったら「本気」なのかがよく分からない。わかりやすい喩えをすれば、例えばポートレートを撮るとしたら、取りあえず魚住誠一さんと同じレベルの写真を彼の半分の「打率」で撮れるくらいかという気がする。同じレベルの写真を5枚撮ってこいと言うのであれば1日あれば撮ってくる。完璧に同じレベルの写真を今日にでも撮ることが出来る。最高に綺麗な光が「回っている」ハウススタジオで撮れば良いだけだから。しかし、同じ場所で3時間撮り続けたら、魚住さんは私の5倍以上の枚数の素晴らしい写真を撮るだろう。プロであるというのはそういうことである。「場数」によってしか養われないものがあるのである。

いまさらプロになりたいなどとは思っていない。いや、絶対になりたくない。他にもっっとやりたいことがいくつもあるのだ。しかし、下手なプロよりは遙かに上手いぐらいには撮れるようになろうと思っている。なに、3ヶ月もあれば十分だ。私は人が3年掛けて到達することに、いつでも3ヶ月で届くような生き方をしてきたからやり方は知っている。本気になったときの「集中力」と「執着」と「情熱」の量が巨大なのだ。それは持って生まれたものであって私の努力の賜ではない。たまたま、幸運にもそういう才能を授けられて生まれてきたと言うだけのことだ。ありがたいことだと思う。両親や先祖に感謝する。しかし、私の先祖の誰かが、本当に真面目でそういう才能を開花させたのだろう。

「好きこそものの上手なれ」」と言う。好きなら、上手にならない方がおかしいのだ。それぞれのジャンルでナンバーワンになったような人々はみな口にするーー「もっと上手くなりたい」と。

と書いておいてなんだが、私は「もっと上手くなりたい」とはそれほど思っていない。今のままのレベルでも「本気」になって撮ればプロレベルの写真は撮れる。もちろん一線級のプロより打率は劣るだろうが。「本気」になったあとも私にとっては「たかが写真」でしかない。人生にはもっと「大きなモノ」がいくらでもある。だから、私は写真を上手に撮れるようになりたいとはいまでもさほど思っていない。今のレベルでもそれなりに撮れるし。なによりも、私は「家族の記録」さえ撮ればそれで良いのだ。

私が「本気で撮ってみよう」と思った理由は、「撮りたい」と思う対象を見つけたからである。であれば、真剣に撮りたいし、自分のレベルを上げなければならないと思う。だから、機材を買いそろえる一方で私は写真の勉強を始めた。ここ数日、写真について勉強している。そこにはテクニカルな事もあるし、「考え方」のようなものも含まれている。

自分がこの先どこまでやるのか皆目見当が付かない。案外早くに投げ出すかもしれない。もしかしたら、トップクラスのプロ写真家に肩を並べられるレベルの写真が撮れるまで徹底してやるかもしれない。しかし、私の中ではどちらでも同じことだ。どこまで行っても私にとって写真は「たかが写真」でしかない。たかが写真、されど写真である。取りあえず、来年は本気で撮る。1月末には第一線級のポートレート写真家の作品に匹敵する写真を一定の数並べてみせる。


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Commented by cranberryca at 2018-11-03 02:28
こんにちは (*´▽`*)
一月末のポートレート写真、楽しみにしています ♪
「モノクロ写真を極めると写真が上達する」
という情報を得て、モノクロ写真にチャレンジ!
という新年のカメラ抱負を実行すべく
多少の努力をしているのですが
モノクロの難しさを実感していて
思うような写真が撮れずに凹むことが多く
上達している感がありません (;´▽`A``
仰る通り、単にモノクロで撮っただけ…
という写真が多いような? (´・ω:;.:...
レタッチすることの大切さを教えていただき
カラーもモノクロも、光を意識して撮影した写真を
ちょっと露出補正するようになったけれど
100% 満足できる写真が撮れず
まだまだ修行が足りない自分を反省しています。

カラー写真は細部まで詳細に表現する小説のようなもので
モノクロ写真は抽象的なアート
切り捨てる部分が多い短歌のようなもの…
という説明をされていた記事をネットで読みましたが
dialogue2017さんも、そう思いますか?

https://papacame.com/monochrome-photography

『いかに少ない情報でいかに豊かな世界を見せられるか』
動画のように音と動きがない写真で
伝えたい事が伝えられるようなモノを撮るのは難しいし
自分が意図した点ではなく
見る人によって違う感じ方をされることを前提として
沢山の人に「おぉっ!」と思ってもらえるような写真を
撮られるプロの写真家さんは本当に凄いですね。

白黒ハッキリしたイメージは分かりやすいのですが
グレーのトーンを上手に利用して見せる場合
カラーをモノクロの目で見て判断するのが難しくて…
木村伊兵衛さんの「秋田おばこ」の写真に感動しました。
いつか、こんな素敵な写真が撮れたら。。。
理想と現実のギャップは大きいし
夢のまた夢… な話ですが(滝汗)
ずーーーっと眺めていても飽きることが無い
アートなモノクロ写真に惹かれます ♪
Commented by dialogue2017 at 2018-11-03 22:42
> cranberrycaさん

コメントありがとうございます。
ただいま旅先でキーボードが無い環境ですので帰京後にお返事差し上げます。
by dialogue2017 | 2018-11-02 18:00 | お知らせ | Comments(2)