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森谷修さんの写真を探すため2013年当時のブログにログインしてみた。現在、古いブログは全て「閉鎖」している。探しているエントリーは直ぐに見つかった。それはそうだ日付けを覚えているのだから。今更6年も前のブログに書いた話をここに掲載することには小さくない躊躇いがある。しかし、そろそろこのブログも終わりにしたいと思っているので「三人組」に観て貰うために掲載することにする。

私にとって森谷修さんとの出逢いは大きかった(彼との交流が始まったのは2005年ごろだった)。写真についてあれこれ語り合った最初の写真家が森谷さんだったのである。森谷さんからは「一緒に見に行こうよ」と誘われて二人で写真展を見に行ったことなどもあった。私は渡部さとるさんや飯塚達央君とも二人で写真展を見に行くという経験をしているのだが、これは特別な体験だと思う。著名写真家の写真を著名写真家と二人であれこれ言いながら鑑賞するのだから(笑)。渡部さとるさんと二人で、安達ロベルトさんの写真展だとか尾仲浩二さんの写真展を見に行って、作家本人を交えてあれこれ談義するという経験は得がたい経験であった。

森谷さんと言えば、2010年の飯塚達央君の個展の打ち上げの際には、私が同伴した一回り以上年下のガールフレンドとのツーショットを撮って貰ったこともあった(笑)。その写真を撮って貰うとき、森谷さんは私たちの立ち位置を少しだけ動くように指示してきた。天井のライトが顔に当たる角度を調節したのだ。その経験をして以来私も同じことをやるようになった。

森谷さんは渡部さとるさんに勝るとも劣らないと表現しても良いゼラチンシルバーモノクロプリントの名手である。「玄人」「職人」という言葉が彼ほど似合う写真家はいないと思う。プリントへのこだわりは半端ではない。彼のような写真家と親しく交流する機会を得たことは私にとって大きな財産となった。何気ない話しかしていなかったが、私は彼の話から、写真雑誌などからは学ぶことのできない「プロのノウハウ」を知った。彼との交流が楽しかったのは、何を聞いてもそのものズバリの答えを語らない人だったからである。謎めいた示唆しかしてくれないことが多かった。彼との間ではいまひとつ良く理解しきれなかったことの多くは、後に渡部さとるさんと親しく交流するなかでみな理解に到達した。森谷さんが初めから「答え」を教えてくれなかったことは私にとっては有意義なことであった。

渡部さとるさんという別の「エッセンス」に触れたことによって、私は森谷さんとの交流のなかでは疑問に思っていたことの多くを自力で解決したからである。私は知りたいことがあっても渡部さんに直接聞かないことが少なくない。あえて遠回しな質問をして、疑問点から少し離れた部分についての話を聞くのである。しかし、渡部さんからの話を咀嚼すると疑問が解けるのである。渡部さとるという写真家の「写真観」は深いのである。だから、一つの話からいろいろな問題に対する「解答」を類推していくことが可能なのである。彼ほどの写真家は多くない。

以下に、ブログ『魂との対話』の2013年8月8日のエントリーを丸々コピーして掲載する。

※当時はRetina Display対応のファイルをアップしていないので掲載写真はぼやけて見えます。あしからず。

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【以下は2013年8月8日に書いた文章である】


昨日、写真家・森谷修さんの個展「バリの祈り」を見に行った。
久しぶりに見る森谷さんのプリントはとても美しかった。美しすぎると言って良いほどに。

森谷さんがfacebookに昨日の話を書かれたので私も自分の備忘録として書こうと思う。
多分、書き始めると長い話になるので、最初に昨日撮った5枚の写真を貼ってしまおう。
いずれも椅子に座って撮った雑な写真で写っているお三方には恐縮であるが。

お客様を丁寧に見送る森谷さん。
このあと「私も失礼します」と言ったら「いま写真見せるから」と座ることを勧められた。
そしてそのあと、4時間に及ぶ得難い写真談義をさせて頂いた。

写真家の対話 ヴィンテージプリントかモダンプリントか? _a0157107_0331588.jpg

写真家・亀山仁さんが来店され3人で渡部さとるさんの話をしているところにご本人が。

写真家の対話 ヴィンテージプリントかモダンプリントか? _a0157107_0352992.jpg

渡部さんがテーブルに座り、このあと延々と写真談義になった。
話は森谷さんが書かれているように「なにげに深い」ものであった。
昨日改めて思ったが、渡部さんは最近以前以上に言い切ることが増えてきた。
その断言の仕方が、森谷さんをして「なにげに深い」と感じさせた部分もあったと思う。

写真家の対話 ヴィンテージプリントかモダンプリントか? _a0157107_038792.jpg

4人で談笑しているところにLEICA M Monochromを持ったお客様が現れる。
即座に森谷さんがそれを手にして渡部さんを撮影。
レンズはP.Angenieux 35mm/f2.5。かなりマニアックなレンズだ(笑)。
森谷さんの構えは右肘が左肘よりかなり高く、それが個性的で格好良い。

写真家の対話 ヴィンテージプリントかモダンプリントか? _a0157107_0401797.jpg

私はまたしても渡部さんからLeicaで写真を撮ってもらったが今回もプリントはない(笑)。

写真家の対話 ヴィンテージプリントかモダンプリントか? _a0157107_0403378.jpg


さて、自分自身の備忘録ということで昨日の話を書こう。

昨日、妻の実家(島根)に一人で出かける息子を送って羽田に行った。
当初の予定では、息子を見送った後、私は午後の飛行機で那覇に行く予定であった。
しかし、早朝から娘が39℃近い熱を出したため出かけるのを中止した。
息子を羽田に送った帰り、江ノ島に出て写真家・森谷修さんの個展を見てきた。

写真展を見に行くことは滅多にないし、たまに行っても5分で見終えてしまう。
昨日も10分程でギャラリーを辞する積もりであったが、
森谷さんが「写真見せるから」と言ってテーブル席に座るよう勧めてくれた。

このテーブルは先週まで行われていた安達ロベルトさんの個展の際には無かった。
「遠くから来て下さるお客さんもいるのでゆっくり話ができるように用意した」とのこと。
いかにも森谷さんらしい心遣いだと思った。

森谷さんは冷たい麦茶をグラスについでくれた後、奥の扉の中から印画紙の箱を持ってきた。
その中には「写真」が沢山入っていた。

その「写真」は今回個展会場に展示してある作品と同じ写真である。
どういうことかというと、展示してある写真はビンテージプリントで箱の中身はモダンプリント。
作家が撮影後日を置かずにプリントした写真をビンテージプリントと呼ぶ。
撮影後年数がたってから改めてプリントした写真をモダンプリントと呼ぶ。

森谷さん自身は今回の展示は全てモダンプリントにしたかったそうだ。
それは「昔より上手になっているから」という明快な理由による。
しかし、ギャラリースタッフの意向も入れて今回は全点ビンテージプリントの展示となった。
森谷さんは箱からモダンプリントを出し、同じ作品の展示の横に並べて見せてくれた。
そして、どのあたりがどのように違うのかを分かりやすく説明してくれた。

使っている印画紙の違いも大きいが、中には焼き方が随分と変わっている写真もあった。
森谷さんは「解釈が変わった」と表現した。クラッシック音楽の演奏などでも使われる表現だ。
私は初めてそういう経験をしたのだが、両者の違いが思いの外大きいのに驚いた。
私はビンテージプリントの方が断然良いと思った。

確かに森谷さん自身が言うようにモダンプリントの方が綺麗なプリントだと思う。
しかし、それでなくても美しい森谷さんのプリントがモダンだと美しすぎると思えてしまうのだ。
ビンテージに比べるとモダンは綺麗すぎてインクジェットプリントのように見えた。
森谷さんに感想を伝えると、お客さんの好き嫌いははっきり二つに分かれていると教えてくれた。

私自身はモノクロ写真も銀塩プリントもやっていないが、その世界に強い関心はある。
それでモノクロプリントについて森谷さんと1時間以上話しに花を咲かせていた。
するとそこに写真家の亀山仁さんがやってきた。

亀山さんは7月末までギャラリー冬青で個展を開かれていた。
個展開催と同時に冬青社から初の写真集を出されたばかりの写真家。
いま冬青社から写真集を出すというだけで亀山さんの実力の高さは折り紙付きだ。

亀山さんも森谷さんと同じくスクエアーフォーマットのモノクロ銀塩写真。
しかも、森谷さんの今回の展示作品の撮影舞台が「バリ」であるのにたいして
亀山さんは「ミャンマー」を舞台に作品を撮り続けてきた作家である。
亀山さんの登場によって、当然話は深いところに及ぶこととなった。

亀山さんとは初対面であったが、氏が渡部さとるさんのワークショップ出身者であるため、
私の方は亀山さんのおおよそのプロフィールを承知していた。
それで私が亀山さんに自己紹介をしたら「渡部さんから話をきいたことがあります」とのこと。
そんなわけで、渡部さとるさんの話題で盛り上がっていたところになんとご本人が現れた。

一通り展示作品を見終わった渡部さんがテーブルに着くと話はいよいよ面白みを増した。
私が「ビンテージプリントの方が断然いいと思う」と感想を述べると、
渡部さんは「当たり前。ビンテージを超えるプリントは焼けないものだ」と断言。
森谷さんが「そうかもしれないけれど今の方が絶対に上手く焼けるようになっている」と応じる。
渡部さんが「それはそう。でもプリントの上手い下手と写真としてのいい悪いは別」と返す。
なぜビンテージの方がいいのか。その理由は何か? 話は一気に深いところに突き進む。

昨日の模様を森谷さんはfacebookに次のように書かれた。

展示会場にて。
写真家の渡部さとるさん、写真家の亀山仁さん、公園写真館の平島さん、
お客様同士にご縁が強い方々がテーブルを囲む偶然。

(赤坂の新山ギャラリーさんでの展示でも
お客様の来場タイミングは、なにか縁が作用しているのは感じていました。
写真家が集結する日、音楽関係の人ばかりの日などなど。
毎日一つのテーマ性で話がすすむ面白さ)

こういうメンバーだと、普通にする会話が
なにげに深い。
かなり瞬間的に、ポンと深く。
それぞれの追求がハンパないことがよくわかります。
(ちょっとしたトークショーが開けそう。。。)

いや、ちょっとしたトークショーどころの話ではなかっただろう。
トークショーであれば聴衆の受けを配慮するだろうし主催者の思惑も考えて話をする。
しかし、昨日は気の置けない間柄のモノクロ作家3人がてらい無しに本音を語り合ったのだ。
この3人のトークショウなら2時間ワンドリンク付き3.500円で沢山聴衆を呼べるだろう(笑)。
それをたった一人で、しかも建前無しの本音話を延々聞いていたのだからなんとも贅沢な話だ。
いや、延々聞いていたのではなく、話の半分は私がしゃべっていたのだった(苦笑)。
プロの写真家3人を相手に、自分はやっていないモノクロ銀塩写真の話をする自分にあきれる。

なにはともあれ楽しい4時間だった。
昨日は楽しいとしか思わなかったが、一晩たって実に有意義な時間であったと実感した。
いまはまだ楽しかっただけかもしれないが、昨日のあの会話が、
数年後には「あの時あの三人と話をしたから」と振り返るほど大きなものになっているかもしれない。

昨日は沖縄に行けなかったことを残念に思う気持ちの方が大きかった。
しかし、今は娘が森谷さん亀山さん渡部さんの三人と話す時間を私に与えてくれたように思える。
娘が熱を出さなければ、昨日のあの時間は絶対に持つことのできない時間だったことは確かだ。

追記。
帰ろうとする私に森谷さんが「写真見せるから」と言って腕を引っ張り引き留めてくれなければ、
そしてもし、森谷さんがテーブルを用意していてくれなかったらあれほどの長談義は無かっただろう。
3人と会う機会を作ってくれたのは娘だけではなく森谷さんでもあったのだと気がついた。感謝!

【追記】渡部さとるさんがこの時の話を日記に書かれました「写真生活」


# by dialogue2017 | 2020-10-11 21:00 | 写真とカメラの話し

朝facebookを開いたら、一番上に「4年前の今日」というのが表示された。それは4年前の10月3日の投稿であった。その前日に写真家の水谷充さんと初めて会ったときの話を翌日書いたのである。ああ、あれからもう4年になるのか。私は出会いにもの凄く恵まれた人生を送ってきたと思う。水谷さんも渡部さんも、写真家としてということ以前に、人間として素敵だ。もちろん、二人とも優秀な写真家であり、彼らとの写真談義はとても面白かった。このたった1日の3人で過ごしたひとときは、私の人生の中で「素敵な思い出」になっている。この秋、二人に声を掛けて二度目の飲み会をしようと思う。そうそう、水谷さんにビッグなお祝い事が控えているんだった。楽しみだな。

この写真は言うまでも無く水谷充さんが撮った写真。facebookから持ってきたため解像度が低い。私の方が渡部さんより3学年上。

「4年前の今日」 水谷充 渡部さとる α7 Zeissのレンズ 写真は思い出_e0367501_14030910.jpg

水谷さんが手にしているのは前の日に刷り上がったばかりの『plana』の初稿束見本。まだ製本されていない校閲用の初刷り。私が水谷さん「お先にどうぞ」と勧めたら「とんでもない、Hさんから先にどうぞ」ということで私が先に拝見した。言うまでも無くこの写真を撮ったのは渡部さん。

「4年前の今日」 水谷充 渡部さとる α7 Zeissのレンズ 写真は思い出_e0367501_14032377.jpg

これは私が撮った水谷さんの写真。3枚の中では一番綺麗に撮れている(爆)。水谷さんは私より1学年下。3人ともほぼ同世代。

「4年前の今日」 水谷充 渡部さとる α7 Zeissのレンズ 写真は思い出_e0367501_14033573.jpg

このブログは5月末を持って一度休止し、6月7月8月の3ヶ月は更新しなかった。このブログの更新を停止した一ヶ月後、facebookへの投稿も止めた。そちらはその後7月8月9月の3ヶ月間一度も投稿せず10月を迎えた。投稿はしていないのだが、親しい友人の投稿には目を通している。

facebook上で一番仲の良い友人は写真家の水谷充さんである。水谷さんの名前は承知していたが面識は無かった。彼は作家活動をしていないためアマチュア写真愛好家への知名度は必ずしも高くないが、写真家としては大きな実績を上げている人物である。まだCDが出る前のレコードジャケットの撮影などでは多くのミュージシャンのアルバムを手がけている。とんねるずの最初のレコードの"ジャケ写”なども彼である。名前を挙げていけば沢山出てくる。相楽晴子、喜多嶋舞などタレントの写真集なども撮っているし(喜多嶋舞の写真集はかなり売れた)、外人ミュージシャンのポートレートなども沢山撮っている。私が好きなのは彼が撮ったチックコリアの写真。逆光でバウンス光を使わずに撮った写真なのだがもの凄く素敵なポートレートである。→ "この写真” ←圧縮したファイルなのでiPhone程度のサイズのモニタで見て欲しい。

水谷さんとの交流の始まりは、私がfacebookに渡月橋(京都)で撮った写真をアップしたときに彼がコメントをくれたことが最初だった。その後、お互いが数日違いで同じ場所に行っていたりして、「僕も一昨日行っていたんです」などというありきたりのコメントのやりとりをするようになったのだが、直ぐにもっと突っ込んだ話題で対話をするようになった。夜中に1時間ぐらいコメントの応酬をするというようなことさえ都度都度あった。一番多い話題は「政治」関連である。もちろん、写真やカメラについても数え切れないほど意見の交換をした。しかし、彼とは一度も会ったことがなかった。

私は2014年の春にいくつかの病気が発覚した。そのことが潜在的な鬱を表面化させ、一時期鬱状態であった。日常生活に大きな支障は無かったのだがとにかく人に会いたくなかった。私はその数年前辺りから親しい友人ともあまり会わないようになっていた。会って飲んで語り合えばとても楽しい時間を過ごせる友人とも会わなかった。楽しい時間を過ごすことが煩わしかったからである。とにかく一人でいたかった。ただひとり例外だったのが渡部さとるさんで、彼とだけはちょくちょく会っていた。彼と語り合う時間は私にとって唯一最大の楽しみであったのである。

病気が発覚して以後、私は渡部さんからの誘いも断るようになった。体調が優れず、軽度ではあるものの抑鬱状態であったため、渡部さんに会うことさえ「苦痛」に思えたのである。2014年の春、渡部さんからの誘いを2度続けて断った。9月末、渡部さんから「自宅の近くまで出ていくから」と連絡があった。3度続けて断ることは出来ない。都心から出てきて貰うのも悪いので「じゃあ、僕が出ていくよ」と返答し、互いの都合が良い10月2日に阿佐ヶ谷で落ち合うこととなった。

実は、水谷充さんは渡部さとるさんの親友で、二人の交流は30年を超えている。渡部さんが二十歳の頃からの交流である。渡部さんはアシスタントの経験が無い。日大芸術学部写真学科を卒業して直ぐに「日刊スポーツ」に就職し、報道カメラマンとして2年間働いた後に独立した。独立直後の話は『旅するカメラ』に詳しいのでここでは触れないが、ライティングさえろくに出来ずに苦労したそうである。

いつだったか彼が「師匠がいるやつはいいよな〜」と口にしたことがあった。「どうして?」と問うと、「道しるべだから」と返ってきた。そして「師匠というのは絶対的な基準なんだよ。だから、師匠がいる人間には迷ったときに帰って行く基準がある」と語った。「俺は師匠がいないからな〜」と呟いた後、「師匠では無いけれど、仮に誰か一人を上げるとしたらやはり充君だろうな〜。彼から受けた影響は大きかった」と話してくれた。「充君」というのは言うまでも無く水谷充さんのことである。

渡部さんと久しぶりに会う約束をしたちょっと前頃から私はfacebookで毎日のように水谷さんと会話をしていた。気軽な話題もあれば政治の話もあった。2014年10月1日の晩も彼とあれこれ会話をしていた。そして、「実は明日渡部さんと会うんですよ」と伝えると返ってきたコメントが「僕も行きます」だった。「僕も行って良いですか?」ではなく「僕も行きます」(笑)。いいよね。こういうのはとても好き。彼の人柄がとてもよく分かるエピソードであるとともに、そこには渡部さんの人柄も前提になっている。二人とももの凄く"自然体”なのである。

10月2日の昼過ぎ、私は阿佐ヶ谷駅の改札口の前で渡部さんと落ち合った。彼から借りていた巨大なGitzoの三脚を返却するために持って行った。渡部さんはディアドルフで作品を撮り始める予定だったため大型三脚が必要になったのである。三脚を渡すと、「こんな重い物持って歩けないよ。家に置いてくるから、これで遊んで待っていて」と言ってDistagon 25mmが装着されたSONY α7を手渡された。私はα7にはなんの興味も無かった。ミラーレスカメラに対して否定的だったのである。渡部さんから「α7を導入した」と知らされたときには「酔狂なもんだ」と思っていた。

しかし、渡部さんを待つ20分ほどの間阿佐ヶ谷の路地裏を撮って歩き、私は3枚目を撮った時にはもうα7を購入することを決めていた(笑)。理由はたったひとつ。古いZeissのレンズで簡単にピント合わせが出来るからである。私は古いマニュアルフォーカスのZeissのレンズを11本所有している。ズームレンズは1本で10本は単焦点レンズである。Distagon 1,4/35、Distagon2/28、Planar2/135などの銘玉も含まれている。しかし、EOS 5D3のファインダースクリーンではピントの山が掴みにくく「防湿庫の肥やし」となっていた。α7を手に入れればZeissのレンズが使える。

20分ほどで渡部さんが戻ってきた。「どうだった?」「凄いね。簡単にピントが合う」「いいでしょ?」「いいね。俺も買うよ」。そして私はその翌日α7を買った(笑)。

話が脱線してしまった。我々は新大久保の韓国料理屋で飲むことになっていた。上述のように水谷充さんも来ることになっていたのだが、私はあえてそのことを渡部さんに伝えなかった。水谷さんとは新大久保駅の改札前で待ち合わせをしていた。私と渡部さんは阿佐ヶ谷から大久保に出て、大久保駅から新大久保駅まで歩いた。歩き始めたときに「実は今日もうひとりゲストを呼んでいるんだよ」と渡部さんに告げると「女?」と返ってきた(笑)。以前、私は渡部さんと飲む際に何も言わず現場に女性を同伴した「前科」があったのだ。「会ってのお楽しみ」と答えて新大久保駅に向かった。渡部さんは水谷さんを見つけて苦笑した。二人もずいぶんと久しぶりの再会であったようだ。

その後、我々は韓国料理屋で昼から飲んだ。私と水谷さんは初対面であった。しかし、乾杯をした直後からまるで30年の付き合いの友人同士のようにああだこうだと写真談義となった。初対面以前にfacebookで沢山対話をしていたと言う事情があったし、更には、私と水谷さんの間に渡部さとるさんが存在しているという事情もあった。しかし、席についてすぐに我々は旧友同士のように話が弾んだ。しかも、私はこの時「抑鬱」がかなり悪化していたのにである。

結局3人で5〜6時間話した。一番熱弁を振るったのは鬱状態の私であった。「躁鬱」(いまは双極性障害というのかな)ならわかるが、私は「抑鬱」だったのにである。私は、鬱状態でも熱弁がふるえるほど口達者なのである。話した内容は98%写真とカメラについての話し。例えばホワイトバランスの話し。渡部さんはAWB派で、私と水谷さんは晴天の時はDAY LIGHT派。あれこれ質問し合うと、私と水谷さんが同意見であることが多く、渡部さんは別意見。というのも、渡部さんは物事をシンプルに捉える人だから。※私はX-T2導入後晴天でもAWBを使うようになった。

水谷さんに、「撮影時に一番気をつけていることってなんですか?」と聞いてみた。彼の答えは「白飛びさせないこと。気をつけるのはそれくらいかな」。当たり前の答えが返ってきた。プロであれば一番気をつけることだから。まあ、こんなことを始め、水谷さんに、モデル撮影のこと、ライティングのこと、カメラやレンズのこと、などなどについて沢山質問した。相手はコマーシャルフォトの第一線で長年活躍してきたプロカメラマンである。返ってくる答えのどれにも含蓄があって楽しかった。そいう話の中には、写真雑誌やカメラ雑誌には出てこない「裏話」の類いがいくつも出てくる。

ああ、とりとめの無い話を書いてしまった。書いた後に思い出したが、別のブログでこの日のことを直ぐ翌日だかに書いていたことを思いだした。写真も同じモノを3枚載せたはずだ。ここまで書いてくるまでそのことをすっかり忘れていた。いまからそちらを読んでみようと思う。

写真は思い出。文章も思い出。だから撮る。だから書く。


# by dialogue2017 | 2018-10-03 13:00 | 写真とカメラの話し

真ん中の写真は「2B」の玄関を入った部屋の写真。このブログに掲載した写真で見るとテーブルの上のMacBookが白飛びして見えるがプリントでは飛んでいない(実はこの写真でも飛んでいない)。今回の展示作品31枚の中で一番目に止まった写真である。窓際の並んだ小さなテーブルの一番右側のテーブルの上にはLEICAとハッセルブラッドのものではないかと思われるレンズが1本置かれている。渡部さんはカメラやレンズをこんな風に無造作に棚の上に置いている。「ちゃんと使ってあげていれば防湿庫になんて入れなくても大丈夫」と嘯いている(本当のことだけれど)。

このLEICAが置かれているテーブルの下の部分がこの写真の中のディープシャドーなのだけれど、近寄って目をこらして見るとしっかりディテールが残っている。デジタルカメラでこのシャドーのディテールを潰さないように撮影したらMacBookの表面は間違いなく白飛びするだろうと思う。MacBookの筐体を白飛びさせない露出で撮影すればテーブル下のシャドーは潰れるだろう。デジタルカメラの場合、シャドーのデータは「いくらでも」残っているのでPhotoshopで起こせばディテールは出てくる。だから、デジタルフォトであれば割と簡単にこのようなプリントを作ることが出来ると思う。フィルムはハイライトが粘るからシャドーの階調を残すギリギリの露出で撮ればハイライトが飛ば無いのかもしれないがこの輝度差だと厳しいのでは無いかと思う。

私は渡部さんに「この写真だけれど、デジカメで撮ったらシャドーは潰れるよね?」と聞いてみた。渡部さんは「APS-Cセンサーのデジカメだとシャドーは潰れる。フルサイズなら残るかもしれないが潰れるかもしれない。しかし、中判カメラならシャドーの階調は残る」と語った。「これベタ焼きだよね? 手を入れずに焼いてハイライトは飛ばず、シャドーは潰れずなんてできるの?」と聞いてみた。「8×10は情報量が多いから。小さなフォーマットのカメラとの違いは上と下の一段に出てくる。だから、ハイライトとシャドーの微妙な階調が残る」ということであった。こういう話というのは、実際にプリントを前に作家本人に聞いてみないと知ることの難しい話である。私は、こういう貴重な話を聞かせて貰った者の「務め」として、一人でも多くのモノクロ写真愛好家にこういう話をお伝えしたいと思っている。

渡部さんは、上と下の一段の微妙な階調を残せる光を拾って写真を撮っていると言うことである。そこが美しいモノクロ写真の"肝"だからだ。


写りすぎない美しさ(1)_e0367501_16362524.jpg


私はモノクロ写真に特段の思い入れは無い。撮っている写真の95%以上はカラー写真である。私は「記録」として写真を撮っているので作品志向が無い。だから、基本的にカラーで写真を撮る。しかし、昨年10月にこのエキサイトブログの「モノクロ写真」ジャンルに登録した直後に同じく「モノクロ写真」ジャンルに登録されている方からコメントを頂き、その後ちょくちょく楽しい会話をさせて貰っているのだが、その方がハッセルブラッドやローライフレックスでモノクロ写真を撮っておられるので私も昨年の10月ぐらいからよくモノクロ写真を撮るようになった(私の場合デジタルモノクロームであるが)。いまさらフィルムで撮る理由は人それぞれであると思うが、「柔らかい描写」というのはフィルムで撮った写真のもっとも大きな魅力だろうと思う。

毎度毎度渡部さとるさんの話を持ち出して恐縮であるが、彼は日本を代表するモノクロ作家の一人であり、モノクロ写真を愛好するアマチュアフォトグラファーに与えてきた影響の大きい人物なので彼の言葉を借りることには意味があると思う。モノクロ写真に取り組んだことの無い私が自分の考えだけを記したところ説得力に欠けるだろう。しかし、渡部さんの言葉を借りれば、私の話も多少は説得力を得ることが出来るのではないか思うし、それ以上に、モノクロ写真愛好家の中にも渡部さんの言葉にあまり触れていない人々もいると思うので、そういう方々に渡部さんの「生の言葉」を少しでも伝えたいと思って彼の話を持ち出している次第である。

私が渡部さんと初めて話をしたのは、11年前の2月末のことだったと思う。それは、彼がギャラリー冬青で行った最初の個展「da・gasita - 43年目の米沢」の打ち上げ懇親会の席でのことだった。そのとき、私は自分の疑問を彼に問うてみた。「まったく分からないというわけでは無いのだけれど、どうしてゼラチンシルバープリントをやっている人の写真には『眠い』トーンの写真が多いの?」と。渡部さんは即答した。「それがフィルムの魅力だから」と。そして「写りすぎないというのがフィルムの一番の魅力だと思う」と話してくれた。ゼラチンシルバープリントで作品を作っているモノクロ作家の多くが「柔らかい」プリントを作っているのだから、それこそがフィルムで撮った写真の魅力なのだろうとは察していたが、「それがフィルムの魅力だから」ときっぱり言い切られると、分からぬでは無いが「うーん」という思いもあった。

当時の私は、「白と黒」のはっきりしたモノクロ写真が好きだった。それは必ずしもハイコントラストな写真という意味では無い。中間調ばかりといった感じのモノクロ写真があまり好きでは無かったのだ。私はそのような写真に対して「これは白黒写真じゃなくてグレー写真」などと口さがないことを言ったものだ。ちなみに、渡部さんの写真は白や黒がはっきりした写真の方が多い。彼の写真にはグレートーンの写真はそれほど多くないし、「眠いトーン」の写真も少ない。彼の写真はコントラストが強いわけでは無いのに「眠いトーン」ではない。彼の写真のハイライトは柔らかく綺麗である。黒は締まっているけれどその中にはほどよい階調があって潰れた感じでは無い。モノクロプリントのひとつの理想型なのである。

話が長くなりそうなので、この続きはエントリーを改めて書くことにする。


# by dialogue2017 | 2018-02-04 17:30 | 写真論