閑話(64)

「遅くとも今月いっぱいでこのブログを終わりにしようと思っています」の中に「今週中に、例の「ギターの写真」の件についての記事と、「ウクレレの写真」の件に関する記事と、『SunsetLine』さんの写真の「論評」を書いてこのブログを終わりにしようと思っている」と書いたのはちょうど7日前。先週の火曜日に書いたエントリーなので「今週中に」という約束を破ってしまった。

3つの宿題について書けないと言うわけでは無いし、面倒なわけでもない。では、どうして先送りしているかというと、この3つの宿題について書いてしまったら「これで終わった」という気持ちになるであろうからである。金曜日に、約束を果たすべく3つの宿題を書いてしまおうかと思ったのだが、ちょっと考えた後に先延ばしにすることに決めた。その理由は、課題がひとつ増えていたからである。「逆光でのポートレートライティング」に関する質問を受けていたので、それについてもちょこっと書いておきたいのである。

この4つめの宿題は、元からある3つの宿題に比べ少し手間が掛かる。書くのが難しいわけでは無いが(私の場合そういうことはほとんど無い)、3回ぐらいに分けて書かなければならないし、質問者が初心者であることを考えると、意を尽くして書く必要があり、そうなると字数が多くなる。で、3つの宿題より先にこちらを済ませておきたいのである。しかし、「作例」として掲載する写真を外付けHDDの中から探すのが面倒なのである。きちんと整理せず、あちこちの外付けHDDの中に入れてしまっているため探すのが面倒なのである。

私は面倒くさいことは放ったらしにして手を付けない。多くの場合そのままやらずに放置しておく。良くないことだとわかっているが、この困った性格は直せない。実は、HDDの中の作例は比較的短時間で探せると思うのだが、古いブログに掲載したファイルなのでここに掲載すると解像度が足りない。それで躊躇しているのである。元ファイルの方は、探すのが相当困難であるし、元ファイルからレタッチをやり直す気にはとてもなれない。で、新しい課題も先送りしている。

何もかも先送りしているわけは、とりあえず今月いっぱいはこのブログをやることに決めたからである。今月いっぱいはやろうと思った一番の理由は、「写真なんか楽しければそれでいい」にコメントを下さったFさんとの出会いである。Fさんは「遅くとも今月いっぱいでこのブログを終わりにしようと思っています」にもいの一番でコメントを下さり、次のような過分なお言葉を頂いた。

このブログを終わられるのを少しだけでも先延ばしにしていただき、ありがとうございます。貴重な日記にもかかわらず、写真を削除してまで先延ばしにしていただけたこと、感謝いたします。このブログ自体が削除されないようであれば、引き出しを開くように、過去からこれまでの記事を拝見出来ればと思います。最後の最後で、dialogue2017さんのブログを知ることができて、良かったです。またどこかで、見つけられる日を楽しみにしております。ありがとうございます。

嬉しい以前に、ここまで言って頂くと気恥ずかしい気持ちが先立つ。Fさんは十分上手に写真を撮っておられる方で、私が何か「教える」というような方では無いと思う。いや、Fさんより私の方が知っていることが多いだろうし、私の場合、何人ものプロ写真家と付き合ってきたので同じことを知っていてもアマチュア写真愛好家より「深い」理解をしていることが少なからずある。Fさんに必要なのはそういうレベルでの「知見」だと思う。しかし、ここにはそのレベルの話をほとんど書いていない。にもかかわらず、ここまでの評価を頂いているわけで、なんだか申し訳ないような気持ちになっている。このブログを終わりにする前に、多少はFさん一人のために何かを書きたい。

私の心はFさんのことを捉えている。いや、Fさんの「お気持ち」が私の心を捕まえたのだ。彼の気持ちが私の「心」を捉えた何よりもの理由は、彼がLEICA M MONOCHROMの愛用者だからである。私は、散々(?)辛辣な言葉を投げつけてきたLEICA M MONOCHROMの愛用者の一人と真剣な「対話」をする機会を得た。私は、辛辣な言葉を投げつけてきた「責任」を果たしたいのである。

実は、昨晩(と言っても就寝したのは今朝5時過ぎであるが)、「明日先に3件の宿題をいっぺんに片付けよう」と決め手から布団に入った。しかし、今朝10時に起床し、軽い朝食を食べた後机に向かったら書く気になれなかった。書くのが嫌なのでも面倒なのでも無い。とても良い爽やかな天気なので、何かを書くのであれば全く別のもっと「軽い」話を書きたい気分なのである。ブログを更新する気になれなかった昨日とは正反対の気分なのである。今日なら、今からとりあえず5時間ぐらいぶっ続けで書けるだろう。珍しく、いくらでも書きたい気分になっている。なぜだろう?

そうなった理由の一つは今日の天気だ。今日の気温とか湿度とか風の吹き具合とか、そういうことの組み合わせが私にとってもの凄く心地よいのだと思う。そして、起床後に久しぶりに「朝のテーマ」を掛けていることも影響しているかもしれない。それは「ヒーリングミュージック」系のCDで、以前は「朝のテーマ」のように毎朝聞いていた。聞かなくなって1年ほどに成ると思うが、今朝は久しぶりに掛けている。私は文章を書き始めてしまったので音楽はBGMとなってしまいほとんど注意を払って聞いてはいないのだが、その曲は確実に「脳」に届いている。脳に入ってきた「信号」は何らかのかたちで「感情」に刺激を与えることが多い。聞くとも無く聞いているレベルであっても、私はその曲から刺激を受け、心が「癒やされ」る気持ちになっているのだろう。

そしてもう一つ大きな理由がある。たぶん、これが一番大きな理由になっているのだと思うが(自分の感情が生じている根本原因を断定することは難しい。全く別の無自覚な理由があるかもしれないから)、一昨日、5ヶ月ぶりで江の島・鎌倉界隈をブラブラしてきたことである。そこで沢山写真を撮ってきたことが、私をして「何か書きたい」といいう気持ちにさせているのだろう。写真を見せることでは無く、写真について、あるいは写真を撮っている時に感じたことについて書きたいのだ。

いや、本当に書きたいことは写真についての話しでも無ければ、カメラについての話でもない。「海風に吹かれながら波打ち際を散歩する」ということがどれほど素敵なことか、私はそれについて話したいのだと思う。人間は、感動したことについて他者に話したいという気持ちになる。鎌倉の浜辺を散歩した程度のことは「感動」にはほど遠いが、それでもとても素敵な出来事であった。私は、それを誰かに伝えたいのである。

伝える相手は誰でも良い。ここに書けば誰かが読んでくれる。コメントを頂く必要は無い。誰かが読んでくれるのは間違い無いことで、私はそれを知っている。だから、ここに文章を書けば、私は誰かと「対話」をしたことになる。

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Commented by ks-photo at 2018-05-15 15:28
dialogue2017さん、こんにちは。
大変恐縮しております。
レベルの多寡は分かっていないですが、ここに書いていらっしゃることは、これまで感覚的に理解していたような気になっていたものが、理屈を持って理解できた気がします。
この時点で、十二分に教えていただいているものと考えております。

M Monochromについては、機材の能力を把握するどころか、ただ単に使わせてもらっている、いや、機材に使われている(ボタンを押すという作業を、単にぼくが行っているだけ)ように思っています。

写真をご覧いただいた方々から、時々「良い写真ですね」と言っていただいたり、コメントを頂いても、『機材のお陰です』としか答えられないですし、これまで何度もその回答をしてきました。

ただ撮らされているだけの写真でも、そのように思われる方がいらっしゃるということは、それほど、M Monochromという機材は素敵なものなのだろうという、そんなレベルでお恥ずかしい限りです。

dialogue2017さんが言われる、「矜持」を持てるような状況には、まだまだです。
でも、そこに追いつきたい気持ちだけは持つように心がけております。

ブログでは、どうしても、良いことしか書かれない中で、dialogue2017さんが辛辣と表現されているお言葉は、それほど辛辣なものでしょうか(笑)?
ぼくはあまりそのように感じておりません(笑)


当たり前のことを、普通に仰っているだけのような気がしております。


批判されても、それを何事もなかったかのように跳ね返せるだけの、まさに本当の意味での「矜持」を持ちたいものです。。。
Commented by dialogue2017 at 2018-05-19 11:58
> ks-photoさん
こんにちは。コメントありがとうございます。返信が遅れて申し訳ありません。
「これまで感覚的に理解していたような気になっていたものが、理屈を持って理解できた気がします」
これってもの凄く重要なことですし、その差は想像以上に大きいです。
物事を本当に理解できているかどうかは、そのことについてきちんと叙述できるかどうかです。
もちろん、文章を書くことの得意不得意と言うことはありますが、
本当は得意か不得意かでは無く、理解が浅いか深いかの差なんです。
物事をきちんと深い部分で理解していれば、文章が下手でもそれについて書くことは可能です。
逆に言うと、物事はそれについて叙述をくり返すことに寄ってしかなかなか深く理解できません。
もちろん、「感覚的」な理解力だけで深い部分までいける人がいますが、例外と言って良いです。

M Monochromは「特殊」なカメラです。
非常に優秀である反面、使い手を選ぶカメラです。
他のカメラでは出せない絵を出すためには、その特徴が「どこ」にあるのかを知っていないと出せません。

僕自身、「辛辣」どころかかなり柔らかく書いている積もりです。
しかし、あっちこっちで「酷いこと書いている傲慢なブログだ」と論評されています(笑)。
ちょっと批評されると自分の全人格が否定されたと思ってしまう若者が多いんです。

今月末で一旦このブログを止めるつもりですが、
ks-photoさんとの「対話」は別の形で続けさせていただきたいと思っております。
乞うご期待(爆)。
by dialogue2017 | 2018-05-14 11:30 | 閑話 | Comments(2)